報告と問い(後半)
その日の夜。
宿の部屋で、俺はようやく寝台に腰を下ろしていた。
昨日は朝から鉱山へ行って、帰ってきたのは深夜。今日は朝からギルドへ報告したが、昼間は特に呼び出されることもなく、ようやく少し落ち着いたところだ。
ここちゃんは寝台の端で毛繕いをしている。
むぎは俺の胸元で丸くなっていた。
アクセルは壁にもたれて腕を組んでいる。
俺もそろそろ横になるか。
そう思ったところで。
「レイン」
ノアに呼ばれた。
「ん?」
「聞きたいことがある」
「何?」
ノアの視線は俺ではなく、寝台の上へ向いていた。
ここちゃんが前足を舐め、そのまま顔をこすっている。
「ここちゃんのこと」
「ここちゃん?」
「昨日の石化」
「ああ……」
やっぱりそれか。
ノアはここちゃんを見たまま聞く。
「レインは、あれが何だったか知ってる?」
「いや」
即答した。
今度は俺を見る。
「石化を戻せることも?」
「昨日初めて知ったよ」
俺だって、ここちゃんがあんなことをできるとは思っていなかった。
ノアが少し黙る。
「昨日、アクセルの傷が治ったのも見た」
「ああ」
「何ができるか、分かってない?」
「分からないな」
「どこまでできるかも?」
「知らない」
ノアはしばらく黙った。
「それでいい?」
「ああ……」
そこが気になるのか。
「気にはなるよ」
何ができるのか。
なぜできるのか。
知れるなら知りたいし、危ないことなら気をつけたい。
でも。
「だからって、ここちゃんに聞いてもなあ」
寝台を見る。
ここちゃんは今度は胸元の毛を整えている。
「ここちゃん。昨日のあれ、どうやったんだ?」
耳が一度こっちを向いた。
きゅる。
「だそうです」
「答えてない」
「俺もそう思う」
ここちゃんはもう俺たちへの興味をなくしたらしく、また毛繕いに戻った。
ノアが小さく息を吐く。
「気にしてるようには見えない」
「気にしてるって」
「そうは見えない」
「何なんだ、その疑いの目は」
「普通、もう少し悩む」
「だから悩んでるって」
「それにしては軽い」
「じゃあ、どうしろと」
「知らない」
「おい」
聞いてきた本人がそれを言うのか。
壁際から、小さく息が漏れた。
アクセルを見る。
腕を組んだまま、目を閉じている。
「今、笑った?」
「笑ってない」
「絶対笑っただろ」
「気のせいだ」
こいつ。
ノアもほんの少しだけ口元を緩めた。
さっきまでの張った空気が、少し抜ける。
「分からないものは仕方ないだろ」
「それだけ?」
「それに」
ここちゃんへ手を伸ばす。
頭を撫でると、毛繕いをやめてその場でぺたっと伏せた。
「何してるか分からなくても、ここちゃんはここちゃんだしな」
ノアが黙る。
「俺にとっては家族だよ」
別に、それ以上でもそれ以下でもない。
白く光ろうが。
傷を治そうが。
石になった人を戻そうが。
俺のそばで過ごして、飯を食って、撫でれば気持ちよさそうにしている。
それがここちゃんだ。
しばらくして、ノアが言った。
「……変わってる」
「俺が?」
「レインが」
「なんでだよ」
「今ので分かった」
「何が?」
「そういうところ」
「全然分からん」
「別にいい」
乾いた返事だった。
俺は少しだけ眉を寄せる。
「もう聞かないのか?」
「レインも知らないなら、今はいい」
「そっか」
納得したわけではないんだろう。
それでも、それ以上は聞いてこなかった。
俺はここちゃんの頭を撫でる。
目を細めて、気持ちよさそうにしている。
「なあ、ここちゃん」
きゅる。
「お前、結局何なんだろうな」
耳がぴくっと動く。
そのまま、また目を閉じた。
「……まあ、いいか」
昨日、あれだけのことをした白いうさぎは。
今はただ。
撫でられて満足そうにしていた。




