スパイスは神の調味料
森の朝は、容赦がない。
三日目。
焚き火の灰はまだ温かいが、空気は冷たい。
アクセルは体を起こそうとして、顔をしかめた。
「無理するな」
「……問題ない」
問題しかない。
傷は塞がり始めているが、深い。
ここちゃんの光は命を繋ぐものだ。
完治ではない。
アクセルは悔しそうに歯を食いしばる。
強い者ほど、弱い自分を許せない。
「今日は動くな」
「……」
反論しない。
悔しいだけだ。
⸻
その日は俺だけで森を歩いた。
鑑定を繰り返す。
《食用可》
《不可》
《芳香成分検出》
塩だけじゃ、味は単調だ。
だが森には苦い葉も、辛い実もある。
(単体で使うんじゃなくて、組み合わせるんだ)
葉を摘む。
潰す。
香りを確かめる。
少量を持ち帰る。
⸻
拠点へ戻る。
アクセルは座ったまま、焚き火を見つめていた。
「森はどうだった」
「宝庫だ」
肉を焼く。
岩塩。
そこへ刻んだ葉。
潰した実。
ほんの少量。
焚き火の熱で香りが立つ。
空気が変わる。
アクセルの耳がぴくりと動く。
「……匂いが違う」
「塩は知ってるだろ」
「ああ」
「辛い草も、苦い葉も?」
「ある」
「だが、肉に混ぜることは少ない」
やっぱり単体使用文化だ。
「尖るからだろ」
「そうだ」
「混ぜると丸くなる」
肉を差し出す。
アクセルはかじる。
咀嚼。
止まる。
目が静かに見開く。
「……塩は塩だ」
もう一口。
「だが、奥に何かある」
「それが深み」
アクセルは黙る。
やがて言う。
「森は戦場だと思っていた」
肉を見る。
香りを吸い込む。
「だが、宝庫か」
「使い方次第だ」
ここちゃんは足元で草をもしゃもしゃしている。
むぎちゃんは胸ポケットから顔を出している。
アクセルは、ゆっくりと俺を見る。
「命を救い」
「森の理を知り」
「未知の味を生む」
視線が重い。
「主よ」
「違う」
即答。
「主じゃない」
「ならば何だ」
少し考える。
「ただの人族の一般人」
アクセルは首を振る。
「一般人は、狼獣人に近づかん」
まだそこ引きずるのか。
「怖いぞ、普通に」
本音だ。
アクセルは、わずかに笑う。
「それでも近づいた」
沈黙。
そして。
「借りは命で返す」
重い。
やっぱり重い。
「大げさだ」
「俺は冒険者だ」
真面目すぎる。
きっと後でポンコツをやらかす。
でも今は、格好いい。
⸻
さらに数日。
アクセルはようやく立てるようになった。
まだ全力ではない。
だが歩ける。
「森を案内しよう」
「怪我人が言う台詞じゃない」
「問題ない」
問題ある。
だが、止められない。
こうして、ようやく二人で森を歩く。
同じ森なのに、景色が違う。
俺は香りを探す。
アクセルは危険を探す。
役割が自然に分かれる。
森はまだ危険だ。
だが。
初日より、ずっと心強い。
塩だけの世界に、香りを足した。
それだけで未来が広がった気がする。
だが俺はまだ知らない。
この男が“漆黒の瞬狼”と呼ばれる存在であることを。
そして。
数日後、とんでもないポンコツ発言をすることも。
焚き火が、静かに揺れていた。
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