あの香りを求めて
「……あの匂いが忘れられない」
宿の窓辺で俺が呟くと、
アクセルが本気で嫌な顔をした。
「戦闘のか?」
「香辛料だ」
沈黙。
ノアがゆっくり顔を上げる。
「市場か」
「そう。あれ、絶対何かある」
アクセルが腕を組む。
「辛い粉だろう」
「雑だな」
⸻
王都の通りを歩く。
だが。
香辛料専門店は、ない。
肉屋はある。
菓子屋もある。
だが“味付け専門”の店はない。
「味の層が薄いな……」
俺が呟く。
ノアが答える。
「保存と栄養が優先だ」
つまり。
味は二の次。
「なら探す」
⸻
見つけたのは薬屋。
棚に乾燥葉。
小瓶に粉。
香りがする。
「……これだろ」
俺が瓶を開ける。
爽やかな匂い。
「体力回復用の乾燥香草ですよ」
店主が言う。
「料理に使えます?」
店主の手が止まる。
「……え?」
アクセルが小さく笑う。
ノアは無言で瓶のラベルを読んでいる。
「煮込みとかに」
「……食べるんですか?」
「はい」
店主が困惑している。
⸻
俺は次々と瓶を確認する。
乾燥ハーブ。
香りの強い実。
葉。
種。
「これ全部ください」
アクセルが固まる。
「全部?」
「少量ずつだ」
《警告:用途逸脱》
「逸脱してない」
《本来は湿布用》
「料理するんだよ」
《……未定義用途》
ポンコツ。
⸻
袋が増える。
ノアがひとつ嗅ぐ。
「香りが強いな」
「少しでいいんだ」
アクセルが真顔で言う。
「肉が死ぬ」
「生きる」
「死ぬ」
「生きる」
ノアが小さく言う。
「実験すればいい」
くさえもんが即座に。
《提案:味覚比較試験》
「だから実験言うな」
⸻
帰り道。
ふと、金物屋が目に入る。
分厚い鉄板。
深鍋。
平たい鉄皿。
俺の足が止まる。
アクセルが気づく。
「……またか」
「いや、これは必要だ」
「何に」
「焼き方を変える」
沈黙。
「肉が死ぬ」
「死なない」
「死ぬ」
ノアが静かに鉄板を持ち上げる。
「熱伝導は良い」
味方増えた。
《推奨:均一加熱》
(珍しく役立つな)
《……評価上昇》
(調子に乗るな)
⸻
結局。
乾燥ハーブ数種。
赤い実。
葉。
深鍋。
鉄製フライパン。
荷物が増える。
アクセルがぼそり。
「王都で何をしているんだ俺たちは」
「文化を持ち帰る」
ノアが言う。
「侵略ではない」
「言い方」
ここちゃんが、きゅる、と鳴く。
むぎが、キュ、と返す。
王都の夕暮れ。
白兎の庭は、
王との謁見を控えているのに鉄板を抱えて宿へ戻る。
どう考えても、普通ではない。
だが平和だ。
たぶん。
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