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包丁と七輪


 午後。


 朝より少し高かった日も、ゆっくり傾き始めている。


 庭を見る。


キムベリーの種を埋めた場所。


 もちろん。


 見た目は何も変わっていない。


「……そりゃそうだよな」


 植えたばかりだ。


 近くでは、ここちゃんが草へ鼻を寄せている。


 きゅる。


 庭には朝飯で使った椅子が三脚。


 そのままだ。


「そういや、まだ片づけてなかったな」


 まあいい。


 どうせ後で使う。


 物置を覗く。


 古い木桶から。


 キュ。


 むぎが顔を出した。


「いたいた」


 拠点で暮らし始めて。


 寝台。


 食卓。


 台所。


 最低限は揃った。


 でも。


 実際に生活してみると、まだ足りないものが出てくる。


「細かいもの、まだ足りないな」


 アクセルがこちらを見る。


「買うのか」


「ああ。午後は買い物にするか」


 ノアも立ち上がる。


「そう」


「じゃあ行くぞ」


 庭のここちゃんを呼ぶ。


「ここちゃん」


 耳が動いた。


 草の上からこっちへ来る。


 足元まで来たところで抱き上げる。


 きゅる。


 次は物置。


「むぎも行くぞ」


 木桶へ手を入れる。


 むぎが手へ乗る。


 キュ。


 そのまま胸元へ。


 これでいい。


 三人と二匹で庭の門を出た。


⸻


 街へ出て。


 まずは細かな生活用品をいくつか買う。


 必要なものだけ。


 増やし始めるときりがない。


 買った小物は、その都度。


 腰の魔法袋へ入れるように見せて、収納へ送った。


 これなら手も塞がらない。


 何軒か回ったところで。


 思い出す。


「包丁」


「何?」


 ノアが見る。


「拠点で料理するなら、ちゃんとしたの一本欲しいなと思って」


 王都で深鍋とフライパンは買った。


 でも。


 拠点で料理するなら、ちゃんとした包丁も欲しい。


「鍛冶屋寄るか」


 昨日の引っ越しを思い出す。


 棚を運んでくれた男。


 鍛冶屋だと教えられた。


 ちょうどいい。


⸻


 鍛冶屋へ入る。


 中から鉄の匂いと熱気が流れてくる。


 奥にいた男が俺たちを見る。


「昨日の」


「昨日はありがとうございました」


「ああ」


 短い返事。


 俺は店内を見る。


「今日は包丁が欲しくて」


 アクセルがこっちを見る。


「武器か」


「違う」


「刃物だ」


「包丁だよ」


「……武器だな」


「違うって」


《装備判定:可能》

《攻撃力上昇:微増》


(お前まで乗るな)


 棚に並んだ包丁を見る。


 いくつか手に取る。


 重さ。


 握った感じ。


 少し違う。


 詳しいことは分からない。


 俺は鍛冶屋でも刃物の専門家でもない。


 でも。


 毎日料理で使うなら、手に馴染む方がいい。


「これは?」


 鍛冶屋の男が一本見る。


「悪くない」


「じゃあ、持ってみます」


 握る。


 さっきより少ししっくりくる。


「……これ、いいな」


 重すぎない。


 握った時も変に力が入らない。


「これにします」


「ああ」


 支払いを済ませる。


 包丁を受け取って。


 腰の魔法袋へ入れるように見せ、そのまま収納へ送った。


 アクセルが見ている。


「武器をしまった」


「包丁だ」


「武器にもなる」


「料理に使うの」


 たぶん。


 こいつは最後まで言う。


⸻


 次は食器。


 拠点で使う皿。


 小皿。


 コップ。


 必要なものを揃える。


 形を見て。


 使いやすそうなものを選ぶ。


 それだけ。


「これでいいな」


「ああ」


 アクセルも特に異論はない。


 ノアも見て。


「いい」


 買った食器もまとめて収納へ。


 これで。


 料理を作るだけじゃなく。


 盛って食べるところまで、ちゃんと拠点の物で済ませられる。


 少しずつ。


 家の中身が増えていく。


⸻


 店内をもう少し見る。


 その時。


「……ん?」


 棚の下。


 白くて四角いものが目に入った。


 見覚えのある形。


 近づく。


 上を見る。


 中を見る。


「……七輪か」


 店の人が首を傾げる。


「炭焼台です」


「炭焼台」


 この世界ではそう呼ぶらしい。


 でも。


 俺にはどう見ても。


「七輪だな……」


「炭焼台です」


「はい」


 そこは譲らないらしい。


 横には網。


 それから、下に敷く石も置いてある。


「これ、一緒に使うんですか?」


「ああ」


「なるほど」


 炭焼台。


 網。


 下敷き石。


 肉。


 頭の中で繋がった。


「……欲しい」


 アクセルが炭焼台を見る。


「買うのか」


「買う」


 即答した。


 炭火で焼いた肉。


 それだけで買う理由として十分だ。


 店の人が炭焼台を見る。


「屋台用だぞ?」


「分かってます」


 家の中で使うつもりはない。


 庭がある。


 そこで使えばいい。


 ただ。


 地面へそのまま置くのは。


 庭を歩くここちゃんを見ると、ちょっと嫌だ。


「これを載せられる台ってあります?」


「台?」


「庭で使いたいんです。地面より少し高い方がいいかなって」


 店の人が少し考えて。


 別の場所から木製の台を見せてくれた。


 簡素なもの。


 机みたいな形だが、大きくはない。


 木の脚を組んで使うらしい。


 外せば運びやすそうだ。


「これなら載る?」


「ああ」


 大きさを見る。


 十分。


「じゃあ、これも」


 これなら。


 地面。


 その上に木製の組立式台。


 下敷き石。


 炭焼台。


 網。


 という形にできる。


「よし」


 炭焼台と網。


 下敷き石。


 組立式の木製台。


 まとめて買う。


 ここからが問題だ。


 さっきまでの皿や包丁とは違う。


 普通に嵩張る。


 でも。


 今さら持って歩くのも面倒だ。


 腰の魔法袋へ手を添える。


 いつも通り。


 袋へ入れるように見せながら。


 炭焼台を収納へ送る。


 続いて下敷き石。


 網。


 組立式の台も。


「……それも入るの?」


 ノアが言った。


 一瞬。


 こっちを見る。


「入る」


「そう」


 それだけ。


 追及はない。


 でも。


 ほんの少しだけ。


 腰の魔法袋へ視線が残った。


(……まあ、でかいよな)


 俺もそう思う。


 何も言わないけど。


⸻


 帰り道。


 今度は炭を売っている店へ寄る。


「炭を一箱分ください」


「あいよ」


 出てきたのは。


 炭の入った木箱。


「箱ごと?」


「ああ」


「じゃあ、それで」


 炭だけじゃなく。


 箱も使えそうだ。


 捨てる必要もない。


 木箱ごと。


 腰の魔法袋へ入れるように見せて収納へ送る。


 今度はノアも何も言わなかった。


 さっきので。


 そういう袋だと思ったのか。


 それとも。


 何か引っかかったままなのか。


 分からない。


 聞かれてないなら。


 今はそれでいい。


「帰るか」


「ああ」


「そう」


 買い物は終了。


 拠点へ戻る。


⸻


 庭の門を開ける。


 中へ入って。


 門を閉じる。


「着いたぞ」


 ここちゃんを腕から下ろす。


 きゅる。


 すぐ庭へ。


 草の匂いを嗅ぎながら歩き始める。


 次。


 胸元からむぎを手へ移す。


「お前も戻る?」


 キュ。


 安全なところへ下ろすと。


 むぎはそのまま物置の方へ走っていった。


「やっぱそこか」


 キュ。


 古い木桶の方へ消えていく。


 俺たちは買ってきたものを出していく。


 皿。


 小皿。


 コップ。


 包丁。


 それから。


 炭焼台。


 網。


 下敷き石。


 組立式の木製台。


 最後に。


 炭の入った木箱。


「……増えたな」


「多い」


 ノアが言う。


「生活始めると、こうなるんだな」


 昨日まで。


 家具が入っただけで充分だと思ってた。


 全然だった。


⸻


「せっかくだし、使うか」


 炭焼台を見る。


 アクセルも見る。


「肉か」


「分かるの早いな」


「ああ」


 そうなるよな。


 庭には。


 朝から出したままの椅子が三脚ある。


 ちょうどいい。


 まず。


 ここちゃんが歩いている場所から離れたところを選ぶ。


 物置とも距離を取る。


 そこで組立式の木製台を組む。


 脚を組んで。


 立たせる。


「こんな感じか」


 ぐらつかないのを確認する。


 その上へ。


 下敷き石。


 さらに炭焼台。


 網は最後。


 炭の木箱を近くへ持ってくる。


 必要な分だけ炭を出す。


 木箱は熱源から離して置く。


「よし」


 形になった。


 地面へ直置きするより高い。


 これなら。


 庭を歩くここちゃんからも、少し距離を取れる。


 ここちゃんを見る。


 少し離れた草のところで鼻を動かしている。


 きゅる。


「そっちは来るなよ」


 耳だけ動いた。


 むぎは物置。


 古い木桶の辺り。


 火を使う間は。


 そのくらい離れていてくれた方がいい。


⸻


 炭を入れる。


「ノア、火いける?」


「ああ」


 ノアが炭へ手を向ける。


 小さな炎が生まれる。


 戦っている時に見たものとは。


 比べるまでもないほど小さい。


 炎が炭へ移る。


「便利だな」


「これくらいなら」


 少し待つ。


 炭に火が回っていく。


 その間に。


 買ったばかりの包丁を出す。


「こっちも使うか」


 肉を置く。


 包丁を握る。


 切る。


「お」


 変に力を入れなくても使いやすい。


 手にも馴染む。


「いいな、これ」


 それだけで十分だ。


 高かった理由を細かく説明できるわけじゃない。


 でも。


 料理で毎日使うなら。


 使いやすい方がいい。


 肉を切り分ける。


 炭が焼けてきた。


 網を載せる。


「よし」


 肉を置く。


 じゅっ。


 音がした。


「……おお」


 脂が落ちる。


 炭火の匂い。


 肉の焼ける匂いが庭へ広がる。


 アクセルが近くの椅子へ座る。


 ノアも座る。


 俺も残った一脚へ。


 朝から庭に出ていた三脚。


 そのまま使える。


 ここちゃんが少し離れた場所で鼻を動かした。


 きゅる。


「匂いはするよな」


 でも。


 近くには来させない。


 火は火だ。


 物置の方から。


 キュ。


 むぎの声もする。


「お前はもっと遠いな」


 それでいい。


⸻


 肉を返す。


 また音が鳴る。


 焼けたものから新しい皿へ取る。


「食うか」


「ああ」


 アクセルがすぐ取る。


 一口。


 噛む。


 少しだけ間があった。


「……これだ」


「だろ?」


 なんか分かる。


 火で焼くのとも違う。


 炭火の匂いが肉についている。


 俺も一口。


「うん。買って正解だったな」


 ノアも食べる。


「香りが違う」


「炭火だからかな」


「いい」


 短い。


 でも。


 気に入ったらしい。


 アクセルはもう次を食べている。


「お前、早いな」


「うまい」


「そうですか」


 また肉を網へ置く。


 じゅっ。


 庭に音と匂いが広がった。


⸻


 食べ終わる頃には。


 空も少しずつ夕方へ近づいていた。


 炭の火が完全に消えたのを確認する。


 炭焼台も十分に冷めるまで待つ。


 ここちゃんは変わらず庭。


 火から離れた草のところを歩いている。


 むぎは物置の古い木桶。


 いつもの場所だ。


「……これで料理の幅も増えたな」


 包丁。


 食器。


 炭焼台。


 昨日までなくても暮らせたものばかり。


 でも。


 あると。


 できることが増える。


 片づけに入る前に。


 物置へ行く。


「むぎ、ちょっとだけな」


 木桶へ手を入れる。


 むぎが手へ乗った。


 キュ。


 重いものを運び込む間だけ。


 そのまま胸元へ。


 十分に冷めた炭焼台を持つ。


 網と下敷き石もまとめる。


 組立式の木製台は脚を外す。


 炭の残った木箱も、そのまま残す。


「箱も使えるしな」


 捨てずに取っておく。


 炭焼台。


 網。


 下敷き石。


 外した組立式の台。


 炭の木箱。


 順番に物置へ収めていく。


 全部収めてから。


 胸元のむぎを手へ移す。


「終わったぞ」


 物置の前で下ろす。


 キュ。


 むぎはそのまま物置へ入って。


 古い木桶へ戻っていった。


「お前の場所もちゃんと残してるよ」


 使った食器を片づける。


 包丁も台所へ戻す。


 最後に。


 朝から庭に出ていた椅子三脚を母屋へ戻す。


 これで。


 椅子はまた四脚とも室内。


 庭を見る。


 ここちゃんが草の上に座っている。


 物置から。


 キュ。


「……少しずつだな」


 一日で全部揃える必要はない。


 足りないものが出たら。


 その時に増やせばいい。


 今日は。


 切るもの。


 食べるもの。


 炭火で焼くもの。


 拠点でできることが、また少し増えた。

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