残っているもの
翌朝。
朝食を済ませ、北部冒険者ギルドへ向かう。
昨日戻ったという、北部の古い土地に詳しい人物から話を聞くためだ。
ここちゃんは俺の腕の中。
むぎは胸元にいる。
きゅる。
「ようやく話が聞けるな」
「ああ」
テラが頷く。
ヴァルカンへ来てから、古いものについて分かる範囲では聞いてきた。
ただ、由来の分からないものとなると、ほとんどないらしい。
今日はその辺りを、もう少し詳しく聞く。
⸻
北部冒険者ギルドへ入ると、受付の女性がすぐに気づいた。
「お待ちしていました」
「昨日戻った人、いるか?」
「はい。奥にいます。こちらへどうぞ」
受付の横を抜け、小さな部屋へ案内される。
中には一人のドワーフが座っていた。
机の上には何冊かの古びた冊子と、折り畳まれた地図が置かれている。
俺たちが入ると、男が顔を上げた。
「お前さん達か。北部の古い土地について聞きたいってのは」
「ああ」
カインが軽く頭を下げる。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「構わんよ。昨日話は聞いた。古い祠だとか、由来の分からん場所を探してるそうだな」
「そうです」
俺も椅子へ座る。
「昔から残ってるものを調べてる。特に、何のために作られたのか分からないようなものがあれば知りたい」
「ふむ」
男は腕を組んだ。
「なら先に言っとくが、ヴァルカンの周りじゃ、そういうもんはほとんどないぞ」
「やっぱりか」
受付でも似たようなことを聞いた。
「古いもの自体はあるんだよな?」
「ああ。それなりにな」
男が冊子を一冊開いた。
「まず祠だ」
古い記録らしい頁を指でなぞる。
「昔はヴァルカンの周りにも小さな村がいくつもあった。そういう村には、山の守り神を祀る小さな祠があったんだ」
「山の守り神?」
「ああ。山へ入る者の無事を願ったり、村を守ってもらったりするためのもんだ」
男が頁をめくる。
「今もいくつか残ってるが、小さな祭壇がある程度だな。どの村が使ってたかも、何のための祠だったかも記録が残ってる」
「由来は分かってるんだな」
「そういうことだ」
今回探しているものとは違う。
テラが男を見る。
「遺跡のようなものは?」
「ヴァルカン周辺にはない」
即答だった。
「古い建物の跡ならあるが、昔の家や倉庫だ。誰が使ってたかも大体分かる」
「石碑はありますか?」
カインが尋ねる。
「あるぞ」
男が今度は別の紙を広げた。
「ただし、これも大したもんじゃない」
「何が書いてあるんだ?」
「道標だな」
「道標?」
「ああ。昔の道沿いに立てられたもんだ。『この先何々村』だとか、『こっちは山道』だとか、そんな内容だ」
「なるほどな……」
古い石碑ではある。
でも、謎の碑文が刻まれているわけじゃない。
「文字も読めるし、昔の地図と合わせりゃ何を示してるかも分かる」
これも違う。
ノアが短く尋ねた。
「山は?」
「鉱山跡ならある」
男が頷く。
「昔使われてた鉱山がいくつか残ってる。ただ、鉱脈が枯れて閉じただけだ」
「何か変わったものが見つかった記録は?」
テラが聞く。
「ないな。採掘跡と古い支柱くらいだ。何度も調べられてる」
「そうか」
祠。
石碑。
鉱山跡。
どれも古い。
でも、何なのか分かっている。
⸻
「つまり」
テラが腕を組む。
「ヴァルカン周辺には古いものは残っているが、由来そのものが分からないものはないということか」
「ほぼそう考えていい」
男が頷いた。
「この辺りは昔から人が多かったからな。村がなくなっても、記録が残ってることが多い」
わざわざ一つずつ見に行っても、今聞いた以上のものが出てくる可能性は低そうだ。
「ほかに、もっと古い話が残ってる場所はあるか?」
俺が尋ねると、男は少し考えた。
「この辺で言うなら、マハルだな」
聞いた名前だった。
「ヴァルカンの北西だったよな」
「ああ。山側にある小さな街だ」
「昔からあるのか?」
「古いぞ。ヴァルカンほど大きな街じゃないが、昔の記録にも名前が出てくる」
男は机の上の地図を広げた。
ヴァルカンから北西へ、山の中へ伸びる道が描かれている。
「山間の街だからな。昔からの話も、こっちより残りやすい」
テラが地図を覗き込む。
「どんな伝承がある?」
「細かいところまでは現地で聞いた方がいい」
男は首を振った。
「俺が詳しいのは北部全体の古い集落や土地の移り変わりだ。マハルで昔から語られてる話なら、住んでる連中の方が詳しい」
「なるほど」
それなら、ここで無理に聞き出すより現地へ行った方がいい。
「マハルって、火山の近くなんだよな?」
「ああ」
「湯が出るって聞いたんだけど」
「出るぞ。地面から蒸気が上がる場所もある」
「湯に浸かる習慣もあるのか?」
「ああ。昔からな」
身体ごと湯へ浸かる。
やっぱり。
「……温泉だな」
「オンセン?」
テラがこちらを見る。
「俺のいたところじゃ、そういう湯をそう呼んでた」
この世界へ来てから、身体を洗うことはあっても、湯船に浸かったことはない。
「行きたいな」
テラの視線が少し冷たくなる。
「調査は?」
「するに決まってるだろ」
「湯は?」
「入る」
カインが小さく笑った。
「どちらも目的になってますね」
「調査が先だ」
「今の間は何だ」
「気のせいだ」
男は俺たちを見ながら首を傾げていた。
⸻
話を戻す。
「マハルまでは、どうやって行く?」
「徒歩だな」
男が地図を指でなぞる。
「ここから北西へ山道を進む。普通に歩いて二日ほど見ておけばいい」
「途中で一泊か」
「ああ」
「馬車は?」
カインが尋ねる。
「使えん」
男はすぐに首を振った。
「途中から道が狭くなる。人や荷物の行き来はあるが、馬車で通れるような道じゃない」
「じゃあ、最初から歩くつもりでいた方がいいな」
テラが言う。
「ああ。その方がいい」
男は地図の途中を指した。
「最初はヴァルカン周辺の農地や川沿いを進む。半日もすれば、少しずつ山道に入っていく」
指がさらに北西へ動く。
「一日目は、この辺りで野営するのが無難だ。水が取れる場所もある」
「二日目は?」
「さらに山側へ進む。マハルへ近づけば、黒っぽい岩や地面から蒸気が出る場所も増えてくる」
「暑い?」
「ヴァルカンよりはな。ただ、街へ行くだけなら極端な装備が必要なほどじゃない」
それなら問題ない。
冷風扇もある。
ここちゃんとむぎ用の背負い籠も、ちょうど昨日完成したばかりだ。
実際に歩きながら使ってみるにはいいかもしれない。
「マハルに冒険者ギルドはあるか?」
「ない」
「ないのか」
「あれくらいの規模の街じゃ必要ないからな」
これは覚えておいた方がいい。
着いてから、いつものようにギルドへ行けば何とかなる、とはいかないらしい。
「古い話を聞くなら、誰に聞けばいい?」
「それも現地で聞いた方が早い。小さい街だ。長く住んでる者を聞けば、すぐ分かるだろう」
「分かった」
男は広げていた地図を少し眺めたあと、そのまま俺たちの方へ滑らせた。
「これ、持っていけ」
「いいのか?」
「ああ。マハルまでの道を書いたもんだ。古い道も少し載ってるが、今使われてる道は分かるように印を付けてある」
カインが受け取り、丁寧に畳む。
「ありがとうございます。助かります」
「山へ入ってから分かれ道もある。地図があった方がいい」
「ありがとな」
これで移動の準備もできる。
⸻
もう一度、確認する。
「マハルへ行けば、何か見つかると思うか?」
男は首を振った。
「そこまでは言えん」
迷いのない答えだった。
「昔から名前が残ってる。古い話も残ってる。それだけだ。お前さん達が探してるものがあるかどうかまでは知らん」
「十分だ」
むしろ、その方がいい。
ここで「絶対何かある」と言われる方が怪しい。
ヴァルカン周辺の古いものは、どれも由来が分かっている。
それなら次は、昔から名前が残り、古い話も残っているマハルへ行く。
行って。
現地で聞く。
それで何もなければ、また次を考えればいい。
カインが男へ頭を下げる。
「詳しく教えていただき、ありがとうございました」
「ああ。気をつけて行けよ」
俺たちも礼を言い、部屋を出た。
⸻
ギルドを出る。
広場の向こうには、ヴァルカンを流れる川。
そのさらに先には山が見える。
カインが受け取った地図を持ち上げた。
「徒歩で二日。途中一泊ですね」
「ああ」
テラが山の方を見る。
「馬車が使えないなら、荷物も一度見直した方がいいな」
「食料と水もな」
まだ宿は取ってある。
急ぐ必要はない。
必要なものを揃えてから出ればいい。
テラが俺を見る。
「で、次は?」
俺も山を見る。
「マハルだな」
古い話を探しに。
そして。
湯に浸かれるなら、それも楽しみにしながら。




