表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/84

精霊王


白い門が、音もなく閉じた。


外の風の気配が途切れる。


一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わった。


広い。


天井は高い。


柱は細く、光を帯びている。


石でも、木でもない。


森そのものが形を与えられたような空間。


淡い光が、壁とも床ともつかない面を満たしている。


静かだ。


だが、静かすぎる。


音が吸い込まれている。


正面の高座に、一人。


長い衣。


装飾は少ない。


だが、目を離せない。


威圧はない。


それでも、視線を逸らせない。


量られている。


そう感じるだけで、背筋が伸びる。



テラが迷いなく膝をつく。


動きに淀みがない。


「副団長テラ、帰還しました」


声は澄み、揺れない。


ノアも続く。


「転移迷宮の調査より帰還しました」


王は、ゆっくりと頷いた。


「……よく戻った」


大きな声ではない。


だが、その一言で空間の張りが整う。


「テラ。状況は」


「靄は拡大傾向。沿岸部を越え、内陸へ侵入しています」


王の瞳が、わずかに細まる。


「森もざわめいている」


短い。


だが、森そのものを見ている者の言葉だ。


ノアが顔を上げる。


「転移迷宮の異常も、無関係とは考えにくい」


静かな声。


だが逃げない。


王は沈黙する。


その沈黙が重い。


誰も急かさない。


やがて、ゆっくりと口を開いた。


「繋がっている」


一拍。


「だが、まだ形は定まらぬ」


確信ではない。


だが、否定でもない。



俺は後方に立ったまま、成り行きを見守る。


ここちゃんが腕の中で小さく動く。


きゅる。


その音だけが、やけに鮮明に響く。


王の視線が、こちらへ向いた。


ほんの一瞬。


だが、空気が変わる。


「……その者は」


テラが振り返る。


「中央大陸の冒険者、レインです。同行を申し出ました」


王の視線が改めて俺を捉える。


深い。


底が見えない。


「招いてはいない」


事実。


ただ、それだけを告げる声。


俺は一歩前に出る。


「承知しています」


軽く頭を下げる。


「同行は、自分の判断です」


王はわずかに目を細める。


「理由は」


ほんの一瞬、言葉を選ぶ。


「海の向こうに、珍しい香草があると聞きました」


静寂。


アクセルが小さく息を吐く。


ノアの肩がわずかに揺れる。


王はしばらく俺を見つめたまま、やがてふっと息を吐いた。


「香草か」


その声に、かすかな笑みが混じる。


「嘘ではないな」


見抜かれている。


だが、拒まれてはいない。



王の視線がノアへ戻る。


「ノア」


その名だけで、空気が引き締まる。


「今回の任務は危険だ」


一拍。


「靄の中心部へ向かう。帰還の保証はない」


ノアは顔を上げる。


目はまっすぐ。


だが、指先に力がこもる。


「承知しています」


王は静かに続ける。


「本来であれば、外部の者は関与させぬ」


視線が俺とアクセルへ向く。


「無関係だからだ」


正論。


だから重い。


俺は一歩踏み出す。


「仲間です」


声は抑えている。


だが揺れない。


「危険な場所に、一人で行かせるつもりはありません」


隣で、アクセルが動く。


一歩前へ。


「構わん」


短く。


「行く」


それだけ。


言い訳はない。



ノアが振り返る。


目が揺れる。


迷いではない。


選択の重さだ。


王は長く沈黙する。


やがて、静かに問う。


「ノア。どうする」


空気が止まる。


ノアは目を閉じる。


息を整える。


それから、ゆっくりと目を開く。


「……同行を許可していただけるなら、共に向かいます」


他人に押されたのではない。


自分で選んだ。


その声だった。


王の瞳が細まる。


「選んだのは、そなたらか」


視線が一人ずつをなぞる。


そして、わずかに頷いた。


「よかろう」


重かった空気が、ほんの少し緩む。


だが、王の声は低い。


「忘れるな。靄は理を持たぬ」


その言葉だけが、深く残る。


「準備は急げ。時間は多くない」


テラが深く頭を下げる。


「はっ」


俺は小さく息を吐いた。


ここちゃんが、もう一度鳴く。


きゅる。


王の視線が、ほんのわずかに柔らぐ。


精霊王との謁見は、こうして終わった。


だが。


これは始まりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ