王との謁見
王宮の大広間は、思っていたより静かだった。
騎士が左右に並んでいる。
文官が控えている。
赤い絨毯の先、玉座に王が座っている。
アクセルが一歩前に出て膝をつく。
俺も続く。
ノアは俺の斜め後ろで正確に膝をついた。
ここちゃんは腕の中で動かない。
むぎも胸ポケットの奥で静かだ。
「面を上げよ」
王の声は低い。
俺はゆっくり顔を上げる。
王の視線がまずアクセルに向く。
「瞬狼。よく戻った」
アクセルが答える。
「任を果たしただけです」
王が短くうなずく。
次に視線がノアへ移る。
「精霊大陸の転移迷宮」
「異例だな」
ノアが答える。
「同感だ」
王はそれ以上深くは聞かない。
すでに聞いている顔だ。
宰相が隣で静かに書類を閉じる。
そして。
王の視線が、俺へ移る。
一瞬。
腕の中のここちゃんで止まった。
ほんのわずか。
「……白兎の庭」
王が名を口にする。
文官の一人が書類を持ち直す。
王が続ける。
「鉱山失踪事件の解決」
「石化の解除」
「ミスリル鉱脈の発見」
指を一本ずつ折る。
広間の空気が、少しだけ変わる。
「いずれも王都近郊にとって重大だ」
鎧が、わずかに鳴る。
騎士の誰かが姿勢を正した音だ。
「よく成した」
王がはっきり言う。
俺は少しだけ息を止めてから答える。
「被害が広がる前で、よかったです」
王の目が細くなる。
「広がれば、民が怯える」
玉座の肘掛けを軽く叩く。
「余は、それを好まぬ」
本音だろう。
⸻
文官が一歩前に出る。
「約定に従い、ミスリル鉱脈三割の権利を認めます」
広間の空気が揺れる。
誰かが息を呑む。
俺は思わず視線を上げた。
「……本当に三割ですか?」
王がまっすぐ俺を見る。
「約束は守る」
間。
「守らぬ国は、いずれ信用を失う」
文官が深く頷いた。
アクセルは微動だにしない。
ノアの指先がわずかに動く。
計算している顔だ。
⸻
王が背筋を伸ばす。
「白兎の庭」
再び名を呼ぶ。
「宰相から報告は受けている」
一拍。
「転移迷宮」
「石化解除」
「そして鉱山の対応」
全部、知っている。
だが王は深掘りしない。
それはもう終わっているからだ。
「報告書だけでは人は分からぬ」
王が静かに言う。
「だから呼んだ」
視線が三人を順に見る。
試すような目ではない。
測る目だ。
「白兎の庭」
「王都は、貴殿らを記憶する」
その瞬間、背中が少し冷える。
“記憶する”。
褒賞でもある。
同時に、監視でもある。
便利な存在として覚えられるという意味でもある。
俺は小さく息を吐いた。
「……でしたら」
アクセルがわずかに横目で俺を見る。
俺は王を見たまま言う。
「無茶は、しない範囲で」
広間が静まり返る。
騎士の一人が視線を上げる。
王は数秒、俺を見つめる。
俺は目を逸らさない。
「便利な駒になる気はありません」
言い切った。
アクセルの指がわずかに動く。
止めなかった。
ノアは無言で見ている。
王はしばらく沈黙した。
やがて。
ほんのわずかに、口元が上がる。
「良い」
広間の空気が張る。
「駒は盤に並ぶものだ」
一拍。
「だが余は壊れた駒で勝負はせぬ」
鎧が、かすかに鳴る。
「力ある者を、力のままに使うほど」
「余は愚かではない」
王の視線が真っ直ぐ俺へ向く。
「白兎の庭は、駒ではない」
間。
「王都にとっての“刃”だ」
広間の空気が一段変わる。
「刃は振るう」
「折らぬ」
ほんの少し身を乗り出す。
「それで良いか」
命令ではない。
問いだ。
俺は答える。
「……折れないなら」
王がうなずく。
「よい」
⸻
王の視線が、ここちゃんへ落ちる。
「その白は――」
少し間を置く。
「王都の縁起だ」
文官の一人が息を呑む。
「手放すな」
俺は軽く頭を下げる。
「もちろんです」
⸻
王宮を出る。
石段を下りながら、アクセルが言う。
「線は引いたな」
「引いた」
俺は息を吐く。
「便利扱いは御免だ」
アクセルが小さく笑う。
「王は嫌っていない」
ノアが続ける。
「むしろ気に入った」
「それも面倒だな」
ここちゃんが腕の中で、きゅる、と鳴く。
むぎが小さくキュと返す。
くさえもんの表示が浮かぶ。
《国家関係:継続的接触の可能性》
(嫌なこと言うな)
王都の空は変わらない。
でも。
名前を呼ばれたことで、
少しだけ、立ち位置が変わった。
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