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猫と瞬狼、そして誤解


冒険者ギルドの扉を押す。


軋む木の音。


酒と鉄と革の匂い。


森とは違う、人の熱気。


ざわめきが、一瞬だけ止まった。


視線が集まる。


いや――


正確には、俺の隣に立つ狼獣人へ。


「……瞬狼」


「本物か?」


「生きてたのか」


アクセルは気にした様子もなく歩く。


堂々と。


俺は小声で言う。


「思ったより有名だな」


「普通だ」


普通じゃない。


カウンター奥。


茶色の髪。


緑の瞳。


凛とした雰囲気の猫獣人。


このギルドの受付嬢かな。


彼女の瞳がアクセルを捉え、止まる。


「……瞬狼様?」


声がわずかに震える。


尊敬と安堵。


アクセルが軽く顎を引く。


「久しいな、ミア」


名前。


つまり顔見知り。


ミアは一瞬だけ微笑み、すぐに背筋を正す。


「ご無事で何よりです」


その視線が、俺に移る。


ここちゃん。


むぎちゃん。


そして俺。


「……そちらの方は?」


俺は一歩前に出る。


「初めまして。レインといいます。人族です」


軽く会釈。


「森で野営していたところ、負傷したアクセルを発見し保――」


「拾われた」


アクセルが被せ気味に発する。


俺の言葉が途中で止まる。


そして周囲の空気が、凍る。


レインは状況を理解できず周囲を見回す。


「……え?なに?」


ミアの緑の瞳が大きく見開かれる。


“拾われた”。


アクセルが発したその言葉は、重い。


瞬狼は孤高で知られる。


S級であり、単独主義。


誰にも従わない。


群れない。


雇われない。


その瞬狼が“拾われた”と口にした。


それはまるで――


主従関係を認めたように聞こえる。


「……拾われた?」


ミアの声がわずかに裏返る。


「瞬狼様が……?」


周囲からも小声。


「主ができたのか?」


「契約か?」


「従属……?」


周囲の反応で理由を悟り、俺は内心で頭を抱える。


(誤解を生む言い方するな駄狼)


アクセルは平然と頷く。


「重傷だった」


「森で力尽きそうになっているときに助けられた」


淡々と。


事実だけ。


だがニュアンスは爆弾。


ミアの耳がふるふると揺れる。


世界観が崩れている顔だ。


「……あの、レイン様は、冒険者登録は?」


レインは首を横に振った。


「まだです」


「冒険者ギルドに来るのは、今日が初めてです」


ミアは更に混乱。


「初めてで、未登録……?」


S級冒険者であり、単独でしか動かない瞬狼が。


見るからに戦闘力のない、一般人にしか見えないこの男に、「拾われた」と言った。


そもそも誰かと行動を共にしていること自体が…


ミアが考え込んでいた、そのとき。


ここちゃんが、レインの腕からぴょん、と跳ねた。


カウンターの上でミアを見上げる。


白い毛。


丸い目。


完全無害。


ミアの視線が吸い寄せられる。


「……かわいい」


声が一段落ちる。


綺麗系の仮面が少し外れる。


耳がとろんと緩む。


ここちゃんが、ふわりと耳を揺らす。


耳も口元も緩んだミアは、唐突に我に返る


「……は!失礼しました」


咳払いをひとつ。お仕事モードへ戻る。


「レイン様、登録はFランクからとなりますが登録はされますか?」


「はい」


「承知しました。瞬狼様と同行されているようですが、ランク差が一定以上ある場合、正式なパーティ登録は不可となっております。よろしいですか?」


視線がアクセルへ。


「瞬狼様はSランクですので、Fランクとのパーティ登録は規定上、認められておりません」


空気が変わる。


ほんのわずかに。


アクセルの目が細くなる。


殺気の前兆。


ギルド内の冒険者が無意識に距離を取る。


俺の背中に冷や汗。


アクセルが低く言う。


「問題ない」


重い声。


「俺はレインと組む」


ミアの喉が鳴る。


「ですが規定が――」


「関係ない」


空気が張り詰める。


武器に触れる音。


(やばい)


アクセルは悪気がない。


ただ、決めたことを通そうとしているだけ。


だが周囲から見れば、


“拾われた瞬狼が従属を主張している”


ようにも映る。


誤解が誤解を呼ぶ。


俺は一歩前に出る。


「待て」


アクセルが俺を見る。


真剣な目。


信頼している目。


「規定は規定だ」


「登録してから考えよう」


数秒の沈黙。


長い。


やがてアクセルが、わずかに頷く。


殺気が消える。


空気が戻る。


ミアが小さく息を吐く。


だが火種は残った。


SとF。


孤高の存在である瞬狼。


そして“拾われた”という誤解。


ここちゃんはのんきに草をもしゃもしゃ。


むぎちゃんは胸ポケットで静かに瞬く。


そして俺は思う。


(この駄狼、自分の発言の重み分かってないな)


半ば呆れながら登録を進めるのであった。



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