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王との謁見


 二日後。


 王都に来て十日目。


 俺たちは王宮にいた。


 大広間の左右には騎士が並び、その少し後ろに文官たちが控えている。


 正面。


 赤い絨毯の先に、王が座っていた。


 こうして実際に目の前にすると。


(……やっぱり緊張するな)


 宰相と話した時とは、また違う。


 腕の中にはここちゃん。


 胸元にはむぎ。


 二匹とも今日は静かだ。


 隣のアクセルが一歩前へ出て、膝をつく。


 俺もそれに続いた。


 ノアも少し後ろで膝をつく。


「面を上げよ」


 低い声が広間に響いた。


 ゆっくり顔を上げる。


 王の視線が、まずアクセルへ向いた。


「瞬狼」


「はい」


「鉱山では働いたようだな」


「任を受けましたので」


 短い。


 いつものアクセルだ。


 王は小さく頷き、次にノアを見る。


「精霊大陸からの転移についても、宰相より聞いている」


「ああ」


「未だ帰還の見通しは立たぬか」


「今のところは」


「そうか」


 それ以上は踏み込まなかった。


 そして。


 最後に、王の視線が俺へ向く。


 一瞬だけ。


 腕の中のここちゃんにも目が止まった。


「白兎の庭」


 正式に登録したパーティ名を、王が口にする。


 妙な感じだ。


「鉱山の失踪者を見つけ、原因となった魔物を討った」


 一つ。


「さらに奥にいた脅威も退けた」


 二つ。


「石化していた者たちも戻ったと報告を受けている」


 王の視線が、もう一度ここちゃんへ落ちる。


 きゅる。


 静かな広間に、小さな声が響いた。


(ここちゃん)


 今じゃなくてもいいんだぞ。


 けれど王は気にした様子もなく、話を続けた。


「そして、鉱脈」


 空気が少し変わる。


「確認の結果、ミスリルで間違いない」


 ようやく。


 あの銀色の岩肌に、正式な名前がついた。


「其方らとの約定も聞いている」


 王の隣に控えていた文官が、一枚の書類を開く。


「発見されたミスリル鉱脈について」


 王が俺たちを見る。


「三割の権利を、白兎の庭に認める」


 言葉が落ちた。


 広間のどこかで、ほんのわずかに空気が揺れる。


 俺も一瞬、返事が遅れた。


 話としては聞いていた。


 条件も確認していた。


 でも。


 王本人の口から正式に認められると、重さが違う。


「……ありがとうございます」


 頭を下げる。


 王が俺を見る。


「意外そうだな」


「少し」


「約束したものを渡すだけだ」


「三割なので」


「多いか?」


「俺としては、かなり」


 王の口元がほんの少し動いた。


「ならば受け取れ」


 簡単に言う。


「功を立てた者へ報いる。それだけのことだ」


 そう言われると、こっちも余計なことは言えない。


「ありがたく受け取ります」


「ああ」


⸻


 話はそれで終わらなかった。


 王が肘掛けへ腕を置く。


「白兎の庭」


「はい」


「今回の働きで、其方らの名は王都にも残る」


 俺は黙って聞く。


「必要があれば、また力を借りることもあるだろう」


 やっぱり来たか。


 鉱山の件は王命だった。


 結果も出した。


 ここで完全に「終わりました、さようなら」とはならないらしい。


「……無茶じゃなければ」


 王の眉が僅かに動いた。


「無茶?」


「今回みたいなのが毎回だと、さすがに困ります」


 広間が静かになる。


 横でアクセルの耳が少し動いた。


 ノアは何も言わない。


 言ってから思う。


(王相手に言うことか、これ)


 でも。


 何でもやります、と受け取られるのも困る。


「王命なら何でもできる、とは思わないでください」


 王がこちらを見る。


 数秒。


 長い。


 逃げたくなるほどではないが、落ち着かない。


 やがて。


「出来ぬことまで求めるつもりはない」


「……なら、分かりました」


「よい」


 思っていたより、話の通じる人なのかもしれない。


 ――いや。


 一回会っただけで決めるのは早いか。


⸻


 王の視線が、またここちゃんへ向いた。


「その白兎が、石化した者たちを戻したという報告だったな」


 広間の空気が僅かに張る。


 俺はここちゃんを抱く腕へ少しだけ力を入れた。


「はい」


「其方が命じたのか」


「いえ」


 そこははっきり答えられる。


「ここちゃんが自分で動きました」


「ここちゃん」


 王がその名前をそのまま口にした。


「……はい。この子の名前です」


 きゅる。


 また鳴いた。


 王が白い毛並みを見る。


「そうか」


 それだけ。


「仕組みは分かっているのか」


「分かってません」


 即答した。


「何ができるのかも、俺が全部把握してるわけじゃないです」


 嘘をついても仕方がない。


 実際、鉱山で俺が一番驚いたくらいだ。


 王は少し考えるように黙った。


「ならば、分からぬものを分かるとは言うな」


「はい」


 それ以上は聞かれなかった。


 助かる。


 ここちゃんは相変わらず俺の腕の中で大人しくしている。


 胸元のむぎも動かない。


 今日は本当に空気を読んでるな、お前ら。


⸻


 謁見が終わる。


 もう一度頭を下げて、大広間を出た。


 扉が閉じる。


 そこでようやく息を吐いた。


「……疲れた」


 アクセルが俺を見る。


「喋りすぎだ」


「誰も止めなかっただろ」


「止めるほどではなかった」


「微妙な評価だな」


 ノアが隣を歩きながら言う。


「王にあそこまで言うとは思わなかった」


「俺も途中で思った」


「遅い」


「ですよね」


 王宮の廊下を歩く。


 腕の中で、ここちゃんが鼻を動かした。


「お前は気楽でいいな」


 きゅる。


 胸元からも。


 キュ。


「むぎもな」


 とりあえず。


 鉱山の件は、これで本当に一区切りだ。


 依頼は終わった。


 昇格もした。


 ミスリル鉱脈の三割も正式に認められた。


 王にも顔を覚えられた。


 最後だけは、良いのか悪いのか分からないけど。


「次は?」


 ノアが聞く。


「王都での用事が終わったなら」


 アクセルが続ける。


「サイファへ戻る」


「だな」


 ここは長く居座る場所じゃない。


 戻る場所は、もう決まっている。


 王宮を出ると、王都の空が広がっていた。


 名前も残った。


 権利も増えた。


 でも。


 俺たちが帰るのは、サイファだ。

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