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海と模擬戦


 歩き出してからも。


 アクセルの視線は、何度も海へ向いていた。


 いつもなら前か周囲を見ているのに。


 今日は違う。


 海の方へ目をやって。


 また前を向いて。


 少しすると、また見る。


「海、初めてか?」


「ああ」


 短い返事。


 でも、視線は海から外れない。


 遠くまで続く青い水面。


 岸へ寄っては、白く崩れる波。


 向こう岸は見えない。


 アクセルがまた少しだけ足を止めた。


「広いな」


「広いな」


 同じことを返してから。


 なんとなく笑う。


 普段なら、こんなに同じものを何度も見ることは少ない。


 はしゃいでるわけじゃない。


 でも。


 気になるらしい。


 腕の中で、ここちゃんも海の方へ鼻を向けた。


 胸元からは、むぎが顔を出している。


 キュ。


「お前も見るか」


 返事みたいに、もう一度。


 キュ。


 そのままヴァンへ向かって歩く。


 街はさっきより近くなっている。


⸻


「そういえば」


 俺は前を歩くテラへ声をかけた。


「船、いつ出るんです?」


「正午だ」


「正午」


 空を見る。


 まだ午前。


「間に合う?」


「ああ。今回の任務のために待たせている船だ。予定より早い」


 テラがヴァンの方を見る。


「時間はある」


「ならよかった」


 急いで駆け込むような時間でもないらしい。


 そう思ったところで。


 テラが横を歩くアクセルを見た。


 アクセルも、その視線に気づく。


 少しの間。


「少し、どうだ」


「ああ」


 それだけ。


 俺は二人を見る。


「……やっぱり気になってたのか」


 サイファのギルドで会った時から。


 旅の途中でも。


 二人は何度か互いの動きを見ていた。


 テラが街道の脇へ視線を向ける。


 少し離れたところに、開けた場所がある。


 テラが周囲を確かめる。


 アクセルも一度見回した。


「ここならいい」


「ああ」


 二人が街道から外れる。


「ノア」


「ああ」


 俺とノアも、少し離れたところまで下がった。


 ここちゃんは腕の中のまま。


 むぎも胸元のまま。


 ここなら二人の邪魔にはならない。


「怪我すんなよ。港町、目の前だぞ」


 アクセルが剣へ手をかける。


「ああ」


 テラも背の弓を取る。


 落ち着いてる。


 殺し合う空気じゃない。


 ただ。


 さっきまでより、二人の目が少しだけ鋭くなった。


⸻


 アクセルが剣を抜く。


 テラが弓を構える。


 距離がある。


 当然だけど。


 弓を持つテラには、その距離が必要なんだろう。


「来い」


 テラが言った。


 次の瞬間。


 弦が鳴る。


 矢が飛ぶ。


 アクセルが身体をずらした。


 第一射が横を抜ける。


 同時に。


 地面を蹴った。


 速い。


 一気に距離を詰める。


 二射目。


 今度は避けない。


 剣が動く。


 乾いた音。


 矢が弾かれた。


「悪くない」


 アクセルが言う。


「速いな」


 テラの声は変わらない。


 もう次の矢をつがえている。


 放つ。


 アクセルの進む先へ矢が落ちた。


 足が一度だけ横へずれる。


 そこへ、また一本。


 進もうとした場所を塞ぐように飛ぶ。


 アクセルが向きを変える。


 止まらない。


 まっすぐじゃなくなっても。


 距離は縮んでいく。


 テラも後ろへ下がりながら弓を引く。


 一射。


 アクセルがかわす。


 もう一射。


 剣で弾く。


 気づけば。


 二人の間にあった距離が、ほとんど消えていた。


「速っ……」


 思わず声が漏れる。


 次の瞬間。


 アクセルが踏み込んだ。


 剣が走る。


 テラも弓を引いたまま、狙いを変える。


 そして。


 止まった。


 アクセルの剣先が、テラの喉元。


 同時に。


 テラの矢が、アクセルの胸を捉える位置で止まっている。


 弦を引いた指は離れていない。


 二人とも動かない。


 どちらかがもう少し動けば。


 どちらにも届く。


「……そこまで」


 俺が言う。


 少し間があって。


 アクセルが剣を下ろした。


 テラも弦を戻す。


 張っていた空気が抜ける。


「お前ら、港に着く前に怪我する気かと思ったぞ」


「してない」


 アクセルが剣を収める。


「結果としてな」


 テラは放った矢を拾いに向かう。


 アクセルも何も言わない。


 でも。


 さっきまでとは、互いを見る目が少しだけ違う気がした。


 何が変わったのかまでは、俺には分からない。


 テラが矢を回収して戻ってくる。


「機会があれば、続きを」


 アクセルがテラを見る。


「次は、もう少し早く詰める」


「望むところだ」


 短い。


 約束、ってほどじゃない。


 でも。


 次がある前提の会話にしか聞こえなかった。


 ノアは二人を見て。


「終わった?」


「ああ」


 テラが答える。


「なら行こう」


 それだけだった。


⸻


 街道へ戻る。


 ここちゃんは腕の中。


 むぎは胸元からまだ顔を出している。


「終わったぞ」


 ここちゃんの耳が動く。


 キュ。


「むぎもな」


 胸元を軽く撫でる。


 また四人でヴァンへ向かって歩き始めた。


 進むほど、潮の香りが少しずつ強くなる。


 街も近い。


 テラが前を見る。


「港はもうすぐだ」


「やっとか」


 十日歩いた。


 海も見えた。


 でも。


 船に乗るのは、まだこの先だ。


 ヴァンは、もうすぐそこだった。

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