海と模擬戦
朝。
森を抜ける風が、湿っている。
潮の匂いが混ざる。
アクセルが鼻をひくつかせた。
「……匂いが違う」
テラは前を見たまま言う。
「近い」
木々が途切れる。
視界が開けた。
青。
水平線。
どこまでも続く、水の色。
波の音が、少し遅れて届く。
ざあ、と。
アクセルが止まる。
本当に、足を止めた。
「……」
横を見る。
「どうした」
「水だな」
「そうだな」
アクセルは腕を組む。
だが、視線は動かない。
波が砕ける。
白く崩れて、また引いていく。
光が揺れる。
「広い」
小さく言う。
耳が風に揺れていた。
《解析:巨大な水域を確認》
(言い方よ)
アクセルが一歩前に出る。
砂に足が沈む。
「白く濁っている」
「波だ」
ノアが淡々と答える。
アクセルが目を細めた。
しばらく黙って、波を見ている。
「走れないな」
「無理だな」
「泳ぐか」
真顔。
「やめろ」
即答した。
足場がない。
踏み込む場所もない。
それでも、目の前に広がるこの場所に、妙な引力がある。
ただの水のはずなのに、視線を外しにくい。
テラが言う。
「ヴァンはあの先だ」
遠くに港町が見える。
帆柱が並び、船が揺れている。
アクセルの視線が、今度はそちらへ移った。
「乗るのか」
「乗る」
アクセルの口元が、わずかに上がる。
「……面白そうだ」
隠す気がない。
新しいものを見る時の顔だ。
少しだけ安心する。
こういう反応があるなら、大丈夫だ。
港町まであと少し。
草地に出たところで、テラが立ち止まる。
弓に手をかける。
軽く外し、振り返った。
「時間がある」
視線がアクセルへ向く。
「少し、どうだ」
アクセルの目が細くなる。
「模擬戦か」
「そうだ」
弦を張る音。
空気が張る。
距離を測る。
風向き、足場、逃げ場。
ここなら問題ない。
「怪我すんなよ。港町目の前だぞ」
ノアが静かに下がる。
観察位置に入る。
ここちゃんを抱き直す。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
アクセルが剣を抜く。
草を踏む音。
テラが弦を引く。
空気が細くなる。
「来い」
矢が放たれる。
一直線。
アクセルが半身でかわす。
地を蹴る。
距離を詰める。
二射目。
角度が変わる。
剣で弾く。
三射目は足元。
砂が跳ねる。
アクセルが止まり、笑う。
「悪くない」
テラが淡々と返す。
「速いな」
弓は下げない。
アクセルが踏み込む。
加速。
一瞬で間合いに入る。
剣が喉元で止まる。
同時に、矢が胸を捉えている。
止まった。
風だけが動く。
張り詰めていた空気が、そのまま残る。
二人とも、微動だにしない。
その距離で、呼吸だけがわずかに揺れる。
俺は手を上げた。
「そこまで」
二人がゆっくり武器を下ろす。
緊張が抜ける。
テラが息を整える。
「やはり速い」
アクセルが肩を回す。
「悪くない腕だ」
短い言葉。
それだけで十分だった。
視線がぶつかる。
一瞬。
ほんのわずかに、互いの間に何かが通る。
警戒ではない。
測り合いでもない。
理解に近いものだ。
テラが言う。
「機会があれば、続きを」
アクセルが口の端を上げる。
「次はもう少し距離を詰める」
「望むところだ」
約束はない。
だが、次がある前提の言葉だった。
ノアが静かに言う。
「港が近い」
潮風が強くなる。
帆の軋む音が、はっきりと聞こえる。
ヴァンは、すぐそこだ。
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