夜、選ぶ理由
その日の夜。
俺は客間の椅子に座っていた。
寝込むほどじゃない。
でも、立ち上がって歩き回る気にもならない。
頭の重さはまだ残っているし、身体にも力が入りにくい。
ここちゃんはすぐ隣。むぎも近くにいる。
どちらも落ち着いていた。
少し離れたところにはアクセル。
壁際に座ったまま、特に何も言わない。
そこへ、ノアが来た。
「今日の固定だけど」
「ああ」
たぶん、この話だろうとは思っていた。
ノアは俺の向かいに座る。
少しだけ間を置いて。
「あれは、たぶん無属性」
「無属性?」
「ああ」
ノアが頷く。
「レインが今まで使っていたものと、反応が近い」
俺は黙る。
くさえもんも、無属性魔法の拡張だと言っていた。
そこは、ノアの見立てと同じらしい。
「無属性自体は、理論上は存在する」
ノアが続ける。
「精霊に依存しない魔法」
「精霊に?」
「ああ。火や水みたいな属性とは違う」
短く答えて、ノアは少し黙った。
「ただ、実際にどう発現するかは分からない」
「分からない?」
「少なくとも、私が知っている理論だけでは説明しきれない」
ノアが俺を見る。
「でも、レインが今まで使っていた無属性と、今回の反応は近い」
「じゃあ、固定も?」
「その可能性はある」
「説明できるのか?」
「全部は無理」
即答だった。
「発動条件も分からない。どうしてあの形になったのかも分からない」
「だよな」
そこまで簡単に分かったら、俺の方が聞きたい。
ノアは少し黙った。
それから。
「でも、問題はそこじゃない」
「ん?」
「使い方」
短い。
俺は首を傾げる。
「使い方って言っても、俺も使い方なんて――」
「分かってない」
先に言われた。
「発現したばかり。制御もできてない」
「……はい」
「その状態で、あの規模を二度」
ノアの目が、俺の顔を見る。
「二度目は、押し返されながら維持した」
「ああ」
その時のことを思い出す。
止めても、押してくる。
固定が削られて、頭が痛くなって、吐き気までして。
最後には、立っているのも無理になった。
「今も魔力の流れが戻りきってない」
「まだ?」
「まだ」
やっぱりか。
身体が重いわけだ。
ノアは、少しだけ声を落とした。
「……あれは命を削る」
俺は、すぐには返せなかった。
「命って」
「そのまま」
ノアの声は変わらない。
「今回と同じで済むとは限らない」
俺は手元を見る。
ここちゃんが、すぐ近くで耳を動かした。
むぎも、こっちを見ている。
さっき。
守れたなら安い。
そう言った。
でも。
命を削る。
そこまで言われると、さすがに何でもないとは言えない。
「……まあ、かなりきたな」
「そういう話じゃない」
「だよな」
ノアは俺を見たまま、少し黙る。
それから。
「なぜ、そこまでした」
「え?」
「自分がああなるまで」
視線が、ここちゃんとむぎへ向く。
「なぜ?」
答えは、考えるまでもなかった。
「守りたかった」
ノアが黙った。
「それだけ?」
「それだけっていうか」
俺も二匹を見る。
ここちゃんは、何も知らない顔で俺の近くにいる。
むぎも、いつもと変わらない。
あの森では、二匹とも危なかった。
それだけで、俺には十分だった。
「王命でもなかった」
ノアが言う。
「ああ」
「義務でもない」
「そうだな」
「レインがやる必要もなかった」
「それは違う」
ノアの目が、少しだけ動いた。
「必要だったよ」
「なぜ」
「だから」
俺は、ここちゃんの頭を撫でる。
そのまま、むぎへも視線を落とした。
「俺が選んだ」
ノアが止まった。
「……選んだ?」
「一緒にいるって」
俺は言う。
「ここちゃんも。むぎも」
別に、難しい話じゃない。
「俺が一緒にいるって決めた。だから守る」
ノアは何も言わない。
俺は首を傾げる。
「変か?」
「……守るべきだから、選んだんじゃない」
「ん?」
ノアが、一つずつ確かめるみたいに言った。
「選んだから、守る」
「ああ」
「順番が逆」
「そうか?」
「私とは」
そこで、ノアが言葉を切った。
「何が?」
「私は、理由を決めてから動く」
「まあ、ノアはそういう感じするな」
「……どういう感じ」
「ちゃんと考えてから動く感じ」
ノアが少しだけ目を細める。
怒ったわけではなさそうだ。
「でも」
続けた。
「今日は、命令を待たなかった」
俺はノアを見る。
「あの森で?」
「ああ」
ノアが短く頷く。
「動いてから、理由を考えていた」
「そうだったのか」
「……そう」
少し、妙な間が空いた。
「じゃあ」
俺は言う。
「自分で決めたんだろ」
ノアが俺を見る。
「命令じゃなく」
「ああ」
「なら、それでいいんじゃないか?」
ノアが黙った。
長い。
「……簡単に言う」
「難しく考えてもしょうがないだろ」
「レインは、そうなんだろうな」
「悪いか?」
「別に」
短い返事。
でも、さっきまでとは少し違って聞こえた。
ノアは窓の方を見る。
夜の王都は静かだ。
遠くに、灯りがいくつか見える。
「……選んだから、守る」
小さく、もう一度だけ言った。
「そうだな」
俺が返す。
ノアはそれ以上、何も言わなかった。
アクセルも、最初から最後まで話へ口を挟まなかった。
ただ、そこにいる。
俺は椅子へ身体を預ける。
まだ頭は重い。身体も本調子じゃない。
ここちゃんが、俺の近くへ身体を寄せた。
きゅる。
むぎも。
キュ。
「次は」
ノアが、窓を見たまま言った。
「同じことをする?」
俺は少し考える。
二匹を見る。
「……二匹が危なかったら、たぶん」
ノアが俺を見る。
「でも」
俺は続ける。
「同じやり方しかないとは思ってない」
アクセルの。
次は一人で抱えるな。
あの言葉も、ちゃんと残っている。
ノアは少しだけ黙って。
「……そう」
それだけ答えた。
窓の外は、静かなままだった。




