白兎の庭の拠点
「中も見てみますか?」
ミアが木の門へ手をかける。
「お願いします」
門が開いた。
俺たちは順番に敷地へ入る。
最後にミアが門を閉めた。
腕の中で、ここちゃんがさっきから落ち着かない。
耳が立っている。
鼻も忙しい。
「下りたい?」
きゅる。
「はいはい」
庭へ下ろす。
ここちゃんは少しだけその場で草の匂いを嗅いだ。
それから。
ぴょん。
少し先へ進む。
また鼻を動かして。
もしゃ。
「早いな」
もう食ってる。
アクセルが庭を見る。
「広いな」
「ああ」
家との間に、まとまった庭がある。
ここちゃんなら十分動けそうだ。
低めの塀で囲まれていて、草も生えている。
見たところ、日もちゃんと入っている。
ここちゃんはそんなことを気にしている様子もなく、次の草へ移った。
「気に入った、というより普通に飯だな」
きゅる。
「聞いてないか」
ノアが庭を見回す。
「広い方がいい」
「昨日も言ってたな」
「ああ」
庭の端には、母屋とは別に小さな物置もある。
俺がそちらを見ると。
胸元が動いた。
キュ。
「お前も気になる?」
むぎが胸元から身を乗り出している。
「見るか」
手を差し出す。
むぎが胸元から手の上へ移った。
⸻
物置の扉を開ける。
中は、荷物を置くには十分そうな広さがある。
手の上のむぎが、さらに前へ出ようとする。
「はいはい」
地面へ下ろす。
すぐに物置の中へ入っていった。
「迷いがないな」
アクセルが言う。
「気になるんだろ」
キュ。
奥から鳴き声。
がた。
「ん?」
ころころ。
小さなものが転がってくる。
古い木桶だった。
その後ろから、むぎが出てくる。
キュ!
「何見つけたんだよ」
木桶を前足で押す。
ころ。
また押す。
ころころ。
「それがいいの?」
キュ。
古いし、小さい。
俺にはただの桶に見える。
でも、むぎは気になるらしい。
木桶の周りをうろうろしている。
「まあ、そこにあるなら好きに見てていいか」
庭へ目を戻す。
ここちゃんはまだ草を食べていた。
むぎは物置の前で木桶を触っている。
門も閉まっている。
「じゃあ、家の中も見ようか」
「はい。こちらです」
ミアが母屋の玄関へ向かう。
⸻
玄関から中へ入る。
新しい家、という感じではない。
多少の古さはある。
でも、普通に使えそうだ。
「まずはこちらですね」
ミアに案内されて入ったのは、広めの部屋だった。
何人かで過ごしても窮屈にはならなそうだ。
食卓を置いても、まだ余裕はありそうに見える。
「ここで飯食えるな」
「ああ」
アクセルが頷く。
ノアも室内を見る。
「狭くはない」
「最初の候補とは違うな」
ここなら、みんなで飯を食って、そのままゆっくりすることもできそうだ。
宿の部屋とは、やっぱり違う。
「台所はこちらです」
その言葉に。
俺は少しだけ足が速くなった。
⸻
「おお……」
広い。
最初に出た感想がそれだった。
棚も多い。
流し台もある。
王都で買った深鍋やフライパンを置いても、まだ余裕がありそうだ。
「これはいいな」
「レインさん、そこからですか?」
「大事だよ」
毎日使うなら、かなり大事だ。
アクセルが棚を見る。
「鍋は置ける」
「お前もそこ見るの?」
「ああ」
妙なところで意見が合った。
その横。
台の一角に、見慣れないものがある。
「これ何?」
「魔石コンロです」
ミアが近づく。
「ここに火の魔石を入れて使います」
「魔石で火が出るのか」
「はい。ドワーフ大陸産ですよ」
「ドワーフ大陸の物が、ここまで来てるんだな」
「ええ」
そこで話を広げるでもなく、ミアは流し台へ移った。
「こちらも使えます」
蛇口をひねる。
水が流れた。
「おお」
思わず近づく。
「水、出るんだ」
「はい。この設備は水の魔石を使っています」
「便利だな……」
森で水を探していた頃を思うと、差がすごい。
蛇口をひねれば水が出る。
それだけで、かなりありがたい。
俺はもう一度台所を見る。
広い。
棚もある。
火も使える。
水も出る。
「……かなりいい」
アクセルが頷いた。
「飯は困らない」
「そこは俺が作る前提なんだな」
「ああ」
即答だった。
まあ。
たぶんそうなる。
⸻
台所を出て、廊下を進む。
「個室に使える部屋はこちらです」
一つ。
次。
また次。
確認していく。
「……五つ?」
「はい。五部屋あります」
「多いな」
俺とアクセルとノアで使っても。
それでも余る。
アクセルが短く言う。
「困らない」
ノアも頷く。
「多い」
「まあ、足りないよりはいいか」
誰がどこを使うかなんて、まだ考えなくていい。
今は部屋があると分かれば十分だ。
「もう一か所、見ておきますか?」
ミアが廊下の奥を示す。
「お願いします」
⸻
奥の小部屋へ入る。
床と壁は、他の部屋と少し違った。
水に濡れても使えそうな造りになっている。
足元には排水口。
「こちらは水場です」
ミアが一つの蛇口をひねる。
水が出る。
「こっちが水です」
続いて、隣の魔道具を動かす。
少しして。
湯が出た。
「こっちからは湯が出ます」
「湯まで?」
「はい」
近くには桶もある。
俺は水と湯を見る。
「混ぜて使うのか」
「はい。桶に入れて、ちょうどいい温度にして使えます」
「なるほど」
身体を洗う場所が家の中にある。
それだけでも助かる。
「これもいいな」
「便利」
ノアが短く言う。
アクセルも異論はなさそうだ。
まだ他にも細かく見るところはあるだろう。
でも。
ひとまず、暮らすのに気になるところはかなり見えた。
「庭、戻るか」
「ああ」
⸻
母屋を出る。
庭を見る。
「……まだ食ってる」
ここちゃんは、さっきとそう離れていないところで草を食べていた。
きゅる。
「満喫してるな」
物置の方を見る。
むぎもいる。
古い木桶の横。
いや。
半分入ってる。
「お前、それ気に入ったの?」
キュ。
「そうかよ」
少し笑う。
庭。
物置。
広い部屋。
台所。
五つの個室。
水場。
俺が使いやすそうだと思うところもある。
二匹が普通に過ごせそうな場所もある。
「……かなりいいな」
「ああ」
アクセルが答える。
ノアも庭と母屋を見た。
「悪くない」
俺も同じだ。
かなり、ここに気持ちが傾いている。
ただ。
まだ聞いていないことがある。
「ミア」
「はい、レインさん」
「これ、どういう形になるの?」
「こちらは貸し出しの物件です」
「貸し出し」
「はい。借りて使う形ですね」
「ああ、そうなんだ」
そこで初めて分かった。
ここは、借りる物件らしい。
俺はもう一度、庭と母屋を見る。
「白兎の庭として借りることもできる?」
「はい」
なら。
昨日決めたことが使える。
「鉱脈の取り分、白兎の庭の金にするって決めたんだけど」
「はい」
「そこから家賃を出せる?」
「できますよ」
ミアが頷く。
「鉱脈の取り分はギルドを通して受け取る形ですので、そこから家賃をお支払いいただけます」
「じゃあ、ギルドを通して払えるんだ」
「はい」
それなら分かりやすい。
俺個人の場所にするんじゃない。
白兎の庭の金で。
白兎の庭が使う場所として借りる。
「アクセル」
「ああ」
まだ何も聞いてない。
「早いよ」
「ここでいい」
「まあ、俺もそう思ってるけど」
ノアを見る。
「ノアは?」
「いいと思う」
短い。
それで十分だった。
俺はミアへ向き直る。
「じゃあ、ここ借りるか」
「はい。では、こちらで進めますね」
「お願いします」
決まった。
白兎の庭の拠点。
その場所が。
今、決まった。
⸻
「おーい! 神輿ー!」
庭の門の外から声がした。
「……は?」
聞き覚えしかない。
「決まったかー!?」
「なんでここ知ってるんだよ!」
門の向こうにいるのは。
やっぱり、いつもの神輿冒険者だった。
俺はゆっくりミアを見る。
「……ミア?」
「受付ですから」
「受付ってそういう仕事だっけ!?」
門の外から笑い声が聞こえる。
「神輿! 庭あってよかったな!」
「まだ神輿って呼ぶのかよ!」
「そこは変わらん!」
「変えろ!」
昨日まで王都にいたのに。
帰ってきたら。
すぐこれだ。
でも。
やっぱりサイファだな、と思う。
庭を見る。
ここちゃんは草の上。
物置の前では、むぎが古い木桶に入っている。
その向こうに母屋。
振り返れば庭の門。
「……拠点、か」
俺一人の場所じゃない。
白兎の庭が戻ってくる場所。
ここが。
俺たちの拠点になる。




