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再形成


 空間固定。


 でも。


 どうやって出したのかすら。


 俺には分からなかった。


 アクセルは剣を持ったまま。


 テラも周囲への警戒を解いていない。


 ノアは、さっき灰緑が消えた場所を見ている。


 ここちゃんは腕の中。


 むぎは胸元だ。


 鳥も。


 虫も。


 まだ戻ってこない。


 終わった。


 そんな感じはしなかった。


 そして。


 すぐだった。


 木々の間に。


 薄い灰緑が滲んだ。


「……また」


 一つ。


 その横に、もう一つ。


 薄かった色が重なっていく。


 さっき消えたはずの靄が。


 もう一度。


 形を作り始める。


 ノアが目を細めた。


「……再形成」


 灰緑がまとまる。


 その向きは。


 最初から分かった。


 こっちじゃない。


 正確には。


 俺の胸元。


「また、むぎか」


 キュ……。


 胸元で。


 むぎが小さく震える。


 俺は反射的に手を添えた。


 灰緑が伸びる。


「来るぞ」


 アクセルが剣を構える。


 俺も前を見る。


 さっきの。


 もう一度。


 どうやったのかなんて分からない。


 でも。


 今は考えてる場合じゃない。


 むぎへ。


 ここちゃんへ。


 触れさせるな。


(通すな)


 強く思った。


 その瞬間。


 周囲の動きが止まった。


「……っ」


 風に揺れていた葉が。


 途中で止まる。


 草も。


 枝も。


 動かない。


 周囲三歩ほど。


 さっきと同じように。


 空間そのものが固まったみたいに。


 灰緑も。


 止まる。


「できた……?」


 一瞬。


 そう思った。


 次の瞬間。


 止まっていた灰緑が。


 じわりと前へ出た。


「は?」


 動いてる。


 止めたはずなのに。


 ほんの少しずつ。


 こっちへ。


 押してくる。


「くっ……」


 身体に力が入る。


 何かを両手で押し返しているわけじゃない。


 なのに。


 重い。


 目の前の灰緑を押さえている何かが。


 そのまま押し込まれてくるような感覚。


《負荷上昇》


(分かってる)


 息が浅くなる。


 灰緑が。


 また少し。


 近づいた。


 止める。


 押してくる。


 また止める。


 それでも。


 少しずつ距離を詰めてくる。


「……固定が」


 削られてる。


 そうとしか思えなかった。


 さっきは。


 何もかもまとめて止めた。


 なのに今は。


 同じように止めたはずなのに。


 靄を押さえきれない。


 視界が揺れた。


「っ……」


 頭の奥が痛む。


 息を吸う。


 気持ち悪い。


 それでも。


 手は胸元から離さない。


「レイン」


 アクセルの声。


「下がれ」


「無理だ」


 すぐに答えた。


 今。


 固定を緩めたら。


 灰緑が一気に届く。


 それだけはできない。


 灰緑がまた押す。


 止まっている周囲の中で。


 灰緑だけが。


 じわりと前へ出る。


「……っ!」


 頭痛が強くなる。


 吐き気が込み上げた。


 それでも。


 灰緑は止まらない。


 少し。


 また少し。


 固定を押し込んでくる。


 もう。


 すぐそこまで来ている。


 俺はここちゃんを抱いた腕を、さらに胸へ寄せた。


 もう片方の手でむぎを覆う。


 ここちゃんも。


 むぎも。


 二匹とも身体の内側へ抱え込む。


 そのまま半身を返した。


 灰緑へ。


 肩と背中を向ける。


 俺自身が。


 灰緑と二匹の間に入る。


「レイン!」


 アクセルの声が飛ぶ。


 ノアもこちらへ踏み出そうとしている。


 テラも弓を構えている。


 でも。


 俺は動けない。


 固定を緩めたら。


 届く。


 灰緑が。


 少しずつ。


 押し込んでくる。


 視界の端が揺れる。


 頭が痛い。


 吐きそうだ。


 それでも。


 離せない。


 あと少し。


 固定しているはずなのに。


 灰緑の先端が。


 俺の背へ届く寸前まで迫っていた。


 胸元で。


 むぎが強く身をよじった。


「むぎ?」


 服を掴んでいた小さな爪に。


 ぎゅっと力が入る。


 身体はまだ震えている。


 それでも。


 俺の胸元から顔を上げた。


 キュ!


 強い声が響いた。


 その瞬間。


 俺の背へ触れようとしていた灰緑の先端が。


 すっと。


 消えた。


「……え?」


 砕けたんじゃない。


 崩れたんでもない。


 薄くなったわけでもない。


 そこだけが。


 最初から入れなかったみたいに。


 なくなっている。


 俺は息を呑む。


 今のは。


 違う。


「……俺の固定じゃない」


 固定した時。


 灰緑はそこに残っていた。


 動けなくなっただけだった。


 今のは違う。


 そこにあった先端そのものが。


 ない。


 身体をひねったまま。


 胸元を見る。


「むぎ……?」


 小さな身体はまだ震えている。


 でも。


 顔を出して。


 灰緑の方を向いていた。


 キュ!


 もう一度。


 むぎが強く鳴いた。


 今度は。


 灰緑の中心が。


 抜けた。


「――っ」


 真ん中だけが。


 すっと。


 なくなる。


 残った灰緑が大きく形を崩す。


 まとまらない。


 中心を失ったまま。


 周囲の灰緑が歪んでいく。


 俺はそれを見た。


 自分の固定とは。


 全然違う。


 俺の固定は。


 そこにあるものを。


 押さえつける。


 動かさない。


 でも。


 むぎのは。


「……通さない」


 そこへ。


 入れない。


 そこに。


 存在できない。


(くさえもん)


《対象の存在拒絶を確認》


 すぐに。


 もう一つ。


《暫定定義:否定》


(……否定)


 灰緑が。


 形を保てなくなる。


 残っていた部分も崩れて。


 薄くなり。


 俺たちへ迫っていた塊が。


 消えた。


 同時に。


 固定されていた葉が揺れた。


 草が動く。


 風が。


 また頬へ触れる。


「……っ」


 膝から力が抜けた。


「レイン」


 倒れかけた身体を。


 アクセルが肩から支える。


「悪い……」


 息が荒い。


 頭が重い。


 指にも、うまく力が入らない。


 それでも。


 ここちゃんは腕の中にいる。


 きゅる。


「大丈夫か?」


 ここちゃんの頭を確認して。


 今度は胸元を見る。


「むぎ」


 キュ。


 むぎもいる。


 まだ少し震えていた。


 俺は二匹を身体へ寄せる。


「大丈夫だ」


 声が少しかすれた。


「絶対に守る」


 アクセルは俺を支えたまま。


 剣を下ろさない。


 ノアも。


 テラも。


 周囲への警戒を続けている。


 俺も顔を上げた。


 今、襲ってきた灰緑は消えた。


 でも。


 鳥の声は戻っていない。


 虫の音もない。


 森が元に戻ったわけじゃない。


 分かったことは。


 俺の固定だけじゃない。


 むぎにも。


 何かがある。


 そして。


 くさえもんがつけた名前だけが。


 頭に残っていた。


 否定。

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