精霊王
白い門が、音もなく閉じた。
外の風の気配が途切れる。
一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
広い。
天井は高い。
柱は細く、光を帯びている。
石でも、木でもない。
森そのものが形を与えられたような空間。
淡い光が、壁とも床ともつかない面を満たしている。
静かだ。
だが、静かすぎる。
音が吸い込まれている。
正面の高座に、一人。
長い衣。
装飾は少ない。
だが、目を離せない。
威圧はない。
それでも、視線を逸らせない。
量られている。
そう感じるだけで、背筋が伸びる。
⸻
テラが迷いなく膝をつく。
動きに淀みがない。
「副団長テラ、帰還しました」
声は澄み、揺れない。
ノアも続く。
「転移迷宮の調査より帰還しました」
王は、ゆっくりと頷いた。
「……よく戻った」
大きな声ではない。
だが、その一言で空間の張りが整う。
「テラ。状況は」
「靄は拡大傾向。沿岸部を越え、内陸へ侵入しています」
王の瞳が、わずかに細まる。
「森もざわめいている」
短い。
だが、森そのものを見ている者の言葉だ。
ノアが顔を上げる。
「転移迷宮の異常も、無関係とは考えにくい」
静かな声。
だが逃げない。
王は沈黙する。
その沈黙が重い。
誰も急かさない。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「繋がっている」
一拍。
「だが、まだ形は定まらぬ」
確信ではない。
だが、否定でもない。
⸻
俺は後方に立ったまま、成り行きを見守る。
ここちゃんが腕の中で小さく動く。
きゅる。
その音だけが、やけに鮮明に響く。
王の視線が、こちらへ向いた。
ほんの一瞬。
だが、空気が変わる。
「……その者は」
テラが振り返る。
「中央大陸の冒険者、レインです。同行を申し出ました」
王の視線が改めて俺を捉える。
深い。
底が見えない。
「招いてはいない」
事実。
ただ、それだけを告げる声。
俺は一歩前に出る。
「承知しています」
軽く頭を下げる。
「同行は、自分の判断です」
王はわずかに目を細める。
「理由は」
ほんの一瞬、言葉を選ぶ。
「海の向こうに、珍しい香草があると聞きました」
静寂。
アクセルが小さく息を吐く。
ノアの肩がわずかに揺れる。
王はしばらく俺を見つめたまま、やがてふっと息を吐いた。
「香草か」
その声に、かすかな笑みが混じる。
「嘘ではないな」
見抜かれている。
だが、拒まれてはいない。
⸻
王の視線がノアへ戻る。
「ノア」
その名だけで、空気が引き締まる。
「今回の任務は危険だ」
一拍。
「靄の中心部へ向かう。帰還の保証はない」
ノアは顔を上げる。
目はまっすぐ。
だが、指先に力がこもる。
「承知しています」
王は静かに続ける。
「本来であれば、外部の者は関与させぬ」
視線が俺とアクセルへ向く。
「無関係だからだ」
正論。
だから重い。
俺は一歩踏み出す。
「仲間です」
声は抑えている。
だが揺れない。
「危険な場所に、一人で行かせるつもりはありません」
隣で、アクセルが動く。
一歩前へ。
「構わん」
短く。
「行く」
それだけ。
言い訳はない。
⸻
ノアが振り返る。
目が揺れる。
迷いではない。
選択の重さだ。
王は長く沈黙する。
やがて、静かに問う。
「ノア。どうする」
空気が止まる。
ノアは目を閉じる。
息を整える。
それから、ゆっくりと目を開く。
「……同行を許可していただけるなら、共に向かいます」
他人に押されたのではない。
自分で選んだ。
その声だった。
王の瞳が細まる。
「選んだのは、そなたらか」
視線が一人ずつをなぞる。
そして、わずかに頷いた。
「よかろう」
重かった空気が、ほんの少し緩む。
だが、王の声は低い。
「忘れるな。靄は理を持たぬ」
その言葉だけが、深く残る。
「準備は急げ。時間は多くない」
テラが深く頭を下げる。
「はっ」
俺は小さく息を吐いた。
ここちゃんが、もう一度鳴く。
きゅる。
王の視線が、ほんのわずかに柔らぐ。
精霊王との謁見は、こうして終わった。
だが。
これは始まりだ。
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