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行き先の重なり


 ようやく魚を食べ終えた。


「今度こそ食ったな」


 アクセルが言う。


「食ったよ」


「冷めてた」


「それはもういいだろ」


「ああ」


 何なんだ。


 向かいでは、カインが卓に出していた乾燥葉を包み直していた。


 葉を包んでいた布が重なって。


 かさり。


 小さな音がする。


 さっきまであれだけ話していた食堂も、いつの間にか少し静かになっていた。


 空いた皿を片付ける音。


 厨房から聞こえる声。


 椅子を引いて、席を立つ客。


 窓の外はもう暗い。


 港の灯りが、ぼんやり揺れている。


 ここちゃんは俺の膝の上。


 むぎは胸元だ。


 煮込みも食べ終わった。


 魚も、今度こそ全部食った。


 これ以上香草を広げたら、本当に夜が終わりそうだ。


 カインが包みを荷物へ戻す。


「皆さんは、この後どちらへ?」


「サイファ」


 俺は水を一口飲んだ。


「帰るところだ」


「王都を通る」


 アクセルが続ける。


「ここから王都まで四日。その先が六日だ」


「では、十日ほどですね」


 カインが頷く。


「私は王都方面へ向かう予定です」


「王都?」


「ええ」


 思わずアクセルを見る。


 アクセルもこっちを見た。


 同じ方向だ。


「じゃあ、途中まで一緒だな」


「そうなりますね」


 カインが少し笑う。


「サイファには行ったことある?」


「いえ。一度もありません」


「そうなんだ」


 昼に会った時から旅慣れている感じはしていた。


 香草も色々扱っている。


 あちこち回ってるんだろうと思っていたけど、行ったことのない町だって当然あるか。


「さっき話した通り、俺たちの拠点があるんだ」


「白兎の庭、でしたね」


「ああ」


 カインは覚えていたらしい。


 サイファの通りを思い出す。


 最初に森から出て。


 ミアに会って。


 アクセルと暮らし始めて。


 気づけば、戻る家までできた。


 今、帰る先として浮かぶのはあの街だ。


「まあ、俺たちにとっては帰る場所って感じだけど」


 そう言うと、カインが少し考える。


「サイファは、少し興味があります」


「へえ」


「まだ見たことのない街ですし。実際に見れば、また違うものが見えそうですね」


「やっぱ、そういうところ見るんだな」


「商人ですから。街を知るのも仕事のうちです」


「そうだった」


 アクセルが小さく息を吐いた。


「忘れてたのか」


「香草の話ばっかりしてたから」


「それも商売だろう」


「……確かに」


 カインが口元を緩める。


 香草を見る時とは少し違う。


 でも。


 これもカインにとっては商売の話なんだろう。


 知らない葉を見つけた俺が足を止めるのと、少し似ているのかもしれない。


 ……いや。


 たぶん違うな。


 俺は食いたいだけだ。


 王都まで同じ方向。


 それなら。


 俺はアクセルとノアを見る。


「カインと一緒でもいいか?」


「俺は構わない」


 アクセルはすぐに答えた。


 ノアもカインを一度見てから、短く頷く。


「私も問題ない」


 カインへ向き直る。


「じゃあ、王都まで一緒に行くか?」


 一瞬。


 カインが目を瞬かせた。


「……よろしいんですか?」


「ああ」


「ですが」


 カインがアクセルとノアを見る。


 二人とも特に何も言わない。


 アクセルは残っていた水を飲んでいる。


 ノアもいつも通りだ。


「行き先同じなんだろ?」


「ええ」


「なら、一緒でいいだろ」


 少しだけ間があった。


 カインが静かに頭を下げる。


「では、お言葉に甘えます」


 顔を上げる。


「よろしくお願いします」


「ああ」


「よろしく」


 ノアが短く返す。


 アクセルも一度だけ頷いた。


 それで終わった。


 誰かが何かを決めるみたいに、大げさな話でもなかった。


 カインが荷物の横へ手を戻す。


 アクセルはもう別の方を見ている。


 ノアも水へ手を伸ばした。


 俺も。


 さっきまでと同じように椅子に座っている。


 なのに。


 明日の朝から、カインも同じ道を歩くらしい。


 昼に港で会ったばかりなのに。


 決まる時って、こんなもんなのか。


「王都に着いたら、カインはどうするんだ?」


 少し間を置いて聞く。


 カインは視線を上げた。


「その先ですか?」


「ああ」


「まだ決めていません」


「そうなのか」


「王都へ向かうところまでは決めていました」


 そこで言葉を切る。


「その先は、着いてから考えるつもりです」


「へえ」


 王都まで四日。


 その先。


 俺たちはサイファへ帰る。


 カインは、まだあの街を見たことがない。


 さっきは、実際に見ればまた違うものが見えそうだと言っていた。


「なら」


 カインを見る。


「サイファまで来るか?」


 カインが瞬いた。


「サイファまで、ですか」


「ああ。興味あるならだけど」


 返事はすぐには来なかった。


 カインが卓へ視線を落とす。


 包み直した乾燥葉。


 自分の荷物。


 それから、窓の外へ一度目を向けた。


 港の灯りの向こうを、人が行き交っている。


「……そうですね」


 しばらくして、カインがこちらを見た。


「まだ知らない町です」


「ああ」


「それなら、自分の目で見てみたいですね」


 穏やかな声だった。


 俺に誘われたから、というだけでもなさそうだ。


「じゃあ決まりだな」


「はい」


 カインが頷く。


「サイファまで、ご一緒させてください」


「ああ」


 王都までだった話が、サイファまでになった。


 思ったよりあっさりしてる。


 でも。


 カイン自身が行ってみたいなら、それでいい。


「香草の話もまだ途中だしな」


 そう言うと、アクセルがこっちを見る。


「まだやるのか」


「明日から長いだろ」


「十日ある」


「十分だな」


「長すぎる」


「聞かなきゃいいだろ」


「聞こえる」


「それは知らん」


 ノアが俺とアクセルを見比べる。


「明日も始まりそうだな」


「始まる」


 アクセルが即答した。


「何で断言するんだよ」


「今日を見た」


「一日だけだろ」


「十分だ」


「何がだよ」


 向かいでカインが笑っている。


「私も少し控えた方がよさそうですね」


「カインまでそっち側に行くなよ」


「食事が冷めますので」


「……それはそう」


 今日は反論できない。


 実際、冷めた。


 膝の上で、ここちゃんが耳を動かした。


 きゅる。


「そろそろ戻るか」


 ここちゃんを抱き上げる。


 胸元から、むぎが顔を出した。


 キュ。


「お前も眠いか?」


 鼻だけ動かして、また少し引っ込む。


 アクセルが立つ。


 ノアも続いた。


 カインは乾燥葉の包みがきちんと荷物へ入っているのを確かめてから、椅子を引いた。


 俺たちは食堂を出る。


 廊下へ出ると、さっきまでよりずっと静かだった。


 階下から食器を片付ける音だけが聞こえてくる。


 窓の外には、夜の港。


 船の灯りがいくつも並んでいる。


 俺たちの部屋と、カインの部屋は別だ。


 廊下の途中で足を止める。


「そういえば」


 カインがこちらを見る。


「明日は何時頃にしましょう?」


「朝でいいだろ」


 アクセルが答えた。


「俺もそれでいい」


 ノアも頷く。


「なら、朝に門の前で」


 俺が言う。


「分かりました」


 カインが軽く頭を下げる。


「明日の朝、よろしくお願いします」


「ああ。また明日」


「おやすみなさい」


 カインが自分の部屋の方へ歩いていく。


 その背中を少しだけ見てから、俺たちも部屋へ向かった。


 昼に港で会って。


 香草を見て。


 同じ宿で飯を食って。


 話してみたら、行き先まで重なった。


 明日の朝には、一緒にヴァンを出る。


 旅なら、こういうこともあるんだろう。

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