拠点には布団がいる
白兎の庭の拠点が決まった。
庭がある。
物置もある。
台所も、水場も、部屋もある。
かなりいい。
そう思いながら母屋を見ていると。
アクセルが言った。
「寝台がない」
「……あ」
完全に忘れてた。
部屋は五つある。
でも。
その部屋で寝るための物がない。
「床は硬い」
「お前、森で普通に寝てただろ」
「森は森だ」
「またそれかよ」
そういえば。
前のアクセルの家にも、寝床と武器立てくらいしかなかった。
こいつに言われるまで気づかなかったのが、少し悔しい。
「寝台だけじゃないな」
母屋を見る。
「飯食うなら食卓もいるし、椅子もいる。物を置く棚も欲しい」
「ああ」
拠点は決まった。
でも。
暮らせる状態になるまでは、もう少しかかりそうだ。
ミアが小さく笑った。
「では、私はギルドへ戻りますね」
「あ、ありがとう、ミア」
「いえ。家具も見てきた方がよさそうですね、レインさん」
「そうする」
「では、またギルドで」
ミアが庭の門へ向かう。
俺たちも家具を見に行くことにした。
「ここちゃん、行くぞ」
庭で草を食べていたここちゃんを抱き上げる。
きゅる。
「むぎも」
物置の前を見る。
古い木桶のそばにいたむぎを手へ乗せる。
キュ。
「桶は置いとけ」
キュ。
何となく名残惜しそうに木桶を見ている。
「なくならないよ」
胸元へ戻す。
庭の門から外へ出る。
振り返ると。
借りることになったばかりの拠点が見えた。
まずは。
寝る場所からだな。
⸻
家具屋へ入る。
木の匂い。
布の匂い。
大小いろいろな家具が並んでいる。
店の奥にいた男が顔を上げた。
「いらっしゃい」
俺たちを見る。
それから、腕の中のここちゃんへ目をやった。
「おや。新しい拠点用かい?」
「もう知ってるんですか」
店主が穏やかに笑う。
「さっきから、その話ばかりだよ」
「早すぎるだろ……」
ミアだけじゃない。
この街そのものが早い。
「何を探してる?」
「とりあえず、寝台です」
「何台いる?」
アクセルとノアを見る。
今使う分なら。
「三つで」
「分かった。こっちだよ」
店主が寝台の並ぶ方へ歩いていく。
⸻
「毎日使う物だからね。実際に触って選んだ方がいい」
「正直、俺にはどれも同じに見えます」
「使ってみれば違うよ」
店主は急かす様子もなく答えた。
その横で。
アクセルが一つ目の寝台を押す。
「硬い」
「もう始めてるし」
俺も手で押してみる。
「普通じゃない?」
「硬い」
「お前の基準が分からん」
アクセルは次の寝台へ移った。
今度も手で押す。
「……」
もう一度押す。
「こっちはいい」
「そんな違う?」
「寝てみればいいよ」
店主が言う。
「その体格なら、こっちの方が使いやすそうだ」
アクセルが寝台へ横になる。
「本当に寝るんだ」
数秒。
目まで閉じた。
「アクセル?」
返事がない。
「おい」
目が開く。
「これだ」
「決断早いな」
起き上がる。
「柔らかい」
「森の方が落ち着くんじゃなかったの?」
「森は森だ」
「家は家だ」
即答。
「そこは一貫してるんだな」
店主が少し笑っている。
結局。
アクセルが気に入ったものも含めて、寝台を三つ選んだ。
⸻
「ノアは?」
振り返る。
いない。
「……あれ?」
少し離れたところにいた。
布やクッションが置かれた場所。
真剣な顔で何かを見ている。
「何見てるの?」
「これ」
ノアが手にしたのは。
白くて丸い、小さなクッションだった。
「クッション?」
「ああ」
ノアが俺の腕を見る。
「ここちゃんに」
「ここちゃん用?」
腕の中を見る。
ここちゃんは鼻を動かしている。
別に欲しそうには見えない。
「必要?」
ノアが少し考える。
「なくても困らない」
「だよな」
一拍。
「あった方がいい」
「結局いるんじゃないか」
「ああ」
短い。
でも。
手放す気はなさそうだった。
店主が近づいてくる。
「その子が使うのかい?」
「たぶん」
俺が答える。
「床で休むことも多いんですけど」
「それなら」
店主が別の場所から、薄い敷物を一枚出した。
「こういうのも使いやすいよ」
厚いものじゃない。
薄い座布団みたいな敷物だ。
ここちゃん一匹なら十分乗れそうな大きさ。
「これなら持って歩けそうだな」
「床へさっと敷くなら、このくらいの方が扱いやすい」
「なるほど」
クッションとは別に。
こっちも使えそうだ。
「じゃあ、これも」
ノアが頷く。
「ああ」
「お前が買うみたいになってない?」
「必要だから」
「まあいいけど」
白い丸いクッション。
薄い敷物。
ここちゃん用品が二つ増えた。
本人は。
きゅる。
特に気にしていない。
⸻
「むぎの分もいるかな」
胸元を見る。
キュ。
顔が出てきた。
「お前も敷く?」
店主がさっきの敷物を見る。
「同じような物で、もっと小さいのもあるよ」
出してくれたのは。
むぎ一匹なら十分な、小さな薄い敷物だった。
「ちょうどいいな」
これも持って歩けそうだ。
「じゃあ、むぎはこれで」
キュ。
「返事だけはいいな」
小さい敷物も追加。
これで二匹とも、床で休む時に使える。
そう思ったところで。
胸元がもぞもぞ動いた。
「ん?」
むぎが。
敷物じゃなく。
その隣に積まれた布を見ている。
「そっち?」
キュ。
手を差し出す。
むぎが胸元から乗り移る。
布の近くへ手を寄せると。
すぐに一枚の柔らかい布へ移った。
その上を少し歩く。
端へ行く。
戻る。
「何してんの?」
キュ。
今度は布の端へ頭を突っ込んだ。
「おい」
そのまま。
もぞ。
潜った。
「……」
布が小さく動く。
しばらくして。
中から顔だけ出た。
キュ。
店主が笑う。
「おやおや。布が好きなのかい?」
「みたいです」
また顔が引っ込む。
布の中で丸くなったらしい。
「お前、それもいる?」
キュ。
「聞くまでもなかったな」
店主が布を手に取る。
「潜るなら、こういう柔らかい布の方がいいだろうね」
「じゃあ、これもお願いします」
「はいよ」
敷物とは別。
むぎが上に乗るための小さい敷物。
潜ったり丸くなったりするための柔らかい布。
これでいい。
「むぎ、戻るぞ」
布から顔を出したところで手を差し出す。
むぎが乗る。
そのまま胸元へ戻した。
キュ。
「布はあとでな」
⸻
その後。
食卓を一つ。
椅子を四脚。
棚を一つ。
必要な物だけ選んだ。
並べて考える。
寝台三つ。
食卓。
椅子四脚。
棚。
ここちゃんの白い丸クッション。
ここちゃんの薄い敷物。
むぎの小さい敷物。
むぎの柔らかい布。
「……結構あるな」
「ああ」
アクセルが答える。
支払いを済ませる。
そこで。
大きな家具をもう一度見る。
「……これ、どう運ぶ?」
「運べる」
アクセルが言った。
「全部?」
「ああ」
「寝台三つあるけど」
「運べる」
「一人でやろうとするなよ」
店主が苦笑する。
「明日なら、うちの者も搬入を手伝えるよ」
「本当ですか?」
「ああ。ただ、この量だからね。人手はもう少しあった方が楽だろう」
「ですよね」
寝台だけじゃない。
食卓も棚もある。
ここは素直に人を頼ろう。
「じゃあ、明日お願いします」
「分かった。準備しておくよ」
大きな家具は明日。
持って帰れる二匹の物だけ受け取る。
ノアは。
当然のように白い丸クッションを持っていた。
「それ持つんだ」
「ああ」
やっぱり気に入ってるの、ノアじゃないか?
⸻
家具屋を出て。
そのまま冒険者ギルドへ向かった。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元。
中へ入ると。
ドランがこちらを見る。
「何だ」
「引っ越しの手伝いを頼みたい」
「自分でやれ」
「寝台三つある」
ドランが止まった。
「……三つ?」
「食卓と椅子四脚と棚も」
一拍。
「……出せ」
「最初からそう言ってくださいよ」
「自分で運べる量なら自分でやれ」
「運べないから来たんです」
ドランが鼻を鳴らす。
「明日か」
「家具屋も明日なら運べるって」
「分かった」
話は早かった。
翌日の家具搬入を手伝ってもらうことになった。
詳しい話をしている間にも。
近くにいた冒険者が、ちらちらこっちを見ている。
「何?」
「いや」
「明日だろ?」
「まだ何も言ってないけど」
「手伝いだろ?」
やっぱり早い。
サイファに戻ってから。
何をしてもすぐ知られる。
もう諦めた方がいいのかもしれない。
⸻
その日は。
いつもの宿へ戻った。
扉を開ける。
何日も使った部屋。
王都へ行く前も。
帰ってきてからも。
ここへ戻ってきた。
ここちゃんを腕から寝台の上へ下ろす。
きゅる。
むぎは胸元から顔を出した。
キュ。
「……最後の宿か」
口にすると。
少しだけ変な感じがした。
別に。
この宿が嫌だったわけじゃない。
むしろ、ずっと世話になった。
でも。
明日からは。
帰る場所が変わる。
「レイン」
「ん?」
ノアを見る。
まだ白い丸クッションを持っている。
「ほんとに買ったんだな」
「ああ」
「なくても困らないんじゃなかった?」
一拍。
「あった方がいい」
「そこは変わらないのな」
ノアはクッションを見る。
満足そうというほど顔には出ていない。
でも。
たぶん気に入っている。
アクセルは椅子へ腰を下ろした。
「明日は柔らかい」
「寝台の話?」
「ああ」
「楽しみにしてるじゃん」
「悪いか」
「いや。いいけど」
森は森。
家は家。
らしい。
俺は部屋を見回す。
今日まで。
ここが、サイファで帰ってくる場所だった。
明日は家具を運んで。
荷物を移して。
あの拠点で暮らし始める。
「明日は引っ越しだな」
「ああ」
ノアも短く答える。
「そう」
この宿へ戻るのも。
今日で最後。
明日からは。
あそこへ帰る。




