再集
森は静かだった。
だが、それは自然な静けさではない。
押さえ込まれたような沈黙。
霧が消えたはずの空間。
そこに、何もない。
それが、逆におかしい。
ノアが低く言う。
「……消えていない」
アクセルが舌打ちする。
「見えないだけか」
森の奥。
葉が揺れる。
風はない。
揺れが止まらない。
一定の方向へ。
こちらへ。
むぎが震える。
キュ。
短い。
次は強い。
キュッ。
胸ポケットの中で、小さな爪が布を掴む。
冷たい。
空気が、冷たい。
息を吸うと、喉がわずかに痛む。
灰緑。
今度は一本ではない。
糸のような霧が、四方から集まる。
絡み合う。
密度が上がる。
さっきより、明確だ。
アクセルが剣を抜く。
「囲まれているな」
テラが鋭く言う。
「動くな。散るな」
ノアの目が細くなる。
「……反応している」
「何にだ」
答えは、すぐに出た。
霧が、揺れる。
方向が定まる。
一斉に。
俺ではない。
アクセルでもない。
ノアでもない。
むぎ。
灰緑が、わずかに脈打つ。
呼吸のように。
そして、伸びる。
速い。
さっきとは違う。
迷いがない。
一直線。
「むぎ!」
胸ポケットの中で、むぎが鳴く。
キュッ!
悲鳴に近い。
距離が、足りない。
間に合わない。
そう思った瞬間。
俺は前に出ていた。
腕を上げる。
むぎを覆う。
背中に、冷気。
靄が触れる寸前。
アクセルが叫ぶ。
「レイン!」
テラの弦が鳴る。
ノアが手を伸ばす。
だが、届かない。
灰緑が、迫る。
視界の端で、霧が揺らぐ。
俺の視界が、狭まる。
ただ一つ。
胸ポケット。
むぎ。
触れるな。
その思考が、言葉になる。
「触るな」
空気が、歪む。
音が、削れる。
森の奥で、何かが裂ける。
灰緑の先端が、止まりかける。
だが、完全ではない。
軋む。
押し込まれる。
世界が、引き絞られる。
――止まれ。
その瞬間。
森の光が、凍りついた。
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