表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/85

夜明け、そして河口へ


 夜がほどけていく。


 水平線が、ゆっくりと白む。


 最初に色を変えたのは空だった。


 深い紺が薄まり、灰に近づき、やがて淡い金へ溶ける。


 海はまだ暗い。


 だが、空が変われば水面も変わる。


 黒は青に、青は銀へ。


 波が静かに光を拾う。


 船首に立つアクセルが、目を細めた。


「……何かある」


 短い。


 だが迷いがない。


 俺も前を見る。


 最初は雲かと思った。


 水平線の上に、わずかに濃い影。


 だがそれは動かない。


 形を保っている。


 ノアが手すりに手を置く。


「陸だな。方角は合っている」


 一拍。


「精霊大陸だ」


 テラが横で頷く。


「ああ。沿岸部だ」


 影がゆっくりと輪郭を持つ。


 森。


 中央大陸よりも色が深い。


 朝日に照らされ、濃い緑が浮かび上がる。


 光の当たり方が違う。


 空気の層が、少し重い。


 ここちゃんが耳を立てる。


 きゅる。


 むぎが胸ポケットから顔を出す。


 キュ。


 船は速度を落とさず進む。


 波が徐々に穏やかになる。


 打ち付ける音が減り、水面がなだらかになる。


 潮の匂いの奥に、湿った土の気配が混じる。


 アクセルが鼻をひくつかせた。


「匂いが変わった」


 ノアが視線を外さず答える。


「潮が薄れている。河口が近い」


 海の広がりが、ゆっくりと狭まる。


 左右に森が迫る。


 波のうねりが消え、水面が落ち着く。


 水の色も変わる。


 青から、深い緑へ。


 少し濁りを含んだ色。


「川か」


 自然に言葉が出る。


 テラが頷く。


「王都へ続く大河だ」


 船首がわずかに角度を変える。


 海から川へ。


 その境目で、揺れが変わる。


 上下ではなく、滑るような感覚に変わる。


 アクセルが足元を見る。


「流れている」


 確かに、水は下流へ向かっている。


 だが船は止まらない。


 引かれるどころか、軽く前へ押し出される。


「逆らってるな」


 俺が言う。


 アクセルが頷く。


「ああ。押し返されていない」


 ノアが川面を観察する。


 流れの歪みを追うように、目を細める。


「水流への干渉だ。風だけでは足りない」


 テラが淡々と答える。


「風の精霊が推進し、水の精霊が抵抗を消す」


 無理に進んでいる感じがない。


 自然に、前へ流れていく。


 アクセルが低く笑う。


「悪くない」


 森が両岸に迫る。


 木が高い。


 枝が空を覆い、光を細く落とす。


 葉が光を濾し、川面を緑に染める。


 鳥の声が増える。


 虫の羽音が混じる。


 海の音は、もう聞こえない。


 代わりに、流れる水の音が近い。


 湿り気が肌に張り付く。


 空気が重い。


 ここちゃんが腕の中で体勢を変える。


 むぎが胸元で小さく動く。


 場所が変わったのが分かる。


 ノアが森の奥を見る。


 静かだが、視線は鋭い。


 その先を追う。


 まだ何も見えない。


 だが、空気がわずかに張っている。


 音の間に、途切れがある。


 生き物の気配が、揃っていない。


「近いか」


 声に出る。


 ノアが頷く。


「王都の外塔が見え始める頃だ」


 川が緩やかに曲がる。


 森が一瞬だけ途切れる。


 白い塔が現れた。


 細く、高く。


 川沿いに立つ影。


 朝日に照らされ、淡く光を返す。


 人工物なのに、森から浮いていない。


 馴染んでいる。


 アクセルが剣の柄に触れる。


 自然な動き。


 視線がわずかに鋭くなる。


「今だな」


 テラが短く告げる。


「接岸準備、王都だ」


 乗員が動く。


 帆が緩む。


 音が変わる。


 船が静かに速度を落とす。


 川面が朝日を跳ね返す。


 水が近い。


 土の匂いが濃くなる。


 もう手が届く距離にある。


 精霊大陸の地面が、すぐそこにある。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ