控室の静寂
王の間を出ると、空気がわずかに軽くなった。
それでも、張りは残っている。
白い廊下を進み、控室へ通される。
扉が閉まる。
外の視線が途切れた。
広い。
壁も床も白石造りだ。
だが冷たさはない。
石の奥に、わずかな温もりがある。
ただの石ではない。
室内の中央には、円形に区切られた植栽があった。
低い白石の縁。
その内側に、柔らかな土と草。
精霊草が静かに揺れている。
アクセルが床を踏む。
「……硬いな」
足裏で確かめる。
「沈まない」
俺は肩をすくめる。
「王都の床だぞ」
アクセルの口元がわずかに上がる。
「悪くない」
⸻
ここちゃんを下ろす。
白い足が石床に触れる。
きゅる。
すぐに植栽へぴょんと跳ねる。
小さな葉をかじる。
きゅる。
その瞬間。
空気が、ほんの少しだけ変わった。
窓の外の葉が揺れる。
淡い光の粒が、ゆっくりと集まる。
精霊だ。
小さな光が、ここちゃんの周囲に漂う。
アクセルが目を細める。
「寄ってきたな」
ノアが静かに言う。
「……歓迎されている」
事実だけを告げる声。
ここちゃんは気にせず草をかじり続ける。
きゅる。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
⸻
ノアが窓辺に立つ。
森を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「帰還の保証はない、か」
独り言に近い。
俺は隣に立つ。
「怖いか」
ノアは首を横に振る。
「怖くはない」
一拍。
「だが、守りたいものはある」
視線は森の奥。
王都の中心。
俺は小さく笑う。
「なら帰る理由は十分だ」
ノアがこちらを見る。
「保証はない」
「俺は帰る前提だ」
言い切る。
アクセルが横から短く言う。
「帰る」
それだけ。
迷いはない。
ここちゃんがきゅる、と鳴く。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
ノアの肩から、わずかに力が抜ける。
「……勝手だな」
「今さらだろ」
軽く返す。
重さは消えていない。
だが、押し潰されるほどでもない。
⸻
扉の外で足音がする。
テラだ。
「出立は明朝。夜明けと同時に動く」
副団長の顔。
だが声は穏やかだ。
アクセルが頷く。
「早いな」
「時間は多くない」
短い説明。
それで十分だ。
ノアが窓の外を見る。
森は静かだ。
だが、奥に何かがある。
ざわめき。
まだ遠い。
俺はここちゃんを抱き上げる。
白い毛が温かい。
(大丈夫だ)
誰に向けた言葉かは分からない。
自分か。
ノアか。
森か。
精霊大陸の空気は濃い。
だが、息はできる。
明日から森へ入る。
本番は、そこからだ。
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