約束の手前
リノアまで、あと半日。
森を抜ける手前の草地で、テラが足を止めた。
「時間がある」
前にも聞いた言い方だ。
だが、空気は違う。
あの時は、探る目だった。
今は、確かめる目だ。
アクセルが振り向く。
「やるか」
間がない。
前回は、一拍あった。
互いに測っていたからだ。
今はない。
テラが弓を外す。
「一度では測れん」
アクセルの口元がわずかに上がる。
「測るのか」
「知る」
即答。
俺はため息をつく。
「壊すなよ」
「壊さない」
二人同時。
ノアが自然に一歩下がる。
観察位置だ。
もう慣れている。
ここちゃんを抱き直す。
むぎは胸ポケットで静かだ。
⸻
開始の合図はない。
矢が放たれる。
だがアクセルは、もう動いている。
かわす、ではない。
“そこに来る”と分かっていた動き。
二射目。
角度が鋭い。
三射目。
足元を狙う。
アクセルの足運びが変わる。
砂を蹴らない。
滑る。
前回よりも速い。
だが、無理がない。
テラの眉がわずかに動く。
読まれている。
アクセルが低く言う。
「前より浅い」
踏み込みのことだ。
テラが弦を引いたまま返す。
「貴様の間合いが広い」
言いながら、矢を放つ。
死角。
アクセルが笑う。
「悪くない」
剣が弓を弾く。
距離がゼロになる。
前回と同じ形。
だが、決定的に違う。
止まる直前。
アクセルが刃をわずかにずらす。
テラも矢をほんのわずか逸らす。
急所は外す。
互いに分かっている。
本気なら、当たる。
だから、止める。
沈黙。
呼吸だけが近い。
テラが小さく言う。
「……強い」
素直だ。
アクセルが肩を回す。
「お前もだ」
こちらも素直。
前回は、力量の確認。
今回は、共有。
ノアが静かに呟く。
「息が合っている」
テラが一歩引く。
弓を下げる。
「戦場では背を預けられる」
その言葉は重い。
副団長が軽く言う言葉ではない。
アクセルは少しだけ目を伏せる。
「任務中ならな」
だが、否定はしない。
それで十分だ。
風が抜ける。
草が揺れる。
俺は二人を見る。
最初は、緊張があった。
国が違う。
立場が違う。
目的も違う。
今は違う。
警戒はある。
だが、それは敵意ではない。
力量を知った上での距離。
アクセルが言う。
「中央大陸に来い」
軽く。
だが、本気だ。
テラが一瞬だけ驚いた顔をする。
すぐ戻す。
「機会があればな」
逃げない。
濁さない。
ただ、事実として。
アクセルがうなずく。
「その時は」
一拍。
「街の外でやる」
テラの口元がわずかに上がる。
「森でいい」
小さな笑いが落ちる。
それだけ。
約束ではない。
だが、次があると互いに分かっている。
剣を収める。
弓を背負う。
リノアは近い。
別れも近い。
それでも今は、同じ道の上だ。
ノアは二人を見る。
戦いで信頼を築く。
言葉は少ない。
だが、揺るがない。
胸の奥に、静かな熱が灯る。
こういう関係も、悪くない。
森が揺れる。
風が抜ける。
夕焼けは、もうすぐだ。
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