謁見、そして反動
精霊王の間は。
相変わらず静かだった。
森から戻って。
そのまま報告へ入った。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元だ。
身体は重い。
頭の奥も、まだ鈍い。
足にも力が入りにくい。
それでも。
立っていられないほどじゃない。
今はまだ。
俺たちの前で。
テラが一歩進んだ。
「森の異常は解消しました」
精霊王が頷く。
「詳細を」
「はい」
テラがノアへ視線を向ける。
ノアが続けた。
「確認されていた灰緑の靄は、接触後に複数回再形成しました」
精霊王は黙って聞いている。
「途中から、むぎへ集中して接近しています」
王の視線が。
一瞬。
俺の胸元へ向いた。
むぎは動かない。
ノアが続ける。
「その際、レインの周囲で異常な停止現象が発生しました。一度目は靄がその中で崩壊しています」
「停止現象」
精霊王が繰り返す。
「はい。再形成後にも同様の現象が起きましたが、二度目は靄が停止した状態を押し破ろうとしました」
そこまで聞いて。
俺は口を開いた。
「……空間固定、って呼んでます」
その瞬間。
アクセルが俺を見る。
ノアも。
テラも。
三人の視線が。
一斉に俺へ集まった。
「……何だよ」
思わず言う。
アクセルの眉がわずかに動く。
「名前があるのか」
「一応」
ノアは何も言わない。
でも。
じっと俺を見ている。
テラも同じだ。
「そんな顔されても、俺も分かってないぞ」
精霊王が静かに口を開いた。
「空間固定」
「はい」
「それは、何だ」
「……俺にも仕組みは分かりません」
先にそう答える。
本当に。
そこから先が分かってるわけじゃない。
「最初に起きたのは、靄がむぎへ迫ってきた時です」
腕の中のここちゃんへ。
少しだけ力を込める。
「ここちゃんも腕の中にいて。二匹に触れさせたくないって思って。それで……急に、周りが止まりました」
「周りとは」
「俺の周り、三歩くらいです」
あの時の景色を思い出す。
「葉も、草も、枝も。落ちかけてた露も止まりました。靄もです」
精霊王は何も挟まない。
「でも、時間が止まったわけじゃありません。俺は動けましたし、ここちゃんとむぎも動いてました」
ノアがわずかに目を細める。
「アクセルたちは外からこっちへ来ようとしてました。でも、中には入ってこられなかった」
「……あれ全部か」
アクセルが短く言った。
「ああ」
俺も。
あの時は何が起きてるのか分からなかった。
今だって大して変わらない。
「最初は、その中で靄を完全に止められました。でも、二度目は違いました」
言葉を探す。
「同じように止めたはずなのに、靄が少しずつ押してきたんです」
「固定した空間の中を?」
ノアが聞く。
「ああ。止めても、押してくる。また止めても、また来る」
あの重さを思い出しただけで。
頭の奥が少し疼いた。
「……固定そのものが、削られていく感じだった」
精霊王の目が。
静かに俺を見ている。
「その力を、意図して使えるのか」
「無理です」
そこは即答した。
「二度目も、やり方が分かってたわけじゃありません。さっきのをもう一度って思って……二匹に触れさせたくないって、それだけでした」
「では、解除は」
「それも分かりません」
自分で言ってて。
我ながら何も分かってない。
「最初も二度目も、俺が解除したわけじゃないです」
少し考える。
「ただ……たぶん」
精霊王を見る。
「そこにあるものを、押さえる感じなんだと思います」
消すんじゃない。
あの灰緑は。
固定した時には、そこに残っていた。
「動けなくする。でも、なくなるわけじゃない。俺が分かるのは、そのくらいです」
沈黙が落ちた。
ノアは何も言わない。
ただ。
俺の話を聞きながら、何か考えている。
テラも。
俺から二匹へ。
一度だけ視線を移した。
やがて。
精霊王が言った。
「最後に靄を消したものも、その空間固定か」
「……違います」
今度も。
答えはすぐに出た。
アクセル。
ノア。
テラ。
三人の視線が。
今度は俺の胸元へ集まる。
むぎがいる場所へ。
キュ。
小さな声。
「俺の固定とは別でした」
精霊王の視線も。
むぎへ落ちる。
「固定した時は、靄はその場に残ってた。でも最後のは……そこだけなくなった」
それ以上を。
俺は言わない。
存在拒絶。
否定。
くさえもんが出した言葉は。
胸の内へ置いたまま。
「何が起きたのかは、俺にもまだ分かりません」
嘘じゃない。
本当に。
原理なんて何一つ分からない。
精霊王はしばらくむぎを見ていた。
むぎが。
また小さく動く。
キュ。
王の目が。
ほんの少しだけ細くなった。
でも。
何も言わない。
テラが報告を続けた。
「最後に残っていた靄は、森の奥で人に近い輪郭を作りかけました」
精霊王の視線がテラへ戻る。
「人に?」
「そう見える瞬間があっただけです。顔や明確な形はありません」
「その直後、低い震えのようなものを確認しました」
ノアが続けた。
「言葉ではありません。意味も不明です」
「全員が確認したのか」
「はい」
今度のノアは。
精霊王へまっすぐ答える。
「その後、最後に残っていた靄も消失しました。鳥と虫の声も戻っています」
精霊王が。
ゆっくり頷いた。
「森は救われた。それでよい」
静かな声だった。
その視線が。
もう一度だけ。
俺と。
胸元のむぎへ向く。
「……深追いはせぬ」
「ありがとうございます」
何に対して。
とは言わなかった。
王も聞かなかった。
「よくやった」
それで。
報告は終わった。
精霊王の間を出る。
扉が閉じた。
廊下へ。
一歩。
足を出して。
「……あ」
力が抜けた。
膝が。
そのまま崩れる。
「レイン」
すぐ横から腕が伸びた。
アクセルだ。
身体を支えられる。
「悪い……」
「ここちゃん」
その一言で。
俺は反射的に腕を見る。
大丈夫だ。
ここちゃんは。
ちゃんと腕の中にいる。
きゅる。
むぎも胸元。
キュ。
「二匹とも大丈夫だ」
言った直後。
視界が揺れた。
「っ……」
頭が痛い。
身体が。
急に重くなったみたいだ。
息もうまく整わない。
「レイン」
ノアが近くで膝をつく。
「動かないで」
「ああ……」
今は。
言われなくても動けそうにない。
ノアが俺を見る。
少しして。
「……魔力の流れが乱れてる」
「やっぱり?」
「かなり」
短い返事。
そこで止まった。
理由の説明まではしない。
テラもこちらへ来る。
「無理をしたな」
「したな……」
否定できない。
あれを。
もう一度やれと言われても。
今は無理だ。
というか。
やり方からして分からない。
アクセルに支えられたまま。
俺は息を吐く。
腕の中で。
ここちゃんが身体を寄せてくる。
胸元には。
むぎの小さな体温がある。
二匹ともいる。
無事だ。
「……守れたなら、安い」
口から出た。
アクセルが俺を見る。
少しだけ間があって。
「次は一人で抱えるな」
「……ああ」
短く答える。
ここちゃんを抱き直す。
胸元のむぎにも。
そっと手を添えた。
頭はまだ重い。
足にも力が入らない。
でも。
二匹の温度は。
ちゃんとここにあった。




