蒼銀の再計算(閑話③:ノア視点)
夜。
宿の部屋は、もう静かだった。
さっきまで話していたレインも眠っている。
ここちゃんは寝台の上で身体を丸め、白い毛が呼吸に合わせてわずかに上下していた。
むぎは、眠る前にレインが敷いた着替えの上で丸くなっている。
私は窓辺に立った。
眠るには、まだ少し早い。
昨日から増えたものを、一度整理しておきたい。
まずは、ミスリルリザードとの戦闘。
アクセルが腹側へ傷を入れた。
硬い鱗を抜けた一撃。それでも浅く、倒すには足りなかった。
そこへレインが加わった。
何かをした。
その直後、亀裂が広がった。
私はそこへ雷を通した。
三人で仕留めた。
流れは覚えている。
見落としたつもりもない。
それでも、レインが何をしたのかだけが抜けている。
手を向けた。
亀裂が変わった。
結果は見た。
その間が分からない。
昨日の光景を頭の中でもう一度なぞる。
レインの動き。
アクセルが作った亀裂。
ミスリルリザードの反応。
もう一度。
――足りない。
今ある材料だけでは、何をしたのかまでは決められない。
なら、ここで止める。
次は、ここちゃん。
昨日、アクセルが傷を負ったあと、自分から近づいていった。
白い光。
そのあと、傷が治った。
帰り道では、石になった人たちの前で再び白く光った。
石の表面に亀裂が入り、剥がれた下から肌が現れた。
呼吸が戻った。
一人ではない。
その場にいた人たちが次々と生身へ戻った。
少し離れた場所で先に見つけていた人たちも、あとで確認した時には石ではなくなっていた。
どちらも、自分の目で見た。
どちらも、ここちゃんが白く光ったあとに起きた。
同じ白い光。
なら、同じものなのか。
一度そう考える。
でも、傷が治ったことと、石化が解けたことを結びつけられる材料はない。
見た目が同じだった。
今言えるのは、それだけ。
それ以上は保留。
今日、レインにも聞いた。
少しくらいは知っていると思っていた。
でも違った。
石化した人を戻せると知ったのも昨日。
ここちゃんが何をできるのか。
どこまでできるのか。
なぜできるのか。
レインにも分からない。
『何してるか分からなくても、ここちゃんはここちゃんだしな』
『俺にとっては家族だよ』
あの返事を思い出す。
まだ、少し分かりにくい。
誤魔化しているようには見えなかった。
何かを隠すために話を逸らしたわけでもない。
本当に、それで答えになっているらしい。
何ができるか分からなくても。
理由が分からなくても。
レインの中では、ここちゃんを見る目が変わらない。
私なら、分からないものは調べる。
材料を集める。
足りなければ保留する。
その方が自然だ。
レインも気にしていないわけではない。
知れるなら知りたい。
危ないことなら気をつけたい。
そう言っていた。
ただ、それと家族であることは別らしい。
そこは、自分とは少し違う。
窓の外へ目を向ける。
王都の夜は静かだった。
考えることは、まだある。
私をここまで飛ばした転移。
精霊大陸の迷宮で転移罠にかかり、気づけば中央大陸にいた。
自分で望んで来たわけではない。
王都まで来たのも、この異常な転移について事情を話すためだった。
それも、もう終わった。
なら、次は帰ることを考える。
普通ならそうなる。
けれど。
転移そのものは、何も分かっていない。
なぜ大陸を越えたのか。
なぜあの場所へ出たのか。
答えは残ったまま。
そこへ昨日。
レインが使った、まだ分からない力。
ここちゃんの白い光。
分からないものが増えた。
転移。
レイン。
ここちゃん。
一度、並べる。
何か関係がある?
そう考えてみる。
――根拠がない。
共通点を示す材料がない。
今あるのは、どれも分からないということだけ。
それだけで結びつける理由にはならない。
なら、結びつけない。
それぞれ別に置いておけばいい。
転移は、未解明。
レインが昨日使った力も、詳細不明。
ここちゃんは傷を治し、石化した人まで戻した。
理由は分からない。
レインにも分からない。
今分かっているのは、それだけ。
ただ。
分からないからといって、見るのをやめる理由もない。
判断するには材料が足りない。
なら、増えるまで見ればいい。
それで何もなければ、それも材料になる。
本来なら、王都での事情聴取を終えた今、精霊大陸へ戻ることを考えるところだった。
でも、急いで決める必要はない。
転移についても、まだ答えがない。
レインたちは、王都での用事が済めばサイファへ戻るはずだ。
今ここで別れても、分からないものが分からないまま残る。
なら。
もう少し一緒にいればいい。
サイファまで同行する。
その間に何か分かれば考える。
何も増えなければ、その時また今後を考える。
今は、それで十分。
寝台へ目を向けた。
ここちゃんはまだ眠っている。
昨日、傷を治した。
石になった人まで戻した。
そんな白い兎が、今は丸くなって寝ているだけだった。
耳が、ぴくりと動く。
鼻先もわずかに動いた。
しばらく見てしまう。
……可愛い。
思考が止まる。
数秒。
何事もなかったように視線を外した。
分からないことは、まだ多い。
だから今は決めない。
もう少しだけ、見てから考える。




