夕焼けの約束
朝のリノアは静かだった。
昨日の賑わいが嘘のように、港は白い光に包まれている。
潮の匂い。
帆を整える音。
船員たちの低い声。
商船は、夕方に出る。
出航までは、まだ時間がある。
俺たちは市場へ向かった。
昨日見て、食べて、気に入ったものを、今日は土産用に選ぶ。
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昨日屋台で見た干し貝が、市場にも並んでいる。
殻付きのまま乾燥させたものを、土産用にまとめて包んでもらう。
「軽いな」
アクセルが言う。
「保存が利く」
テラが答える。
副団長ではなく、地元の男の声だ。
干し魚も、昨日食べた薄仕上げの品を包んでもらう。
軽いが、旨味が濃い。
通りかかった店に、昨日買った瓶より蜜の色が濃い瓶が並んでいた。
店主に聞くと、使っている実が違うらしい。
俺は昨日買った瓶と見比べて笑う。
「……これも追加だな」
テラが呆れたように息を吐く。
「増えてるぞ」
「土産は多い方がいい」
そして――例の香草。
昨日は食卓で塩と混ぜられたものを見たが、市場では束ねたままの乾燥葉が並んでいた。
俺は店主に声をかける。
「これ、単体で分けてもらえるか」
店主が眉を上げる。
「塩と混ぜた方が楽だぞ」
「使い方はこっちで考える」
俺は笑う。
テラが横で小さく息を吐く。
「……中央で試す気か」
「少量ずつな」
ノアが静かに補足する。
「刺激は強い。乾燥状態なら保存は利く」
俺は束を丁寧に包んでもらう。
「塩漬けに混ぜるも良し、刻んで試すも良し、だ」
アクセルが言う。
「面倒だな」
「料理は面倒な方が楽しいんだよ」
ここちゃんが腕の中で耳を動かす。
きゅる。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
種屋を見つける。
昨日買ったものとは少し違う、小粒の種が並んでいた。
香ばしい匂いも、少し違う。
「むぎ用、これも買う」
テラが真顔でうなずく。
「それは重要だ」
アクセルが小さく笑う。
ノアも肩を揺らす。
土産は十分だ。
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昼を過ぎる。
港が徐々に慌ただしくなる。
帆が上がる。
船員が声を張る。
夕方が近づく。
俺たちは桟橋へ向かった。
荷は少ない。
アクセルは身軽だ。
テラは陸路で王都へ戻る。
報告がある。
副団長としての役目だ。
桟橋の端。
海は橙に染まり始めている。
「ここまでだ」
テラが言う。
声は落ち着いている。
アクセルが一歩前に出る。
「世話になった」
短い。
だが真っ直ぐだ。
テラがうなずく。
「こちらこそ」
ノアが静かに言う。
「……感謝する」
テラはノアの肩を軽く叩く。
「己で決めろ」
短い助言。
ノアは目を伏せ、うなずく。
俺はテラに向き直る。
「中央大陸、来いよ」
軽く言う。
テラは一瞬だけ海を見る。
それから、アクセルを見る。
沈黙。
風が吹く。
夕陽が、その背を染める。
テラが静かに言う。
「……呼べ」
短い。
だが、はっきりと。
アクセルの耳がぴくりと動く。
目が細まる。
「戦う時だな」
「そうだ」
迷いがない。
約束だ。
軽くはない。
だが、重すぎもしない。
商船の板が外される。
船がゆっくりと離れる。
俺たちは甲板に立つ。
テラは桟橋に立ったまま。
動かない。
アクセルが片手を上げる。
無言。
テラも、わずかに手を上げる。
大きくは振らない。
だが、最後まで下げない。
距離が開く。
姿が小さくなる。
夕焼けの中で、立ち続けている。
やがて、見えなくなる。
海が橙から紫へ変わる。
ノアがぽつりと呟く。
「……真っ直ぐだな」
俺は小さく笑う。
「ほんと、いい男だよな」
アクセルが答える。
「ああ」
俺は手すりを握る。
胸の奥が、じわりと熱い。
別れだ。
だが、終わりではない。
風が帆をはらむ。
船は中央大陸へ向かう。
ヴァンが、待っている。
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