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港町の夜


 リノアへ着いた頃には。


 空がだいぶ傾いていた。


 森沿いの道を抜けると、潮の匂いが濃くなる。


 その先には。


 何本もの帆柱。


 桟橋。


 行き交う船員の声。


「着いたな」


「ああ」


 ここちゃんは腕の中。


 むぎは胸元だ。


 テラが港の方を見る。


「先に船を確認する」


「頼む」


 俺たちはそのまま桟橋へ向かった。


 中央大陸へ向かう商船を確認すると、出るのは明日の夕方だった。


「明日の夕方か」


「ああ」


 テラが頷く。


「今日は泊まりだな」


「そうなるな」


 まだ時間はある。


 宿を取って、荷物を置いて、外へ出る頃にも日はまだ沈みきっていなかった。


「まだ見て回れそうだな」


 俺が言うと、テラが通りの先を見る。


「少し見るか」


「頼む」


 アクセルも。


 ノアも。


 特に異論はないらしい。


 そのまま、テラについて歩いた。



 港に近い通りには、いくつも屋台が並んでいる。


 魚を焼く匂い。


 何かを炙る音。


 人の声。


 精霊王都とは、また違う賑やかさだった。


「まずはこれだ」


 テラが足を止める。


 屋台の上に、薄い干し魚が並んでいた。


 一つ受け取る。


 軽い。


 端をかじると、ぱりっと音がした。


「……うまいな」


 味は濃い。


 薄いのに、魚の旨味がしっかり残っている。


 アクセルも食べる。


「悪くない」


「こういうの、持って帰るのもありだな」


 俺が言うと、テラが短く頷いた。


「保存も利く」


「じゃあ覚えとく」


 今日は、まず食べてみるだけでいい。



 次に止まったのは、貝を並べた屋台だった。


「これも干してあるのか?」


「ああ」


 殻付きのまま、乾燥させてある。


 一つ手に取ると、見た目より軽い。


「保存は利く」


 テラが言う。


「これも持って帰りやすそうだな」


 少し買って、その場で味を見る。


 噛むほど、貝の味が濃く出た。


「これもいいな」


「気に入った?」


 ノアが見る。


「ああ」


 まだ二つ目なのに、明日まで覚えておきたいものが増えてきた。



 さらに歩く。


 今度は、木の実を並べた屋台。


 乾かしたもの。


 炒ったもの。


 細かく粉にしたもの。


 同じ木の実でも、見た目がずいぶん違う。


「使い方いろいろあるんだな」


「ああ」


 テラが答える。


「中央には、あまり回らないものもある」


「なんで?」


「気候の問題だ」


「なるほど」


 それ以上は聞かなかった。


 横には、木の実を蜜に漬けたものもある。


 小さな器に入ったものを一つ試す。


「……これ、いいな」


 甘い。


 でも、重すぎない。


 木の実の味も残っている。


 ノアも一つ食べる。


「悪くない」


「だよな」


 これも、持って帰る候補に入った。



 そのまま通りを進んでいると、むぎが胸元から顔を出した。


 キュ。


「ん?」


 視線の先。


 小さな種を並べた店がある。


「お前、あれ見てるのか?」


 キュ。


 たぶん、返事ではない。


 でも、ちょうどいい。


「むぎ用もあるな」


「買うのか」


 アクセルが聞く。


「もちろん」


 俺は一種類だけ、小さな種を買った。


 テラが横で頷く。


「それは正解だ」


「そこは即答なんだな」


「ああ」


 テラが少し笑った。


 何が正解なのかは、よく分からない。


 胸元のむぎは、買った種の入った包みを見て、また小さく鳴いた。


 キュ。


 ここちゃんも腕の中で耳を動かしている。


 きゅる。



 屋台を見て回っているうちに、空は赤くなっていた。


 買ったものは少ない。


 むぎの種と、その場で食べる分くらい。


 でも、気になるものはずいぶん増えた。


「戻るか」


 テラが言う。


「ああ」


 俺たちは宿へ戻った。



 夜。


 宿の食堂。


 窓の外には、港の灯りが並んでいる。


 安全な場所なので、ここちゃんは俺の近く。


 むぎもそばにいる。


 ここちゃんにはいつもの食事を。


 むぎには、さっき買った種を少しだけ出した。


 きゅる。


 キュ。



 俺たちの方には、料理と一緒に透明な酒が運ばれてきた。


「これが精霊酒?」


「ああ」


 テラが答える。


 顔を近づけると、香りが強い。


「結構くるな」


 俺が言うと、アクセルが一口飲む。


「強い」


「そうか?」


 テラも飲む。


 それだけ。


 俺も少しだけ口をつける。


 味も、香りに負けずしっかりしていた。


 ノアも静かに杯を持つ。


「じゃあ」


 俺は三人を見る。


「まあ……無事にここまで来たことに」


 アクセルが杯を上げる。


 ノアも。


 テラも。


 軽く杯が重なった。



 料理が並ぶ。


 肉。


 魚。


 干した貝。


 その横に、小さな皿が一つ置かれていた。


 細かく刻んだ乾いた葉が入っている。


「これ何だ?」


 俺が聞く。


「保存用の香草だ」


 テラが答えた。


「料理に使うのか?」


「主には保存用だ。塩に混ぜる」


「そのままは?」


「単体では刺激が強い」


「じゃあ、なんでここに?」


 テラが小皿を見る。


「こういうものに興味があるんだろ」


「……俺が?」


「ああ」


 テラはいつも通りの顔で続ける。


「主人に頼んだ」


 俺は小皿を見る。


 頼んだわけでもない。


 それなのに、覚えていたらしい。


「……ありがとな」


「気にするな」


 乾いた葉を少し見る。


「こういう使い方もあるのか」


 幻の香草とは、また全然違う。


「面白いな」


「そうか」


「ああ」



 向かいでは、アクセルがもう一度、精霊酒を飲んでいた。


「悪くない」


 テラが見る。


「そうか」


「ああ」


 それだけ。


 剣と矢を向け合っていた時とは違う。


 今は、同じ食卓で酒を飲んでいる。


 ノアも、普通にその間にいる。


 テラが静かに杯を置いた。


「……不思議な縁だな」


「確かにな」


 最初に会った時は、こんな時間を一緒に過ごすとは思ってなかった。



 俺はここちゃんを見る。


 その近くには、種を食べているむぎ。


「むぎもいるけどな」


「忘れてない」


 テラが返す。


「ならいい」


 きゅる。


 キュ。


 何の話か分かってるのかは、たぶん分かってない。


 でも、二匹がいつも通りなのがなんとなくよかった。



 その後も、屋台で食べたものの話をしたり、料理をつまんだり、酒を少し飲んだり。


 そんな時間が続いた。


 テラが窓の外を見る。


 港の灯りが、水の上で揺れている。


「船は明日の夕方だ」


「ああ」


 それだけ確認して、また杯を置く。


 誰も、その先のことは口にしなかった。


 港の灯りが揺れて。


 夜は、ゆっくり更けていった。

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