港町の夜
商船は、明日の夕方に出る。
桟橋で予定を確認し、俺たちは宿へ向かった。
「時間があるな」
俺が言うと、テラが小さく頷く。
「案内しよう」
その声は、もう副団長ではない。
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屋台通りは、夕暮れ前から賑わっていた。
炭火の匂い。
魚を焼く音。
貝を叩く音。
テラが自然に先を歩く。
「まずはこれだ」
干し魚を炙っている屋台。
薄く仕上げた身が、ぱりっと音を立てる。
「精霊大陸の干物は薄い。軽いが、味は濃い」
俺がかじる。
塩気と旨味が広がる。
「うまいな」
アクセルも食べる。
「食える」
そこぶれない。
次は干し貝。
殻付きのまま乾燥させたもの。
軽い。
保存が利く。
「中央では珍しい」
テラが言う。
「サイファで出せば話題になる」
俺は即決する。
「土産決定」
さらに木の実の屋台。
甘い蜜に漬けた小さな実。
琥珀色に光る。
ノアが言う。
「森で採れる。精霊大陸特有の甘味だ」
俺が一粒口に入れる。
優しい甘さ。
「これも買う」
「全部買うな」
テラが半ば呆れた声を出す。
「ミアが喜ぶ」
「……それならいい」
テラが折れる。
さらに、乾燥させた木の実。
炒ったもの。
粉にしたもの。
「中央では流通しにくい」
テラが説明する。
「気候の問題だ」
俺はまとめて購入する。
アクセルが聞く。
「重いぞ」
「魔法袋あるから平気だ」
さらりと言うと、テラが一瞬だけ目を細める。
だが何も言わない。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
種屋が目に入る。
小粒の種。
香ばしい匂い。
俺は笑う。
「むぎ用も買う」
テラが真顔で言う。
「それは正解だ」
アクセルが低く笑う。
ノアも肩を揺らす。
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夜。
宿の食堂。
窓の外には港の灯り。
精霊酒が運ばれる。
透明で、強い香り。
「任務完了に」
杯が重なる。
アクセルが飲んで顔をしかめる。
「強い」
「慣れだ」
テラが珍しく笑う。
ノアは二口目で頬が赤い。
俺は三口目で少し熱い。
料理が並ぶ。
塩漬け肉。
焼き魚。
干し貝。
小皿の塩と混ぜられた刻み香草。
「これが保存用の香草だ」
テラが説明する。
「塩漬けに少量混ぜる。持ちが伸びる」
俺が匂いを嗅ぐ。
森と、雨と、少し甘い。
「単体では?」
「刺激が強い。保存用が一般的だ」
文化だ。
中央とは違う。
アクセルが酒を注ぐ。
「悪くない」
ノアが笑う。
「お前がそれを言うとはな」
テラがふっと息を吐く。
「……不思議な縁だ」
ぽつり。
副団長の顔ではない。
ただの男の声。
「中央の冒険者と、瞬狼と、精霊の戦士と、白うさぎ」
俺が笑う。
「むぎもいるぞ」
「……そうだったな」
テラが本当に小さく笑う。
酒が進む。
アクセルが珍しく饒舌になる。
「中央の森はもっと乾いている」
テラが返す。
「精霊大陸の森は湿る」
ノアが補足する。
「魔力濃度の差だ」
ここちゃんが足元で草を食べる。
もぐもぐ。
むぎが種を少しだけもらい、キュと鳴く。
四人の笑いが重なる。
任務は終わった。
命を削る戦いも、今夜はない。
別れは分かっている。
だが、誰も口にしない。
今は、楽しい。
それでいい。
港の灯りが揺れる。
夜風が窓から入る。
テラが静かに杯を置く。
「明日は早い」
副団長の声に戻る。
だが、その目は柔らかい。
最後の夜は、穏やかに更けていった。
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