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朝と、焼きたてと、植えたもの


朝。


がさ、がさ。


目を開ける。


視界の端。


ここちゃんが布団を掘っている。


前足で、必死に。


「……何してる」


きゅる。


やめない。


元気だな。



体を起こす。


部屋はまだ静かだ。


外はもう明るい。


扉を開ける。


朝の空気が入る。


少し冷たい。


庭に出る。


草が朝露で濡れている。


アクセルが立っている。


腕を組んで、庭を見ている。


「起きたか」


「起きた」


視線はそのまま。


「朝は違うな」


「何が」


「広い」


……まあ、分かる。



後ろで足音。


ノアだ。


静かに庭へ出る。


一周する。


しゃがむ。


土に触れる。


しばらくして顔を上げる。


「問題ない」


「何の確認だ」


「土質」


「庭だぞ」


「だからだ」



腹が鳴る。


「パンでも買いにいくか」


レインが言う。


アクセルがうなずく。


「ああ」


ノアが言う。


「今日は作らないのか」


「たまにはいいだろ」



朝の空気。


人の声。


店の準備の音。


焼きたての匂いが流れてくる。


パン屋だ。


扉を開ける。


「いらっしゃいませ――あ!」


顔が上がる。


パン屋の娘。


「白兎の庭だ!」



ここちゃんが腕の中で耳を動かす。


きゅる。


「うさぎさん!」


身を乗り出す。


「元気!?」


「元気だ」


「触っていい!?」


「優しくな」


ここちゃんを少し下げる。


娘がそっと撫でる。


ここちゃんが目を細める。


きゅる。


「かわいい……」


……完全に溶けてる。



娘が手をぱん、と叩く。


「今日は何にします?」


レインは棚を見る。


丸いパン。


細長いパン。


少し甘い匂い。


「おすすめは?」


娘がすぐにひとつ持ち上げる。


「これ!」


焼きたての丸パン。


まだ温かい。


「あと、これ」


もうひとつ差し出す。


少し甘い香りがする。


レインがそれを見る。


「これは?」


娘がにやっと笑う。


「おまけ!」


「いや、払うぞ」


「いいの! うさぎさん見せてもらったし!」



娘が手際よく紙袋に入れる。


まだ少し温かい。


アクセルがパンを取る。


そのままかじる。


「……柔らかい」


娘が胸を張る。


「焼きたてだから!」


「食える」


ノアが静かに一口かじる。


「甘い」


娘が指を立てる。


「蜂蜜ちょっと入れてるの!」



娘が身を乗り出す。


「また買いに来てね!」


「来る」


アクセルが即答する。


お前が言うな。



外に出る。


袋から温かい匂いがする。


ここちゃんが袋に顔を近づける。


きゅる。


「まだだ」


むぎが胸ポケットから顔を出す。


キュ。


「お前もまだだ」



少し先。


露店。


小さな赤い実が並んでいる。


ここちゃんが身を乗り出す。


きゅる。


むぎもキュ、と鳴く。


「……気になるらしいな」


レインがひとつ手に取る。


「これ、クサイチゴか?」


店主が顔を上げる。


「ん? キムベリーのことか?」


「キムベリー?」


「中央じゃそう呼ぶ。甘いぞ。食べてみろ」


レインがかじる。


少しだけ目を細める。


「……いいな」


「だろ」


ここちゃんに小さくちぎる。


もしゃもしゃ。


むぎにもほんの少し。


キュ。


「……もうちょい買うか」


「食えるならな」


アクセルが言う。


袋に多めに入れてもらう。



拠点へ戻る。


庭に出る。


椅子に座る。


なんとなく、同じ並びになる。


俺とアクセルが並んで座る。


その向かいにノア。


パンを割る。


湯気が少し立つ。


甘い匂い。


キムベリーを皿に出す。


ここちゃんがすぐ寄ってくる。


きゅる。


むぎがキュ、と鳴く。



レインが実をひとつ割る。


中に、小さな粒が詰まっている。


「……種か?」


指でつまむ。


小さい。


ほとんど見えない。


アクセルが言う。


「食えるのか」


「まあな」


パンをかじりながら、もう一度見る。


「これ、植えたら増えるか?」


ノアが少しだけ間を置く。


「増える」


レインは少し笑う。


「じゃあやるか」



実を分ける。


食べる分と、残す分。


残した方を布に置く。


ノアが並べる。


間隔を空ける。


「乾かす」


「必要か」


「腐る」


レインが手をかざす。


「……俺がやる」


空気がわずかに揺れる。


水分だけが引く。


実の艶が消える。


ノアがひとつつまむ。


指で軽く潰す。


「問題ない」



乾いた実を軽く潰す。


粒がばらける。


レインがしゃがむ。


土を少し掘る。


落とす。


土をかける。


それだけ。



「こんなんでいいのか」


アクセルが言う。


「たぶんな」


ノアは何も言わない。


ただ、土を一度だけ見る。



風が抜ける。


草が揺れる。


ここちゃんが近づく。


きゅる。


むぎが胸ポケットで鳴く。


キュ。


レインは手を払う。


指に土が残る。


少し湿っている。


さっき埋めたばかりだ。



「……ここちゃん」


呼ぶ。


ここちゃんが顔を上げる。


きゅる。


「これ、そのうち増えるらしいぞ」


土を軽く叩く。


「食えるやつな」


ここちゃんが一歩近づく。


土の上をくん、と嗅ぐ。


むぎも身を乗り出す。


キュ。



アクセルが言う。


「すぐか?」


「さあな」


レインは肩をすくめる。


「気長に待つしかないだろ」


ノアが言う。


「問題ない」



レインはもう一度だけ土を見る。


何も出ていない。


ただの地面だ。


昨日と同じ。


でも。


拠点の庭だ。


ここちゃんたちが走る場所だ。


「……まあ」


小さく息を吐く。


「ここにあればいいか」



ここちゃんがその場に座る。


きゅる。


むぎがキュ、と鳴く。


庭の風が、少しだけ柔らかい。


白兎の庭に、ひとつ増えた。



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