精霊王都
船は、そのまま大河を上っていく。
森の向こうに見えていた塔が、少しずつ大きくなってきた。
さっきまでは木々の間から細く見えるだけだったのに。
今は、その下に続く建物まで見え始めている。
「近いな」
「ああ」
アクセルも前を見ている。
船の上では、乗員たちが動き始めていた。
何をしているのか細かいことは分からない。
邪魔をしないように、俺たちはそのまま待つ。
やがて船の進みがゆっくりになった。
岸が近づく。
水を切る音も小さくなって。
船が止まった。
「着いたぞ」
腕の中のここちゃんへ声をかける。
きゅる。
胸元からも、むぎが顔を出した。
キュ。
テラが先に進む。
「降りるぞ」
「はい」
ここちゃんを抱いたまま、その後へ続いた。
⸻
船を降りる。
足をついた瞬間。
「……お」
揺れない。
当たり前なんだけど。
船に乗ってからずっと足元が少し動いていたせいか、普通に止まっている地面が妙な感じだった。
隣では、アクセルも一度だけ足元を見る。
何も言わず。
そのまま前を向いた。
三日目の船旅を終えて。
また自分の足で進む。
顔を上げる。
目の前には、白い道が伸びていた。
その左右には木々が続いている。
森だ。
でも。
森の中へ道を一本通しただけには見えなかった。
白い道の先。
木々の間に建物が見える。
その向こうには、細く高い塔。
一本だけじゃない。
いくつもの塔が、緑の間から空へ伸びている。
「……これが精霊王都か」
「ああ」
テラが答える。
中央大陸の王都とは、全然違う。
あっちは、大きな外壁があって。
石造りの街が広がっていて。
王宮も街も、ひとつの大きな都市として目に入ってきた。
ここは違う。
すぐそばに森がある。
その森の中へ白い道が伸びて。
木々の間には建物があって。
その先に塔が立っている。
森を押し退けて街を置いた、という感じがしない。
かといって。
建物が森に隠れているわけでもない。
どっちも同じ景色の中にある。
そんな感じだった。
腕の中で、ここちゃんの耳が動く。
胸元では、むぎが顔を出したまま周囲を見ている。
「来たな」
きゅる。
キュ。
俺たちは白い道を進んだ。
⸻
歩くほど。
王都の景色が少しずつ見えてくる。
木々の間を人が歩いている。
その向こうには建物。
さらに奥には、さっき船から見えた高い塔がある。
王都として人が動いているのに。
森が遠くならない。
建物のそばにも緑があって。
白い道の先にも木々が見える。
「変わってるな」
俺が言う。
「何がだ」
アクセルが聞く。
「街と森が、分かれて見えない」
アクセルも周囲を見る。
「……そうだな」
短く返した。
少し前を歩くノアも、静かに王都を見ている。
視線がいつもより長く、木々の間や塔へ向いていた。
「ノア」
「何?」
「帰ってきたな」
少しだけ間があって。
「そう」
それだけだった。
ノアはまた前を見る。
俺も、その先へ視線を向けた。
すると。
木々の向こうに、今までより大きな建物が見えてきた。
白く明るい外観。
その周りにも、細く高い塔が見える。
緑の中にあるのに、埋もれてはいない。
派手に目立とうとしているわけでもないのに。
自然と目が向く。
「あれが?」
「王城だ」
テラが答えた。
「おお……」
中央大陸で見た王宮とは、やっぱり印象が違う。
大きさで押してくる感じじゃない。
木々の間から見える白い外観と。
その上へ伸びる塔。
森の緑と一緒に見えているのに。
そこが王のいる場所だというのは、なんとなく分かった。
静かだけど。
目を離しにくい。
俺たちは、その王城へ向かって歩いていく。
⸻
途中。
こちらへ来た騎士たちが、テラを見るなり足を止めた。
揃って姿勢を正す。
テラが一歩前へ出る。
「副団長テラ、帰還した」
騎士の一人が答える。
「確認しました。王がお待ちです」
テラの表情は変わらない。
「すぐ行く」
それだけなのに。
少し前までとは見え方が違った。
サイファまでノアを迎えに来て。
十日一緒に歩いて。
アクセルと手合わせして。
船でもずっと一緒だった男。
そういえば。
この人、精霊王国騎士団の副団長だった。
知ってはいたけど。
ここへ来て、ようやくその立場を見た気がする。
テラ自身は何も変わらない。
偉そうにするわけでもなく。
いつも通りの顔をしている。
俺は思わずテラを見る。
「俺たちも?」
「ああ」
テラがこちらを見る。
「同行は許可されている」
「ここちゃんとむぎも?」
「ああ」
「ならよかった」
ここまで来て二匹だけ別、は困る。
ここちゃんを抱き直す。
むぎも胸元にいる。
そのまま王城へ向かうことになった。
休憩を挟む話は出ない。
王が待っているなら。
そりゃ、先にそっちだ。
⸻
王城へ近づく。
遠くから見えていた白い外観が、歩くほど大きくなっていく。
道のそばには木々が続いている。
その向こうに建物が見えて。
さらに進めば、王城の一部が木々の間から現れる。
森がここで終わって。
そこから城が始まる。
そんなふうには見えない。
緑の向こうに白い外観が続いて。
枝の間から、高い塔が伸びて見える。
森も。
道も。
王都も。
王城も。
全部がひとつの景色の中に収まっていた。
俺が知っている王都とは違う。
どっちがいいとかじゃない。
ただ。
初めて見る街だった。
やがて王城へ入る。
テラは迷わず先を進む。
ノアもその後へ続く。
俺とアクセルもついていった。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元。
さっきまで王都の景色へ目を奪われていたのに。
王城へ入った途端。
今度は、これから会う相手のことが頭に浮かぶ。
精霊王。
この国の王が。
俺たちを待っている。
「……王か」
小さく呟く。
アクセルが横を見る。
「緊張してるのか」
「そりゃ少しはな」
「そうか」
「お前は?」
「別に」
「強いな」
アクセルはそれ以上答えなかった。
まあ。
いつも通りだ。
⸻
奥へ進む。
そして。
大きな扉の前で、テラが足を止めた。
俺たちも止まる。
テラが振り返る。
「ここから先は王の間だ」
「……了解」
さっきまでの王都を見る気分が、一気に引っ込んだ。
ここちゃんを抱き直す。
胸元のむぎも、そこにいる。
ノアは静かに扉を見ている。
アクセルも。
テラが前を向いた。
王の間の扉が。
ゆっくりと開き始めた。




