森へ
夜明け前。
王都はまだ眠っている。
白い塔の輪郭が、薄明かりに浮かぶ。
空気は冷たい。
だが、澄みきってはいない。
どこか湿っている。
控室を出ると、テラがすでに立っていた。
外套を整え、弓を背負う。
背中に迷いはない。
「出る」
短い。
アクセルが肩を回す。
「森か」
ノアが頷く。
「北西部。靄の目撃が増えている」
俺はここちゃんを抱き直す。
むぎは胸ポケットで丸まっている。
キュ。
穏やかな声。
まだ、だ。
⸻
王都の門を抜ける。
白石の道が土へ変わる。
足裏の感触が変わる。
やわらかい。
だが沈まない。
森が近づく。
精霊大陸の森は、中央とは違う。
木が高い。
幹がまっすぐ天へ伸びる。
葉が密だ。
光が細く差し込む。
空気が濃い。
一歩、森へ入る。
温度が変わる。
音も変わる。
鳥の声はある。
だが、奥が沈んでいる。
アクセルが低く言う。
「静かだな」
完全な静寂ではない。
だが、何かが押さえ込まれている。
ノアが周囲を探る。
「ざわつきは、まだ遠い」
“まだ”。
その言い方が引っかかる。
テラが先行する。
歩幅は一定。
足音は小さい。
副団長の背中。
頼れる。
⸻
しばらく歩く。
時間が流れる。
森は変わらない。
それでも、確実に奥へ進んでいる。
俺は気づく。
鳥の声が減っている。
さっきまであった羽音が、消えた。
風が吹く。
葉が揺れる。
だが、揺れ方が不自然だ。
「……今、動いたか?」
俺が止まる。
アクセルも止まる。
耳が立つ。
ノアが視線を上げる。
むぎが、ぴくりと動いた。
キュ。
さっきより短い。
落ち着かない。
胸ポケットの中で、小さく向きを変える。
《微弱な異常反応を確認》
(思ったより早い)
まだ何も見えない。
だが、空気の奥がざらつく。
テラが手を上げる。
「止まれ」
全員が静止する。
森は静かだ。
静かすぎる。
虫の羽音が、ない。
ノアが低く言う。
「近い」
その瞬間。
前方の空気が、わずかに歪む。
最初は陽炎のようだった。
光の屈折。
だが違う。
灰緑。
霧のようなものが、細く漂っている。
まだ薄い。
線のように揺れている。
形はない。
意思もない。
だが、そこにある。
ここちゃんが耳を立てる。
きゅる。
むぎが、強く鳴いた。
キュ。
霧が、わずかに震える。
揺れ方が変わる。
ゆっくりと、こちらへ向く。
アクセルが剣に手をかける。
音は立てない。
「出たな」
テラの声は落ち着いている。
「小規模だ」
ノアの目が細くなる。
「観察する」
霧は近づかない。
だが、離れもしない。
距離を測るように揺れている。
俺は息を整える。
(これが、靄か)
まだ戦闘ではない。
だが、森は完全に変わった。
精霊大陸は、もう静かではない。
⸻




