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受付嬢は情報が早い


 翌朝。


 昨日はあのまま宿へ戻った。


 サイファへ帰ってきたばかりだ。


 さすがに、その日のうちに家探しまで始める気にはならなかった。


 でも。


 朝になれば、話は別だ。


「見るだけ、だからな」


 誰に言うでもなく確認する。


 腕の中にはここちゃん。


 胸元にはむぎ。


 アクセルとノアも一緒だ。


「ここにするとは決めてない」


「ああ」


 アクセルが答える。


 ノアも隣で頷いた。


「見るだけ」


「そう。それ」


 何となく念を押してから、冒険者ギルドの扉を開けた。


⸻


「お、神輿」


「レインだ」


 入った瞬間だった。


 もう反射で返せる。


 声の主を見る。


 サイファへ来てから何度も俺を神輿と呼んでくる、いつもの冒険者だ。


「家探しか?」


「なんでそれまで知ってるんだよ」


「朝からミアが何か用意してるぞ」


 顎で受付の方を示す。


「お前ら用じゃないのか?」


「知らないよ」


「じゃあ違うか」


「たぶん合ってるのが腹立つな」


 笑われた。


 昨日帰ってきたばかりなのに。


 もう普通の日常に戻っている。


 いや。


 神輿と呼ばれる日常には、戻りたくなかったんだけど。


「おはようございます、レイン様」


 受付から声がした。


「おはようございます、ミアさん」


 やっぱり。


 机の上には何枚かの書類が並んでいる。


 ミアが笑う。


「ギルドマスターから聞いています。拠点をお探しになるそうですね」


「見るだけです」


「はい。ですので、見るための候補を用意しました」


「仕事が早い」


「受付ですので」


 さらっと返された。


 情報が早い。


 準備も早い。


 こういう時は、本当に頼りになる。


⸻


「候補は三つあります」


 ミアが机の上の書類を順に置く。


「まず一つ目ですが、比較的安い物件です」


「安いのはいいな」


「ただ、少し狭いですね」


 横からアクセルが見る。


「狭い」


「早いな」


「武器と荷物を置けば余裕がない」


「なるほど」


 俺一人と二匹だけなら、多少狭くても何とかなるかもしれない。


 でも。


 今は白兎の庭として動いている。


 旅の荷物も増える。


 アクセルの武器もある。


 王都では鍋やフライパンまで買った。


「もうちょっと広い方がいいか」


 ノアも書類を見る。


「広い方が困らない」


「だよな」


 一つ目は保留。


 というより。


 たぶん、違う。


「二つ目です」


 ミアが次を出す。


「こちらは広さに余裕があります。物置もあります」


「いいじゃん」


「ただし、庭がありません」


「庭なしか」


 そこで。


 腕の中のここちゃんを見る。


 黒い目。


 白い毛。


 いつも通り、鼻をひくひくさせている。


 胸元にはむぎ。


 拠点にするなら。


 寝る場所があるだけじゃなくて。


 二匹が過ごせる場所も欲しい。


「……庭は欲しいな」


 俺が言うと、ミアが頷いた。


「では、こちらも違いそうですね」


「ああ」


 ここちゃんが選んだわけじゃない。


 むぎが選んだわけでもない。


 俺が欲しい。


 二匹と暮らすなら。


 外へ出られる場所が、家の中に続いていてほしい。


「じゃあ三つ目か」


「はい」


 ミアが最後の書類を出した。


「街道から一本入った場所です」


 指で内容を追う。


「物置あり。部屋数も多めです」


「庭は?」


「あります」


「あるのか」


「はい」


 ミアが少しだけ間を置く。


「ただ、他の二つより少し高いです」


「そこだよなぁ」


 書類を見る。


 安い、とは思わない。


 でも。


 まだ中を見てもいない。


 ここで金のことだけ考えても仕方がない。


「……まあ、まずは見てからだな」


「見るか?」


 アクセルが聞く。


「そのつもりで来たしな」


 ノアも短く言う。


「見るだけならいい」


「じゃあ」


 ミアが書類をまとめる。


「実際に見に行きますか?」


「ああ。お願いします」


「分かりました」


 ミアが受付の中から出てきた。


「私がご案内します」


「ミアさんが?」


「はい」


 少し意外だった。


 いつも。


 ミアとはこのカウンターを挟んで話していた。


 受付の外にいるのを見ると、それだけで少し変な感じがする。


「では、行きましょうか」


「あ、はい」


⸻


 ギルドを出る。


 ミアが少し前を歩く。


 その後ろを、俺たち三人と二匹でついていく。


 歩き始めて。


 ふと思った。


「そういえば、ミアさん」


「はい、レイン様」


「ずっと様付けですよね」


 ミアがこちらを見る。


「受付ですので」


「それは分かるんだけど」


 隣のアクセルを見る。


「アクセルは普通にミアって呼んでるよな」


「昔からだ」


「そうなの?」


「ああ」


 短い。


 ミアも特に否定しない。


「じゃあ、俺もレインでいいですよ」


「……レイン様ではなく?」


「様を付けられるようなことしてないし」


「していると思いますけど」


「そこは置いといて」


 少し考えたあと。


 ミアが頷いた。


「では、レインさんで」


「さんは残るんだ」


「残します」


「そこは即答なんだな」


 ミアが少し笑った。


 まあ。


 いきなり呼び捨てにされるより、そのくらいがちょうどいい。


「じゃあ俺は、今まで通りミアさん?」


「私も、ミアで構いませんよ」


「いいの?」


「はい」


 一拍。


「じゃあ……ミア」


「はい、レインさん」


 それだけ。


 特に何かが大きく変わったわけじゃない。


 ミアの口調も変わらない。


 でも。


 受付の向こうにいた時より。


 ほんの少しだけ、距離が近くなった気がした。


⸻


 街を歩く。


 昨日も通った道。


 王都へ行く前にも何度も歩いた道だ。


「お、帰ってきたな!」


「はい、昨日!」


「王都はどうだった?」


「長かったです!」


 店先から声が飛ぶ。


 別のところからも。


「家探してるのか?」


「なんでみんな知ってるんですか!」


 笑い声。


 ミアが何でも広めているわけじゃない。


 ただ。


 この街は、距離が近い。


「神輿ー!」


「またお前か!」


 さっきギルドにいた、いつもの冒険者だった。


 いつの間にか外へ出ていたらしい。


「庭付きにしろよ!」


「何でお前まで条件出してくるんだよ!」


「本体が喜ぶだろ!」


「ここちゃんを本体扱いするな!」


 また笑われる。


 ここちゃんは腕の中で鼻を動かしている。


 むぎも胸元から少しだけ顔を出した。


「むぎもいるぞ!」


「だからずっといるって!」


 もう。


 本当に近い。


 でも。


 嫌じゃない。


 王都から帰ってきた時にも思ったけど。


 ここでは、知らない大勢に見られている感じとは少し違う。


 顔を知っている。


 声を知っている。


 向こうも俺たちを知っている。


「随分馴染みましたね、レインさん」


 ミアが言う。


「神輿まで含めて?」


「それは……」


 一瞬。


 ミアが目を逸らした。


「否定はしません」


「そこは否定してくれよ」


 アクセルが横から言う。


「定着している」


「お前まで言うな」


 ノアもこちらを見る。


「今さらだと思う」


「ノアまで!?」


 味方がいない。


⸻


 しばらく歩いて。


 大きな通りから一本入る。


 さっきまでより人通りが少し落ち着いた。


「もうすぐです」


 ミアが言う。


「この先ですね」


 道を進む。


 そして。


 ミアが足を止めた。


「ここです」


「……ここ?」


 目の前を見る。


 低めの塀。


 その途中に、庭へ入るための木の門がある。


 門の向こう。


 家との間に、庭が見えた。


「お」


 思わず声が出る。


 腕の中で、ここちゃんの耳が動いた。


 胸元から、むぎも顔を出す。


 俺は門越しに中を見る。


 細かいところまでは、まだ分からない。


 でも。


 庭がある。


 ちゃんと。


 二匹と暮らす場所として考えられそうな庭が。


「……庭、あるな」


「はい」


 ミアが頷く。


 まだ門は開けていない。


 家の中も見ていない。


 決めたわけでもない。


 それでも。


 最初の二つより。


 少しだけ気持ちが前へ動いた。


「……ここ、結構いいかもな」


 木の門の向こうを見ながら。


 俺はそう呟いた。

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