拠点、騒がしく完成
翌朝。
目を覚ます。
見慣れた宿の部屋。
でも。
ここで朝を迎えるのも、今日で最後だ。
寝台の上では、ここちゃんが鼻を動かしている。
むぎはいつも通り胸元。
「よし。行くか」
荷物をまとめる。
昨日買った二匹の物も忘れない。
ここちゃんの白い丸クッション。
薄い敷物。
むぎの小さい敷物。
柔らかい布。
「ここちゃん」
寝台から抱き上げる。
きゅる。
むぎは胸元のまま。
部屋を出る前に。
一度だけ振り返った。
「世話になったな」
それだけ言って。
宿を出た。
⸻
冒険者ギルドの前へ着く。
「……多くない?」
まず出たのが、それだった。
荷車が二台。
その周りには、昨日想像していたよりずっと多くの人がいる。
冒険者。
それ以外の顔も混じっている。
受付から外へ出ていたミアが、俺たちに気づいた。
「おはようございます、レインさん」
「おはよう、ミア。これ全部?」
「手伝いたいという方が増えまして」
「増えるんだ……」
「神輿! 引っ越しだろ!」
「レインだ!」
聞き覚えのある声。
振り向く。
やっぱり、いつもの神輿冒険者だ。
「朝から元気だな」
「引っ越しだからな!」
「お前のじゃないけどな!」
悪びれもしない。
その横から。
「私も手伝う!」
明るい声が飛んできた。
見る。
若い娘が手を上げている。
「パン屋の娘まで来たのか」
神輿冒険者が言った。
「手伝っちゃ悪い?」
「いや、誰も言ってねえよ」
娘がこっちを見る。
そして。
すぐに俺の腕へ視線が移った。
「あ、ここちゃん!」
「知ってるの?」
「もちろん!」
きゅる。
「かわいい!」
「引っ越し手伝いに来たんだよな?」
「もちろん!」
一応、目的は覚えているらしい。
アクセルが荷車を見る。
「家具屋へ行くんだろ」
「ああ。まず積まないとな」
ノアも人の数を見る。
「多い」
「だよな」
ミアが少し笑う。
「では、私は戻りますね」
「ミアは来ないの?」
「受付がありますので」
「そりゃそうか」
「頑張ってください、レインさん」
「ありがとう」
ミアがギルドへ戻る。
俺は集まった人たちを見る。
「じゃあ……家具屋行くか」
「おう!」
返事だけは妙に揃った。
引っ越しって。
こんな大人数でやるものだったっけ。
⸻
家具屋へ着く。
店主が外へ出てきた。
「おはよう。準備できてるよ」
「おはようございます。今日はお願いします」
「ああ」
店の奥から。
昨日選んだ家具が運ばれてくる。
寝台が三つ。
食卓が一つ。
椅子が四脚。
棚が一つ。
本当に結構ある。
「そっちの寝台は二人で持った方がいいよ」
店主が穏やかに声をかける。
「角をぶつけないようにね」
「分かった」
冒険者たちが寝台を持つ。
アクセルも反対側へ回った。
「俺も持つ」
「一人で持つなよ」
「持たない」
「昨日は持つ気だっただろ」
「今日は人がいる」
「そこはちゃんと変わるんだな」
店主が笑った。
「棚はこっちか?」
太い声が飛ぶ。
見る。
がっしりした男が棚の横に立っていた。
「鍛冶屋まで来たのか」
神輿冒険者が言う。
「鍛冶屋?」
「ああ」
男が棚を見る。
「置くだけでいいのか?」
「今日はそれで」
「そうか」
短く答えて。
棚の方へ回る。
家具を順に二台の荷車へ載せていく。
食卓。
椅子。
棚。
最後に寝台。
「よし」
店主が積まれた家具を見る。
「これなら行けるね」
家具屋の人たちも一緒に来てくれるらしい。
昨日より。
さらに人数が増えた気がする。
「……騒がしくなりそうだな」
「ああ」
アクセルだけは平常運転だった。
⸻
拠点へ着く。
庭の門を開ける。
「おお」
「広いな」
「庭あるじゃん!」
後ろから声が上がる。
「だから庭付きにしろって言っただろ、神輿!」
「お前が決めたみたいに言うな!」
神輿冒険者が笑っている。
全員が敷地へ入ったところで、庭の門を閉める。
腕の中で。
ここちゃんが庭を見て耳を動かした。
「下りる?」
きゅる。
庭へ下ろす。
昨日と同じように。
少し草の匂いを嗅いで。
ぴょん。
「あ、ここちゃん!」
パン屋の娘が寄ろうとする。
その時。
「寝台通るぞー」
庭の門側から声が飛んだ。
「あ」
家具が入ってくる。
人も多い。
庭と玄関の間を何人も行き来する。
さすがに、この中をここちゃんに歩かせるのは危ない。
ノアがしゃがんだ。
「退避」
ここちゃんを抱き上げる。
「頼む」
「ああ」
俺は昨日買った薄い敷物を持って、搬入の通り道から外れた庭の端へ行く。
そこへ広げる。
その脇に。
白い丸クッションも置いた。
「昨日のやつ」
ノアがここちゃんを敷物の上へ下ろす。
ここちゃんが鼻を動かす。
敷物。
クッション。
順番に匂いを嗅いで。
前足をクッションへ乗せた。
そのまま。
ぴょん。
上へ乗る。
「使うんだ」
きゅる。
少し身体を回して。
伏せた。
ノアが見る。
「いい」
「昨日買った意味あったな」
「ああ」
ノアの返事が早い。
やっぱり一番喜んでるの、ノアじゃないか?
「ここちゃん!」
パン屋の娘が嬉しそうに見る。
「今は家具運んでるから、そっち行く時は気をつけてな」
「あ、そっか」
素直に止まった。
そのまま庭を見る。
「じゃあ、庭掃く?」
「あ、草は残して」
「残すの?」
「ここちゃん食うから」
娘がクッションの上のここちゃんを見る。
「あ、そっか!」
納得も早い。
「じゃあ家具運ぶ!」
「それで頼む」
元気に玄関の方へ走っていった。
「走るなよ!」
「はーい!」
返事だけが戻ってきた。
⸻
「むぎも移すか」
胸元を見る。
キュ。
人が何度も行き来している。
俺も家具を運ぶなら。
胸元に入れたまま動き回るより、今は別の場所にいた方がいい。
物置へ向かう。
ここなら家具の搬入動線から外れている。
中へ入って。
昨日買った小さい敷物を置く。
その横へ柔らかい布。
「今日はここで待っててくれ」
むぎを胸元から手へ移す。
敷物へ下ろす。
キュ。
すぐに布へ近づいた。
鼻を動かして。
もぞ。
「やっぱり潜るのか」
布の中へ入っていく。
少しすると。
顔だけ出た。
「終わったら桶のところ戻ろうな」
キュ。
物置の前には。
昨日見つけた古い木桶もそのままある。
むぎの位置を確認して。
俺も搬入へ戻った。
⸻
「神輿! そっち持て!」
「レインって呼べ!」
「レイン! そっち持て!」
「直すんだ」
結局手伝う。
食卓の端を持つ。
反対側は神輿冒険者。
「せーの」
「おう」
庭を通って。
母屋の玄関から中へ入れる。
「こっちでいいか?」
「ああ。その辺で」
細かい位置は後で決めればいい。
まずは中へ。
食卓が入る。
椅子も続く。
「四脚な!」
「分かってる!」
一脚。
二脚。
三脚。
四脚。
居間に揃った。
棚も運び込まれる。
鍛冶屋の男が棚を見て。
「ここでいいのか?」
「ああ。とりあえずそこに」
「分かった」
それ以上は何も言わず、手を離す。
家具屋の店主も様子を見ながら声をかける。
「そこ、少し傾けた方が通しやすいよ」
「こう?」
「そう。それなら大丈夫」
家具そのものを運ぶ時だけ。
店主の目が少し細かくなる。
急かすわけじゃない。
でも。
ぶつけそうになると、すぐ声が飛ぶ。
昨日言っていた。
家具は使ってみないと分からない。
たぶん。
作った後も、こうやってちゃんと見てるんだろうな。
⸻
次は寝台。
三つ。
「どこへ入れる?」
家具屋の人が聞く。
「一つは俺が使う部屋へ」
「ああ」
「一つはアクセル」
「こっちだ」
アクセルがすぐ案内する。
「もう一つは、ノアがいる間使う部屋で」
ノアが頷く。
「ああ」
三つの寝台を。
五つある個室のうち、三部屋へ一つずつ運ぶ。
残り二部屋は空いたまま。
今はそれでいい。
⸻
「ここ」
アクセルが言う。
「そこでいいの?」
「ああ」
寝台が置かれる。
家具屋の人たちが手を離す。
アクセルがすぐ寝台へ近づいた。
手で押す。
「……」
「どう?」
「いい」
もう一度押す。
「柔らかい」
「ほんと楽しみにしてたな」
「ああ」
否定しない。
「森は?」
「森は森だ」
「家は家?」
「ああ」
「はいはい」
そこだけは一切ぶれない。
⸻
家具を運ぶ。
人が行き来する。
声が飛ぶ。
「そっち通るぞ!」
「椅子置いた!」
「棚どこだー?」
「神輿、そこ邪魔!」
「手伝ってる本人に言うな!」
「それ、こっち?」
パン屋の娘まで普通に混ざっている。
「大丈夫?」
「これくらい平気!」
椅子を一脚持って歩いていく。
元気だな。
ここちゃんを見る。
庭の端。
薄い敷物のそばに置いた白い丸クッションの上で伏せている。
人が騒いでいても。
今のところ気にしていないらしい。
物置ものぞく。
むぎは。
柔らかい布から半分だけ顔を出していた。
「もうちょいな」
キュ。
よし。
二匹とも問題ない。
また家具へ戻る。
⸻
どれくらい動いたか。
「これで最後だよ」
家具屋の店主が言った。
最後の椅子が置かれる。
見回す。
寝台三つ。
食卓一つ。
椅子四脚。
棚一つ。
昨日まで何もなかった部屋に。
家具が入った。
「終わった……?」
「ああ」
アクセルが答える。
神輿冒険者が腕を上げた。
「終わったな、神輿!」
「最後までそれかよ」
「引っ越し祝いだ!」
「祝いなら名前で呼べ!」
笑われた。
家具屋の店主へ向く。
「助かりました」
「いやいや」
店主は穏やかに笑った。
「また何か必要になったらおいで」
「その時はお願いします」
「ああ」
これで。
家具屋とも終わり、という感じはしなかった。
たぶん。
何か必要になったら、またここに頼む。
鍛冶屋の男にも頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ああ」
短く返して。
他の手伝いと一緒に庭の門へ向かう。
「じゃあね、ここちゃん!」
パン屋の娘が庭の端へ手を振る。
きゅる。
「今度、店にも来てね!」
「俺たちに言ってる?」
「両方!」
「両方かよ」
「じゃあまた!」
娘も手を振って帰っていく。
神輿冒険者も庭の門へ向かう。
そして。
案の定、振り返った。
「またな、神輿!」
「レインだ!」
笑いながら去っていった。
最後まで変わらない。
⸻
昼を少し過ぎた頃。
ようやく。
人がいなくなった。
さっきまで声だらけだった庭が。
急に静かになる。
「……静かになったな」
「ああ」
アクセルが答える。
ノアも庭を見る。
「終わった」
「終わったな」
母屋へ入る。
居間には食卓。
椅子は四脚。
棚もある。
三つの部屋には寝台。
残り二つは、まだ空いている。
昨日まで。
ただ部屋があるだけだった家だ。
今は。
ちゃんと暮らせそうに見える。
庭へ戻る。
ここちゃんは。
薄い敷物のそばに置いた白い丸クッションの上。
身体を丸くしている。
きゅる。
「もう自分の場所みたいだな」
そう言ってから。
物置へ行く。
「むぎ、終わったぞ」
布から顔が出る。
キュ。
手を差し出すと。
むぎが乗った。
物置の前へ下ろす。
すぐ。
ころ。
古い木桶へ向かう。
「やっぱりそっちか」
キュ。
桶へ入る。
落ち着いたらしい。
ここちゃんは庭のクッション。
むぎは物置の古い木桶。
母屋には家具。
「……引っ越し、終わったな」
「ああ」
アクセルが短く返す。
ノアも母屋を見る。
「これで使える」
「そうだな」
昨日までは。
空の家だった。
今は。
寝台がある。
食卓がある。
二匹が過ごす場所もある。
今日から。
ここで暮らす。




