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サイファ帰還


 門へ近づくほど、人が増えていった。


 やっぱり気のせいじゃない。


「……何なんだ、これ」


 腕の中にはここちゃん。


 胸元にはむぎ。


 アクセルとノアも、そのまま隣を歩いている。


 門番の一人が俺たちを見る。


 そして、笑った。


「おかえり」


「……ただいま?」


 思わず疑問形になった。


 門をくぐる。


 その瞬間。


「白兎の庭が戻ったぞ!」


「帰ってきたか!」


「おーい!」


「だからなんで集まってるんだよ!」


 声が飛んでくる。


 冒険者らしい姿もあれば、見覚えのある街の人もいる。


 知らない顔もいる。


 でも。


 ここちゃんを見て驚く者はいない。


 むぎが胸元から顔を出しても、それは同じだった。


「ここちゃんも元気そうだな!」


「むぎもいるぞ!」


 キュ。


「いるよ。ずっといるよ」


 何だろう。


 王都でも人に見られることはあった。


 でも、こっちは少し違う。


「王都どうだった?」


「鉱山の件、終わったのか?」


「昇格したって聞いたぞ!」


「一個ずつにしてくれ!」


 答える暇がない。


 アクセルが周囲を見る。


「多いな」


「他人事みたいに言うな」


 ノアも人の輪を見る。


「増えてる」


「さっき門の外から見た時より増えてるんだよ」


 何人かが笑った。


 俺は小さく息を吐く。


「詳しい話はギルドで!」


 とりあえずそれだけ言う。


「俺たちも今帰ってきたばっかりだから!」


「じゃあギルド行くぞ!」


「ついてくるの!?」


 帰ってきた。


 その実感より先に。


 妙に騒がしい。


 でも。


 嫌な感じはしなかった。


⸻


 結局。


 何人かに声をかけられながら、冒険者ギルドまで歩いた。


 見慣れた建物。


 扉を開ける。


 中からも視線が向いた。


「あ、白兎の庭」


「戻ったか」


「おかえり!」


「ただいまです」


 もう諦めた。


 普通に返す。


 奥を見ると。


 ドランがいた。


 腕を組んで、こっちを見ている。


「やっと戻ったか」


「戻りました」


「王都は長かったな」


「十日いましたからね」


 ドランが頷く。


「来い」


「はい?」


「話がある」


 帰って早々。


 やっぱり休ませてはくれないらしい。


⸻


 ドランの部屋へ入る。


 ここちゃんは腕の中。


 むぎも胸元。


 アクセルとノアも一緒だ。


 ドランが椅子へ座る。


「先に言っとくが、王都で何があったかを一から話す必要はねぇ」


「え?」


「連絡は来てる」


「もう?」


「ああ。符写盤だ」


「符写盤?」


 聞いたことがない。


 ドランが短く答える。


「離れたギルド同士で文書を送る魔道具だ」


「そんなのあるんだ……」


「業務用だ」


 便利だな。


 王都からサイファへ帰る間に、こっちには先に情報が着いていたらしい。


「鉱山の件と、王の承認までは把握してる」


「じゃあ、本当に説明いらないんですね」


「ああ」


「助かった……」


 鉱山の話を最初からやり直すのかと思った。


 さすがに長い。


「ただし」


 ドランが続ける。


「三割の扱いについては説明しとく」


「あ、それは聞きたいです」


 王には認められた。


 でも。


 実際どうなるのかまでは、まだ何も知らない。


 ドランが机へ腕を置く。


「鉱山の採掘と管理、それから採れたミスリルの販売は王国側がやる」


「俺たちが掘りに行くわけじゃない?」


「違う」


 それは少し安心した。


 鉱山へ定期的に通って掘れと言われても、どうすればいいか分からない。


「白兎の庭が受け取るのは、売却益の三割だ」


「売却益」


「ああ」


 頭の中で整理する。


「つまり、鉱山が動いてミスリルが売れたら、その利益から三割が白兎の庭に入る?」


「そうだ」


「受け取りは?」


「ギルドを通す」


「ここで?」


「ああ」


 なるほど。


 そこまで聞いて、ようやく三割という言葉が少し具体的になった。


 鉱山そのものを三割もらうわけじゃない。


 採れたミスリルを三割ずつ持ち帰るわけでもない。


 王国側が採掘して、管理して、売る。


 その売却益から三割。


「分かりました」


「で」


 ドランが俺たち三人を見る。


「その金を、お前らの中でどう分けるかはギルドは知らん」


「え?」


「白兎の庭の取り分までは決まってる。その中を誰がどう取るかは、そっちで決めろ」


「ああ、そこは自分たちで?」


「そうだ」


 俺はアクセルを見る。


 次にノアを見る。


「じゃあ……三人で分ける?」


「俺は構わん」


 アクセルは短い。


 ノアは少し間を置いた。


「私はいらない」


「え?」


「一時参加だから」


 淡々としている。


「いや、でも」


 鉱山にはノアも行った。


 コカトリスとも戦った。


 ミスリルリザードも一緒に倒した。


「今回の依頼には普通に参加してただろ」


「ああ」


「じゃあノアだけ無しっていうのも、なんか違わない?」


「私は白兎の庭に残ると決めてない」


「それはそうだけど」


 言っていることは分かる。


 でも。


 はい、じゃあノアの分は無し。


 とは、どうにも言いづらい。


「なら」


 アクセルが口を開いた。


「個人で分けなければいい」


「ん?」


「白兎の庭の金にする」


 少し考える。


「共同で使うってことか?」


「ああ」


 個人の取り分にしない。


 白兎の庭として入ってきた金なら。


 白兎の庭で必要なことに使う。


「……それなら綺麗か」


 ノアを見る。


「どう?」


「それならいい」


 即答だった。


「じゃあ、それでいくか」


 アクセルも頷く。


「ああ」


 決まった。


 鉱脈から入る三割の収入は。


 俺の金でも。


 アクセルの金でも。


 ノアの金でもない。


 白兎の庭の金。


 パーティで必要な時に使う共同資金。


「そういう扱いにします」


 ドランが頷いた。


「好きにしろ。そこはお前らの話だ」


 あっさりしている。


 でも。


 そのくらいでいいのかもしれない。


⸻


「で、お前ら」


 ドランが急に話を変えた。


「はい?」


「いつまで宿暮らしする気だ」


「……はい?」


 今度は本気で意味が分からなかった。


「宿?」


「そうだ」


「何で急にその話になるんですか」


「急じゃねぇだろ」


 ドランが俺を見る。


「白兎の庭は正式に組んだ」


「はい」


「王都の仕事も終わって、サイファへ戻ってきた」


「はい」


「この先もここを拠点に動くんだろ」


「まあ……そうですね」


 少なくとも。


 今すぐ別の街へ移る理由はない。


「なら、いつまでも宿だけってのも面倒だろ」


 言われて。


 少し止まる。


 宿。


 異世界へ来てから。


 森で寝て。


 サイファへ来てからは宿。


 王都へ行っても宿。


 確かに。


 ずっと仮の寝床だった。


「でも、家って」


「金がないわけじゃねぇだろ」


「あー……」


 それは。


 否定できない。


 これまでの依頼で得た金もある。


 虹色霊花の買い取り分も、まだ残っている。


 王都へ行く前から、宿に泊まるくらいで困る状態ではなかった。


 それに。


 今回、ミスリルリザードとコカトリスの素材を売った取り分もある。


 鉱脈の三割が入ってくるのは、また別の話。


 それがなくても。


 家なんて絶対無理だ、と即答するほどではない。


「……確かに」


 アクセルが頷く。


「あった方がいい」


「お前はそう思う?」


「ああ」


「前の家、寝床と武器立てしかなかったけど」


「屋根はあった」


「そこを評価するのかよ」


「重要だ」


 真顔。


 説得力があるような。


 ないような。


 ノアがこちらを見る。


「見るだけならいいんじゃない」


「家を?」


「ああ」


 それなら。


 ノアがここへ住むと決める話でもない。


 ただ一緒に見るだけだ。


 ドランが頷く。


「物件ならいくつかある」


「もうそこまで話進むんですか?」


「見るだけ見てこい」


「帰ってきたばっかりなんだけど」


「だから何だ」


「いや、少しくらい休ませてくれても」


「宿で休め」


「結局宿には戻るんじゃないですか」


 ドランは気にしていない。


⸻


「家、か……」


 口に出してみる。


 妙な感じがした。


 腕の中で、ここちゃんが鼻を動かす。


 胸元には、むぎの小さな重み。


 この二匹と。


 俺が暮らす場所。


 宿の一室じゃなく。


 帰れば、そこにある場所。


 王都から帰る時。


 帰る街はサイファだと思った。


 実際、帰ってきた。


 でも。


 この街の中に。


 俺たちの家は、まだない。


「……見るだけなら、まあ」


 きゅる。


「ここちゃんも見る?」


 きゅる。


 胸元から。


 キュ。


「むぎも?」


 キュ。


「返事だけはいいな」


 アクセルが立ち上がる。


「行くのか」


「今日は行かない」


 即答した。


「帰ってきたばっかりだからな」


「そうか」


「そこは譲る」


 ドランが鼻を鳴らす。


「好きにしろ」


 ただ。


 話は決まってしまったらしい。


 サイファへ帰ってきたと思ったら。


 次は。


 自分たちの拠点を探すことになった。

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