蒼銀の再計算(閑話③:ノア視点)
夜。
宿の部屋は静かだ。
レインは眠っている。
胸ポケットでむぎが丸くなっている。
ベッドの上では白い兎が寝息を立てていた。
ノアは窓辺に立つ。
月光が蒼銀の髪を照らす。
思考を整理する。
最初に異常を示したのは、小型個体。
転移前兆を察知。
迷宮暴走も察知。
だから観察対象とした。
だが。
今日の戦闘。
ミスリルリザードの腹部に生じた亀裂。
あれはアクセルの斬撃だけではない。
斬撃とは別の衝撃が、鱗の内側から歪みを生んでいた。
あれは――レインの力だ。
色を持たない魔力。
属性反応なし。
既存の四元素体系にも。
精霊魔法にも該当しない。
術式構造も確認できない。
通常の魔法は、術式で魔力を構成する。
構造を組み、流れを制御し、現象を発生させる。
だがレインの力には、その工程が存在しない。
魔力を術式として構築していない。
圧縮された魔力そのものが、
衝撃として作用している。
術式がない。
つまり魔法ではない。
だが、魔力は確実に使われている。
魔力を媒介とした、
純粋な力の行使。
そんな体系は、理論上存在しない。
分類不能。
既存理論の外。
そして、もう一つ。
白い兎。
ここちゃん。
戦闘中に確認した回復。
だが。
まず前提がおかしい。
回復を行ったのは――兎だ。
詠唱なし。
術式反応なし。
魔力の流れも説明できない。
それだけでも異常だ。
だが。
さらに。
石化の解除。
ノアの視線がわずかに動く。
石化は単なる傷ではない。
状態異常だ。
それを、兎が解除した。
術式なし。
詠唱なし。
魔力構造も確認できない。
理屈が、追いつかない。
理論が通用しない現象は、
未知よりも厄介だ。
ノアは目を閉じる。
──このパーティーは、何かがおかしい。
白い毛が月明かりを受けて柔らかく光る。
小さな寝息。
……可愛い。
ノアは一瞬だけ視線を逸らす。
「観察対象、追加」
むぎ。
ここちゃん。
そして――
レイン。
既存理論では説明できない。
ならば。
理論の方を更新するしかない。
蒼銀の観察者は、
月光の下で静かに計算式を書き換えた。
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