↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
53/250

ヴァン、出航


 ヴァンは、本当にすぐそこだった。


 歩くほど潮の香りが濃くなる。やがて道の先に建物が増えて、その向こうには何本もの帆柱が見えた。


「……着いたな」


「ああ」


 テラが短く答える。


 ヴァンへ入る。


 サイファとも、王都とも違う。


 人の声。濡れた木の匂い。縄や樽。少し先では、魚を扱う音が聞こえる。


 頭の上を海鳥が飛んでいった。


 きゅる。


 腕の中で、ここちゃんの耳が動く。


 胸元からも。


 キュ。


 むぎが顔を出した。


「賑やかだな」


 俺が言う。


 アクセルは答えない。


 その代わり、海ではなく、今度は港に並ぶ船へ何度も視線を向けていた。


 小さい船。大きい船。帆を持つ船。


 いくつも並んでいる。


「……船も初めて?」


「ああ」


「やっぱりか」


 海の次は船らしい。


 でも、はしゃぐわけでもなく。


 アクセルはただ、一隻ずつ見るように目を動かしている。


 テラはそのまま港の方へ進む。


「こっちだ」


 俺たちも続いた。


⸻


 港へ着く。


 近くで見ると、船は思っていたより大きい。


 水の上で、本当に浮いている。


 隣でアクセルが低く言った。


「……浮いている」


「船だからな」


「ああ」


 分かってるらしい。


 でも、ちょっと気になるのも分かる。


「それで」


 俺は並んだ船を見る。


「どれに乗るんです?」


「あれだ」


 テラが示した先。


 一隻の船が停まっている。


 白い帆。周りの船と比べると、船体もきれいに整っている。


 派手ではない。


 でも、何となく目についた。


「あれ?」


「ああ」


 テラが答える。


「王専用の船だ」


「……王専用?」


 思わず聞き返した。


「ああ」


「王様、乗ってないですよね?」


「乗っていない」


「じゃあ何で王専用船が?」


「今回は任務に使う」


 テラはそれだけ言う。


「このためにヴァンで待機させていた船だ」


「なるほど」


 定期的に出ている船へ乗るわけじゃない。


 俺たちを精霊大陸へ運ぶために、ここで待っていたらしい。


 船へ近づく。


 木の船体を見る。


(くさえもん)


《材質:強化樫材。風属性付与確認》


(風属性?)


《確認済み》


(いや、そこじゃなくて)


 細かいことは分からない。


 分かるのは、普通の木そのままではない、ということくらいだ。


 それを口に出すことはせず、テラの後を追う。


 船にいた乗員たちが、テラを見る。


 揃って敬礼した。


 テラも足を止める。


「予定通り出る」


「はい」


 返事が返る。


 それだけ確認すると、テラがこちらを見る。


「乗るぞ」


「はい」


 ここちゃんを抱き直す。


 むぎは胸元のまま。


 テラに続いて船へ上がった。


⸻


 足を乗せた瞬間。


「……お」


 少し揺れた。


 地面とは違う。足元が、ほんの少し上下する。


 ここちゃんを抱く腕に少し力を入れる。


「大丈夫だぞ」


 きゅる。


 胸元のむぎも。


 キュ。


 その横で、アクセルが足元を見る。


「……揺れる」


「船だからな」


 さっきとほぼ同じ返事になった。


 アクセルは何も言わない。


 一度だけ足元を確かめるように体重を移して、それから前を向いた。


 ノアは足元を一度見て、それから前を向いた。


 船の上から港を見る。


 出航予定は正午。まだ少し時間がある。


 乗員たちは動いているけど、俺に分かることは何もない。


 邪魔をしない方がいい。


 白い帆を見上げていると、テラが言った。


「この船は、風と水の精霊を使う」


「二つ?」


「ああ」


 ノアが短く補足した。


「風が押す」


 続けて。


「水の抵抗も、精霊が抑える」


「なるほど」


 全部理解したわけじゃない。


 でも、風で進むのを助けて、水の邪魔も減らす。


 そういうことらしい。


 テラが言う。


「外洋でも速度が落ちにくい」


「普通の帆船とは、やっぱ違うんだな」


「ああ」


 俺にはそれで十分だった。


⸻


 やがて、正午が近づく。


 乗員の動きが変わった。


 テラも船の前方へ目を向ける。


「出るぞ」


「はい」


 白い帆が上がる。


 風を受けて、大きく膨らんだ。


 少し間があって、船が動く。


「おお……」


 ゆっくり、港から離れていく。


 水を切る音。


 さっきまで近くにあったヴァンの景色が、少しずつ遠ざかっていく。


 アクセルが海を見る。


 次に、船の進む先を見る。


 また足元。


「……速いな」


「そうだな」


 海の次は船か。


 でも、俺もちょっと分かる。


 地面もないのに、こんな大きなものが水の上を進んでいる。


 しかも、思ったより速い。


 ここちゃんは腕の中から風の方へ鼻を向けている。


 むぎも胸元から顔を出したまま。


 キュ。


「落ちるなよ」


 むぎの頭を指先で軽く撫でる。


 そのまま胸元にいてもらう。


 港が少しずつ小さくなっていく。


⸻


「精霊王都まで、どのくらいなんです?」


 俺が聞く。


「順調なら三日ほどだ」


 テラが答える。


「三日か」


 十日歩いたあとに、今度は三日の船旅。


 まだ先は長い。


「向こうに着いたら、港で降りるんです?」


「いや」


 テラが首を振る。


「そのまま大河へ入る」


「川?」


「ああ。精霊王都の方まで続いている」


「この船で?」


「ああ」


 海を走る船のまま、川へ入るらしい。


「王族航路を使う」


「王族航路?」


「許可された船が使う航路だ」


 テラの説明は短い。


 それ以上のことは言わない。


「海からそのまま王都の方まで行けるってことか」


「ああ」


「便利だな」


 アクセルが言う。


 テラは前を向いたまま答えた。


「今回は急ぐ」


「そうか」


 そこで会話は終わる。


 精霊大陸では、原因の分からない異常が広がっている。


 旅行じゃない。


 早く着けるなら、その方がいい。


⸻


 後ろを見る。


 ヴァンが遠ざかっている。


 アクセルはまだ時々、船の動きへ目を向けている。


 ノアは進む先を見ていた。


 テラは乗員と短く言葉を交わしている。


 俺の腕には、ここちゃん。


 胸元には、むぎ。


 十日かけて、ようやく海まで来た。


 そして今、中央大陸を離れていく。


 ここから先は、本当に知らない場所だ。


 白い帆が風を受ける。


 船はそのまま、海の向こうへ進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。