包丁と七輪
午後。
日が少し傾いている。
庭の土はまだ湿っている。
ここちゃんが種を埋めた場所の上で、少しだけ止まる。
きゅる。
「まだだ」
軽く撫でる。
むぎが胸ポケットの中でキュ、と鳴く。
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立ち上がる。
「さて細々したもの買いに行くか」
アクセルがうなずく。
「ああ」
ノアも続く。
「必要なものは多い」
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通りに出る。
昼の空気。
朝より人が多い。
荷車の音。
呼び込みの声。
店が並ぶ。
いくつか回る。
細かなものを一通り揃える。
袋が増える。
「……増えたな」
少し持ち直す。
邪魔だ。
ノアもいるし無限収納は使えない。
「アクセル、魔法袋に入れてくれ」
「ああ」
袋を渡す。
アクセルが魔法袋へ入れる。
身軽になった。
⸻
通りを歩く。
店が並ぶ。
ふと、棚に並んだ包丁が目に入る。
少し足を止める。
今使っている包丁は、サイファに来たばかりの頃にそこらの商店で買った安物の包丁だ。
やはり、ちゃんとした包丁がほしい。
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鍛冶屋の前で足を止める。
炉の熱。
鉄の匂い。
「寄るぞ」
アクセルが言う。
「武器か」
「違う」
少し間。
「包丁だ」
アクセルがわずかに眉を寄せる。
「……武器だな」
「違う」
《装備判定:可能》
《攻撃力上昇:微増》
(やめろ)
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中に入る。
親父が顔を上げる。
「おう、来たか」
棚を見る。
包丁が並んでいる。
一本取る。
違う。
もう一本。
「……これより上あるか」
親父が目を細める。
「あるが、高いぞ」
「構わない」
奥から一本出てくる。
重さが違う。
刃が静かだ。
手に取る。
軽く振る。
「……いいな」
ノアが言う。
「精度が高い」
アクセルが言う。
「武器だな」
「違う」
少しだけ間。
「料理だ」
親父が鼻を鳴らす。
「それなら問題ねぇ」
値段を聞く。
少し高い。
だが。
迷わず置く。
「これにする」
⸻
少し歩く。
静かな店。
棚に皿が並んでいる。
中に入る。
音が少ない。
奥に店主。
「皿、欲しいんだが」
棚を指す。
同じ形。
揃っている。
一枚取る。
「これでいい」
アクセルが言う。
「食えるなら何でもいい」
「お前が食うんだ」
ノアが言う。
「安定している」
「それ大事か」
「大事だ」
⸻
小皿。
コップ。
細かなものを一通り揃える。
棚の下。四角く白いもの。
なんだか見覚えのある形。
手に取る。
「……七輪か」
店主が言う。
「炭焼台です」
「いや、七輪だな」
横に、網と石。
下に敷く薄い石だ。
なるほどこれで一式だ。
肉といえば炭火だよな。
アクセルが覗き込む。
「炭焼台か」
ノアが言う。
「熱が逃げにくい」
俺は即決する。
「よし、買おう」
店主が言う。
「屋台用だぞ?」
「分かってる」
持ち上げる。
なかなかずしりと来る。
「……結構重いな」
アクセルに渡す。
「ああ」
片手で持つ。
「軽いな」
「嘘つけ」
帰り道、炭も買う。
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拠点へ戻る。
庭に出る。
荷を下ろす。
皿を並べる。
コップを置く。
刃物を揃える。
「……かなり充実してきたな」
⸻
早速七輪で肉を焼く。
食卓に石を置く。
その上に七輪。
網を乗せる。
炭を入れる。
「ノア、炭に火付けられるか?」
ノアが手をかざす。
小さく火が灯る。
じわ、と赤くなる。
煙。
匂い。
窓は開けたまま。
風が抜ける。
炭の匂いに、スパイスの香りが混ざる。
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焼き上がる。
新しい皿に取る。
一口。
噛む。
少しだけ間。
アクセルが言う。
「……これだ」
レインが少しだけ笑う。
「な、いいだろ?」
ノアが言う。
「焚き火は揺らぐ」
「炭は安定している」
少しの間。
「煙の匂いが付く」
「良い」
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風が抜ける。
煙と香りが、外へ流れていく。
庭の草が揺れる。
ここちゃんが、きゅる、と鳴く。
むぎがキュ、と応える。
俺は火を見る。
「……悪くない」
小さく言う。
ここがある。
帰る場所だ。
それで十分だ。
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