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朝と、焼きたてと、植えたもの


 朝。


 ざっ。


 ざっ。


「……ん?」


 音で目が覚めた。


 まだ少し重い目を開ける。


 寝台の上。


 白い背中が見えた。


 ここちゃんだ。


 いつの間にか床の敷物から寝台へ上がっていたらしい。


 前足で。


 布団を一生懸命掘っている。


 ざっ。


 ざっ。


「……何してんの?」


 きゅる。


 こっちを見た。


 でも。


 やめない。


「いや、別にいいけどさ」


 ざっ。


 元気だな。


 初めてこの部屋で寝た翌朝。


 最初に見るのが布団を掘るうさぎとは思わなかった。


 身体を起こす。


 床を見ると。


 むぎの柔らかい布が、もぞ、と動いた。


 小さな顔が出る。


 キュ。


「おはよう、むぎ」


 手を差し出す。


 布から出てきたむぎが乗った。


 そのまま胸元へ。


「ここちゃんも行くぞ」


 きゅる。


 俺が寝台から下りると。


 ここちゃんも自分で飛び下りた。


 そして。


 何事もなかったみたいに足元へついてくる。


「布団掘りは終わり?」


 きゅる。


「そうですか」


 部屋を出た。


⸻


 庭へ出る。


 朝の空気は少し冷たい。


 草には朝露が残っている。


 ここちゃんは俺の足元から離れると、そのまま庭へ入っていった。


 草へ鼻を寄せる。


 少し歩く。


 また止まる。


「朝から自由だな」


 きゅる。


 胸元から。


 キュ。


「お前も出たい?」


 むぎが顔を出している。


「もうちょっと待てな」


 小さいこいつを庭へ下ろしたまま俺が歩き回るのは、さすがに見失いそうだ。


 今は胸元でいい。


 母屋からアクセルが出てきた。


「起きたか」


「ああ。寝台どうだった?」


「柔らかい」


「まだ言うんだ」


「いい」


「気に入ったならよかったよ」


 続いてノアも庭へ出てくる。


「おはよう」


「ああ」


「おはよう、ノア」


 朝の庭。


 三人と二匹。


 昨日までは、朝になれば宿の部屋から出ていた。


 今日は違う。


 起きて。


 部屋を出て。


 そのまま自分たちの庭にいる。


 それだけなのに。


 もう少し前からここに住んでいたような気もしてくる。


 腹が鳴った。


「……朝飯、買いに行くか」


「ああ」


 アクセルの返事は早い。


「パンでも買う?」


「いい」


 ノアもそれでいいらしい。


「じゃあ行くか」


 ここちゃんを呼ぶ。


「ここちゃん」


 耳が動く。


 こっちへ戻ってきた。


 足元まで来たところで抱き上げる。


 きゅる。


 むぎは胸元。


 庭の門を出た。


⸻


 朝のサイファを歩く。


 店を開ける音。


 人の声。


 どこかから食べ物の匂いが流れてくる。


 その中に。


 焼いたパンの匂いが混じった。


「……あっちだな」


 匂いを辿るまでもない。


 昨日。


 パン屋の娘に言われた。


 今度、店にも来てね。


 ちょうどいい。


 店の扉を開ける。


「いらっしゃいませ――あ!」


 すぐに明るい声が上がった。


 パン屋の娘だ。


「来てくれた!」


「朝飯買いに来た」


「ほんとに来た!」


「昨日言われたしな」


 娘の視線が。


 すぐ俺の腕へ落ちる。


「ここちゃん!」


 きゅる。


「触っていい!?」


「優しくな」


「うん!」


 俺が少し腕を下げる。


 娘がそっと手を伸ばした。


 ここちゃんの頭を撫でる。


「かわいい……」


 きゅる。


 ここちゃんは逃げるでもなく。


 鼻をひくひくさせながら撫でられている。


「毛、ふわふわ……」


「朝飯忘れてない?」


「あ」


「忘れてたな」


「忘れてない!」


 慌てて店の中を振り返る。


「今日は焼きたてあるよ!」


「それは気になる」


「これ!」


 娘が丸いパンを示す。


 焼き上がったばかりなのか。


 まだ温かそうだ。


「焼きたての丸パン!」


「じゃあ、それ」


「あとね」


 すぐ隣のパンを指す。


「こっちはちょっと甘いやつ!」


「甘い?」


「蜂蜜ちょっと入れてるの!」


「へえ」


 それも気になる。


「じゃあそっちも」


「うん!」


 娘が嬉しそうにパンをまとめ始める。


 その途中。


 一つ余分に入れた。


「ん?」


「これ、おまけ!」


「いや、払うって」


「いいの!」


 娘がここちゃんを見る。


「触らせてもらったし!」


「それでパン増えるの?」


「増える!」


「そういうものか……」


 本人がいいと言っている。


 押し問答するほどでもないか。


「ありがとう」


「うん!」


 受け取ったパンは、まだ温かい。


「一個食うか?」


 アクセルに聞く。


「ああ」


 丸パンを一つ渡す。


 すぐに一口。


「……柔らかい」


 娘が胸を張った。


「焼きたてだから!」


「そこ好きだな、お前」


「柔らかいのはいい」


「寝台からずっと言ってるぞ」


 ノアには甘い方を少し渡す。


 一口食べる。


「甘い」


「蜂蜜ちょっと入れてるの!」


 さっき聞いた。


 でも。


 言いたかったんだろう。


 残ったパンを、腰の魔法袋へ入れるように見せて収納へ送る。


「また来てね!」


 娘が手を振る。


「ああ。また来るよ」


「来る」


 アクセルが先に答えた。


「お前が答えるんだ」


「焼きたてなら来る」


「目的が明確だな」


 娘が笑う。


「また焼く!」


 それなら。


 こいつは本当にまた来そうだ。


⸻


 パン屋を出る。


 腕の中のここちゃんが鼻を動かした。


「パンは俺たちのな」


 きゅる。


 胸元からも。


 キュ。


「お前もパンじゃないぞ」


 少し歩いたところで。


 露店に赤い実が並んでいるのが見えた。


「ん?」


 足を止める。


 小さな赤い実。


 見覚えがあるような。


「……これ、クサイチゴか?」


 前世で見たものに似ている。


 露店の店主がこちらを見る。


「ん? キムベリーのことか?」


「キムベリー?」


「ああ。中央じゃそう呼ぶ」


 名前は全然違った。


「甘いぞ。食べてみろ」


 一つ渡される。


「いいの?」


「ああ」


 口へ入れる。


 噛む。


「……うまいな」


 ちゃんと甘い。


 見た目で思い出したクサイチゴそのものかは分からないけど。


 少なくとも。


 これはこれでうまい。


 腕の中が動く。


 きゅる。


「ん?」


 ここちゃんが実の方へ鼻を向けている。


「お前も食う?」


 その場でしゃがむ。


 ここちゃんを膝の上へ乗せる。


 キムベリーを小さくちぎる。


 ほんの少しだけ。


 口元へ寄せると。


 匂いを嗅いで。


 もしゃ。


「食った」


 すぐに飲み込む。


 また鼻が動く。


「気に入った?」


 きゅる。


 次。


 胸元を見る。


 むぎも顔を出していた。


「お前も?」


 キュ。


「ほんのちょっとな」


 手を差し出す。


 むぎを胸元から手へ乗せる。


 さらに小さくした実を渡すと。


 両手で持った。


 ちまちまと食べ始める。


 キュ。


「食えるんだな」


 食べ終わったむぎを胸元へ戻す。


 ここちゃんも膝の上から抱き上げる。


 立ち上がって。


 もう一度、並んだキムベリーを見る。


「……少し多めに買うか」


 二匹も食べるなら。


 あっても困らなそうだ。


「これ、お願いします」


「あいよ」


 少し多めに買ったキムベリーも、腰の魔法袋へ入れるように見せて収納へ送る。


 予定になかった朝の買い物が増えた。


⸻


 拠点へ戻る。


 庭の門を入る。


 ここちゃんを腕から下ろすと。


 そのまま足元から庭へ進んでいった。


「やっぱ庭行くんだな」


 きゅる。


 むぎは胸元。


「朝飯、外で食うか」


「ああ」


 せっかく庭がある。


 朝の空気も悪くない。


 居間から椅子を三脚持ち出す。


 一脚は中に残したまま。


 庭へ並べる。


 俺。


 アクセル。


 ノア。


 三人で座る。


 むぎは胸元から手へ移して。


 小さい敷物を近くへ置き、その上へ下ろした。


 キュ。


 ここちゃんは庭を少し歩いたあと。


 こっちへ寄ってくる。


「飯にするぞ」


 収納からパンとキムベリーを出す。


 焼きたてのパンは、まだ温かい。


「まだ温かいな」


 丸パンを割る。


 アクセルへ。


 ノアへ。


 俺も一つ。


「いただきます」


 一口。


「……うま」


 外側と中の食感が違う。


 何より。


 まだ温かい。


「焼きたてって強いな」


「柔らかい」


「そこだよな」


 アクセルは気に入ったらしい。


 甘いパンも割る。


 蜂蜜の匂いがほんのりする。


 ノアが食べる。


「甘い」


「昨日の香草とは真逆だな」


「そう」


 買ったキムベリーも出す。


 俺が一つ食べる。


 ここちゃんが足元へ寄ってきた。


 きゅる。


「分かった分かった」


 少しだけちぎって渡す。


 もしゃ。


 食べる。


 むぎにも。


 ほんの少し。


 敷物の上で両手に持って食べ始める。


「朝から贅沢だな、お前ら」


 きゅる。


 キュ。


 まあ。


 俺たちも同じか。


 焼きたてのパンを食べながら。


 自分たちの庭で朝飯。


 数日前まで。


 こんなことをしてるとは思ってなかった。


 朝飯を食べ終える。


 むぎが小さい敷物から下りた。


 そのまま庭を横切って。


 物置の方へ走っていく。


「そっち戻るのか」


 キュ。


 物置へ入っていった。


⸻


 キムベリーをもう一つ取る。


 半分に割る。


「ん?」


 中に小さな粒がある。


 指先で見る。


「……種か?」


 小さい。


 もう一つ見ても同じだ。


 食べながら。


 ふと思う。


「ノア」


「何?」


「これ、植えたら増える?」


 ノアがキムベリーを見る。


「増える」


「増えるんだ」


 庭を見る。


 せっかく場所はある。


「じゃあ、ちょっと植えてみるか」


 食べる分とは別に。


 植える分を少し残す。


 種を取り出していく。


 ノアがそれを見る。


「乾かす」


「種を?」


「ああ」


「必要?」


「腐る」


「なるほど」


 そこは知ってるんだな。


 取り分けた種を、空いた皿の上へ置く。


 手をかざす。


 森で。


 湿った地面を乾かした時と同じ。


 強くやる必要はない。


 湿気を少し抜くように。


 無属性の魔力を薄く流す。


 じわり。


 少しずつ。


 種の表面から水気を抜いていく。


「……このくらいか」


 やりすぎても分からない。


 少し乾かすだけで止めた。


 ノアも何も言わない。


 それでいい。


 成功したかどうかなんて。


 植えてみないと分からない。


⸻


 椅子を片づける前に。


 種を持って庭の端へ向かう。


「どこでもいい?」


「邪魔にならないところでいいんじゃないか」


 アクセルが言う。


「じゃあ、端の方にするか」


 細かく考えるほどでもない。


 庭の一角。


 しゃがむ。


 土を少し掘る。


 種を入れる。


 土を戻す。


「……こんなもん?」


 家庭菜園なんてやったことはない。


 植えれば増える。


 今分かっているのは、それくらいだ。


 足元へ。


 白い身体が寄ってきた。


「ここちゃん」


 きゅる。


 さっき掘った土へ鼻を寄せる。


 くん。


「食うなよ。まだ何もないからな」


 きゅる。


 物置の方から。


 キュ。


 見ると。


 むぎが古い木桶から顔を出していた。


「これ、そのうち増えるらしいぞ」


 植えたところを見る。


「食えるやつな」


 ここちゃんがもう一度土を嗅ぐ。


 物置の木桶から。


 キュ。


「今は土しかないけど」


 アクセルが植えた場所を見る。


「すぐか?」


「さあな」


 そこまでは知らない。


「気長に待つしかないだろ」


「ああ」


 土の上には。


 何もない。


 さっきまでとほとんど変わらない庭。


 でも。


 昨日家具が入って。


 今日。


 そこへまた一つ。


 植えたものが増えた。


「……まあ、気長に待つか」


 ここちゃんが足元で鼻を動かす。


 物置の方から。


 キュ。


 朝の風が庭を抜けた。

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