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ヴァンの港町


中央大陸が見えたのは、三日目の昼だった。


水平線の向こうに、白い壁が浮かぶ。


帆がゆるみ、船がゆっくりと速度を落とす。


ヴァンの港は、以前と変わらない。


白い石壁。


林立する帆柱。


怒鳴り声と、魚の匂い。


潮風が強い。


甲板から見下ろしながら、アクセルが言う。


「町に寄るのか」


低い。


わずかに期待が混じっている。


俺は笑った。


「寄るだろ」


行きは急ぎだった。


足を止める余裕はなかった。


今は違う。


ノアが港を見つめる。


「……賑やかだな」


精霊王都の静けさとは正反対だ。


雑多で、荒くて、騒がしくて。


だが、それが悪くない。


船が接岸する。


板が渡される。


俺たちは桟橋へ降りた。


ここちゃんが腕の中で耳を揺らす。


きゅる。


むぎは胸ポケットから顔を出し、キュと鳴いた。


「魚くさい」


アクセルが言う。


「港だからな」



港の通りは、相変わらず賑やかだ。


干物。


樽。


麻袋。


行き交う荷車。


怒鳴り合う商人。


店先には銀色の魚が並び、濡れた鱗が光を跳ね返している。


氷を敷いた箱には、赤い殻の甲殻類が山になっていた。


足をばたつかせるものまでいる。


水が流れ、石畳を濡らす。


生臭さと塩気が、風に混ざって鼻を刺した。


その中に、香草を吊るした店が混ざっている。


俺は足を止めた。


束になった草を手に取る。


鼻を近づける。


……違う。


精霊大陸で嗅いだ、あの湿った森の甘い香りとは系統が違う。


ノアが横に立つ。


「中央のものは、乾燥が強い」


「分かってる」


それでも探す。


王国では、料理に香草を使うのはあまり馴染みがない。


精霊大陸は違った。


少なくとも、塩漬けに使う形は見た。


他にもあるのかもしれない。


店主と少し話す。


流通の話を聞く。


帝国方面の荷が混ざることもあるらしい。


アクセルは少し離れた場所で腕を組んでいる。


屋台の串焼きを見ているが、まだ手は出さない。


その時。


背後から、柔らかな声がかかった。


「お探しのものでも?」


振り向く。


荷車を引いた男が立っていた。


深青の髪。


旅装の上からでも分かる、無駄のない身のこなし。


日に焼けたような浅黒い肌が、港の空気に妙に馴染んでいる。


「香草を」


俺が答えると、男は束になった葉を一瞥し、わずかに口元を上げた。


その目は、紫がかって見えた。


「珍しいですね。王国にもありますが、そこまで馴染みはありません」


「やっぱりそうか」


「ええ。帝国の方が種類は多いですし、使い方も幅があります」


ノアが一度だけ男を見る。


観察。


だが、警戒は強くない。


アクセルが一歩だけ距離を詰める。


「足音が軽い」


ぼそり。


男は笑う。


「旅慣れていますから」


荷車の布をめくる。


中には乾燥した葉や小瓶。


布に包まれた束。


整頓されている。


雑ではない。


「旅をしながら商いをしています」


声は穏やかだ。


「王国と帝国を行き来することもあります。また見かけたら、お声がけします」


帝国。


自然に出た言葉。


俺は男を見る。


押しつけがましさはない。


だが、妙に印象に残る。


「名前は?」


俺が聞く。


男は自然に答える。


「カインと申します」


「レインだ」


アクセルが腕を組んだまま言う。


「アクセル」


ノアが一歩だけ前に出る。


「ノア」


「ご縁があれば、また」


軽く会釈する。


その動作は商人らしい。


だが、どこか静かな芯がある。


去り際、カインは一度だけこちらを振り返った。


それだけで、また港の喧騒に紛れていく。


ノアが言う。


「行商人か」


アクセルが答える。


「動きが速い」


疑いではない。


観察だ。


俺は香草の束を見下ろす。


(王国と帝国、か)


中央は広い。


まだ知らないものがある。


「また会えたら紹介、頼んでみるか」


港の空気がざわめく。


ヴァンは、ただの通過点ではなさそうだ。


ここちゃんが、きゅると鳴く。


むぎが胸ポケットの中で、小さく動いた。


次の一歩は、まだ軽い。


だが、確かに繋がった。



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