精霊王
王の間の扉が、ゆっくりと開いていく。
テラが先へ進んだ。
ノア。
アクセル。
俺も、その後に続く。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元だ。
中は広かった。
静かで。
歩く音が、思ったよりはっきり聞こえる。
正面に、一人。
派手に飾り立てているわけじゃない。
何かをしているわけでもない。
それでも。
誰がこの国の王なのかは、見れば分かった。
精霊王。
テラが前へ出る。
「副団長テラ、帰還しました」
続いて、ノアも前を見る。
「転移迷宮の調査より帰還しました」
精霊王が二人を見る。
「……よく戻った」
静かな声だった。
テラが短く頭を下げる。
「ノアを連れ戻しました」
「ああ」
それだけで、帰還の報告は終わった。
今度は。
精霊王の方から口を開く。
「こちらの状況を伝える」
テラとノアが王を見る。
「異常は、まだ収まっていない」
サイファでテラから聞いた。
森に、靄のようなものが広がっている。
精霊が近づかず。
鳥や獣、虫まで避けるようになっている。
あれから十日以上。
船に乗っている間も、どうなったのかは分からなかった。
「靄のようなものが確認される場所は、増えている」
テラの表情は変わらない。
ただ、黙って聞いている。
そりゃそうだ。
この人も今、帰ってきたばかりだ。
精霊王が続ける。
「そして、確認され始めた時期だが」
一度。
王の視線がノアへ向いた。
「ノア。お前が転移迷宮から異常転移した後だ」
ほんの少し。
ノアの動きが止まった。
「……私が転移した後から、ですか」
「ああ」
それだけだった。
ノアは何も言わない。
王も、そこから何かを決めつけることはなかった。
少しだけ間があって。
ノアはまた前を向いた。
俺も。
今の話が少し引っかかった。
でも。
今は、それ以上のものじゃない。
精霊王が話を続ける。
「これから、確認が増えている区域を調べる」
テラが頷いた。
「承知しました」
⸻
そこで。
精霊王の視線が、俺たちへ移った。
テラが少し身体をずらす。
「中央大陸の冒険者、レインとアクセルです」
軽く頭を下げる。
「レインです」
「アクセルだ」
精霊王は俺。
それからアクセルを見る。
一度だけ、腕の中のここちゃんと胸元のむぎにも視線が向いた。
でも。
二匹については何も言わない。
「そなたらは、招いてはいない」
「承知しています」
「それでも、ここまで来たか」
「はい」
俺は答える。
精霊王が聞いた。
「誰かに命じられたのか」
「違います」
そもそも。
サイファへ来たテラが連れ帰ることになっていたのは、ノアだけだった。
俺とアクセルは違う。
ついてこいと言われたわけじゃない。
自分たちで決めた。
「同行は、俺たちが決めました」
「理由は」
答えはすぐに出た。
「ノアが仲間だからです」
隣で。
ノアが俺を見る。
俺はそのまま続けた。
「サイファで話を聞いた時から、危険なのは分かってました」
原因の分からない異常が起きている。
そんな場所へ帰る。
それを聞いて。
ノアだけ送り出して。
俺たちはサイファに残る。
それは違うと思った。
「仲間が危ない場所へ行くのに、見送って終わりっていうのは……俺には違うんで」
ノアが弱いからじゃない。
むしろ。
戦えば、俺よりずっと強い。
守ってやらなきゃいけない相手でもない。
それでも。
そういう話じゃない。
「だから、来ました」
仲間だから。
一緒に行く。
俺の中では。
サイファを出る前から決まっていた。
精霊王は何も言わず、俺を見る。
しばらくして。
今度はアクセルへ視線を向けた。
「そなたもか」
「ああ」
アクセルは短く答える。
「行く」
それだけだ。
でも。
アクセルも、ここへ来るまで一度も迷っていなかった。
⸻
精霊王が静かに口を開く。
「これから向かう場所は危険だ」
俺たちは黙って聞く。
「異常が多く確認されている場所の、さらに奥へ入る」
一拍。
「帰還を保証することはできぬ」
静かな言い方だった。
でも。
言っていることは重い。
「本来、外部の者を関与させるつもりはない」
王の視線が、俺とアクセルへ向く。
「そなたらには、この国の異常へ関わる義務はない」
「はい」
それは分かってる。
俺たちは、この国の人間じゃない。
命令を受けたわけでもない。
だから。
行くかどうかは、自分で決められる。
「それでも行くか」
「行きます」
迷わなかった。
王に危険だと言われた今、決めたわけじゃない。
ここまで来る前から。
答えは同じだ。
「ノアは仲間です」
もう一度言う。
「ノアだけ行かせて、俺たちが残るつもりはありません」
精霊王は俺を見たあと。
アクセルへ顔を向けた。
「アクセル」
「ああ」
「危険は同じだ」
「分かってる」
「それでも行くか」
「行く」
やっぱり短い。
でも。
それで十分だった。
⸻
そして。
精霊王は最後にノアを見る。
「ノア」
「はい」
「お前はどうする」
王の間が静かになる。
俺は口を挟まない。
アクセルも何も言わない。
俺たちは行くと決めた。
でも。
だからノアも一緒に来る。
それじゃ違う。
ノアがどうするかは。
ノアが決めることだ。
ノアが俺を見る。
次に。
アクセルを見る。
少しだけ間があった。
それから。
精霊王へ向き直る。
「私は、二人と行きます」
短い。
でも。
はっきりしていた。
俺たちが勝手についていくからじゃない。
王に命じられたからでもない。
ノア自身が。
俺たちと一緒に行くことを選んだ。
精霊王は少しの間、ノアを見る。
やがて。
「よかろう」
それだけ答えた。
決まった。
俺。
アクセル。
ノア。
そしてテラ。
この四人で、異常の調査へ向かう。
腕の中で、ここちゃんが小さく動く。
きゅる。
抱き直す。
胸元からは、むぎが少しだけ顔を出していた。
キュ。
精霊王がもう一度口を開く。
「一つだけ覚えておけ」
俺たちは王を見る。
「靄は理を持たぬ」
「……理?」
思わず聞き返す。
だが。
王は、その意味を説明しなかった。
精霊王がテラを見る。
「準備を急げ」
「承知しました」
テラが答える。
謁見は、それで終わった。
王の間を出るため、身体の向きを変える。
その時。
ノアが一度だけ足を止めた。
ほんの一瞬。
それから何も言わず。
俺たちの後へ続いた。




