戻った知らせ
翌朝。
朝食を済ませても、今日は急いで出る予定はない。
北部の古い土地に詳しい人が戻る予定は今日。
昨日の時点では、それしか分かっていなかった。
「午前中、洗濯でもするか」
俺が言うと、テラが頷いた。
「ちょうどいいな。少し溜まってる」
無限収納から洗濯桶を出し、洗うものを集める。
着替え。
タオル。
ここちゃんやむぎに使っている布。
五人分となると、やっぱりそれなりの量になる。
「多いな」
「五人いるからな」
テラが言う。
洗ったものを順番に乾かし、畳んでいく。
カインは相変わらず手際がいい。
ノアも自分の分を淡々と片付けていた。
アクセルは。
「それ、まだ畳んでないぞ」
「あとでやる」
「今やれ」
「ああ」
素直に畳み始める。
こういう時は妙に聞き分けがいい。
洗濯を全部片付けた頃には、昼が近くなっていた。
「そろそろギルド寄るか」
「そうですね」
カインが頷いた。
⸻
北部冒険者ギルドへ入る。
何度か顔を合わせた受付の女性が、俺たちに気づいた。
「あ、ちょうどよかったです」
「戻ったのか?」
「はい。先ほど戻られました」
予定通りだったらしい。
「皆さんがお話を聞きたいことも、お伝えしてあります」
カインが一歩前へ出る。
「お話を伺えるのは、いつ頃になりそうでしょうか?」
「今日は依頼の報告がありますので、明日なら大丈夫だそうです」
やっぱり戻ってすぐ、とはいかない。
「明日の朝、こちらへ来ていただければご紹介します」
「分かりました。では、明日の朝に伺います」
「はい。お待ちしています」
これで予定が決まった。
明日の朝。
ようやく北部の古い土地について、詳しい話が聞ける。
「じゃあ今日はもう予定ないな」
ギルドを出ながら言う。
「夕方に籠を受け取るくらいだな」
テラが答えた。
「なら先に飯だ」
アクセルが言う。
「今日は忘れてないぞ」
「ああ」
昨日のことがあるからな。
⸻
昼は近くの食堂へ入り、急ぐこともなくゆっくり食べた。
昨日は昼を丸ごと逃したせいもあって、座って普通に飯を食えるだけで妙に落ち着く。
アクセルも今日は満足そうだ。
「昨日は悪かったな」
「ここちゃん達のだからいい」
「まだ言うんだな」
「ああ」
テラが笑う。
「本当に気にしてないんじゃないか?」
「ならいいけどな」
食べ終わってからも少し休み、店を出る。
夕方まではまだ時間がある。
「ここちゃん達の飯、少し足しとくか」
旅が続けば、どうしても減っていく。
近くの店へ寄り、牧草や木の実、それから乾燥させた果物を見て回る。
牧草は何種類かを混ぜたものが売られていた。
柔らかい葉。
香りの強いもの。
少し太めの茎。
「北部の牧草を混ぜたやつだ」
店のドワーフが袋を指す。
「一種類より、こっちを好むやつも多いぞ」
「じゃあ、これも少しもらう」
今までの牧草に混ぜればいい。
むぎ用の木の実と、二匹にやるドライフルーツも少し補充する。
その横には、生の果物が並んでいた。
薄桃色で丸みのある実。
もう一つは、大粒の濃い紫色の実が房になっている。
「これは?」
「そっちはメル。紫のはバレルだ」
「この辺で採れるのか?」
「ああ。どっちも北部じゃよく採れる」
店のドワーフがメルを一つ持ち上げた。
「メルは水気が多くて甘い。バレルはもう少し味が濃いな。甘いが、少し酸味もある」
「へえ」
水の多いヴァルカンらしい果物なのかもしれない。
横を見る。
ノアが、メルとバレルをじっと見比べていた。
「……買う気か?」
「ああ」
「両方?」
「ああ」
「シャーベットだろ」
「ああ」
やっぱりか。
ノアは迷いなく両方を選んだ。
「まだ研究するんだな」
「ああ」
そこだけは本当にブレない。
⸻
買い物を済ませ、一度川音亭へ戻る。
ここちゃんには買ってきた牧草を、今までのものへ少し混ぜてやった。
きゅる。
鼻を動かし、気になるものを選ぶように食べ始める。
「食うな」
ひとまず問題なさそうだ。
むぎにも木の実を足す。
キュ。
こっちは迷う様子もなく持っていった。
ノアはメルとバレルを保冷庫へ入れている。
「今日は作らないのか?」
「あとで試す」
「まだ配合変えるのか」
「ああ」
好きにやらせておこう。
そのまま部屋でここちゃんを撫でたり、少し休んだりしているうちに、外の光が傾き始めた。
「そろそろ行くか」
昨日預けた背負い籠を受け取る時間だ。
⸻
工房へ着くと、昨日の職人がすぐに顔を上げた。
「来たか」
「できたか?」
「ああ。見てみろ」
奥から二つの背負い籠が運ばれてくる。
「おお」
かなり変わった。
まず目につくのは正面。
昨日話していた透明な鉱石の板で、しっかりと窓が作られている。
側面も、冷気が抜けやすい部分だけ同じ透明な板に替わっていた。
一方で、後ろと下にはアミ状の部分が残されている。
「ちゃんと窓付いてるな」
「見える方がいいんだろ?」
「ああ。助かる」
これなら正面からでも、中にいるここちゃんやむぎの様子がよく分かる。
「通気は昨日言った通りだ」
職人が後ろを指す。
「ここは残してある。下もだ。全部塞いだら駄目だからな」
「分かった」
外側には、小型冷風扇を固定するための革紐も付いている。
さらに、それぞれの籠へ細長い水容器が取り付けられていた。
「給水器もできたのか」
「ああ。まずこっち見ろ」
職人がここちゃん用の籠を持ち上げる。
「蓋はネジ式だ」
水容器の上を回す。
何度か回すと、蓋が外れた。
「ここから水を足す」
「なるほど」
「容器ごと外す時は、ここの留め具を外して上へ抜け」
実際に取り外して見せてくれる。
洗う時にも困らなそうだ。
「飲み口は中だ」
覗き込む。
細い管の先に、小さな金属の球が収まっている。
職人が指で軽く押した。
球が動き、水が一滴落ちる。
「おお」
「押してる間だけ出る。離せば止まる」
もう一度。
水が出る。
離す。
止まった。
「漏れは?」
「半日入れっぱなしにした。問題ねえ」
「さすがだな」
「小さい方も同じだ。ただ、管も球も細くしてある」
むぎ用を見る。
ここちゃん用より明らかに小さい。
飲み口の高さも違う。
「実際に使わせてみて、位置が合わなきゃ持ってこい。そこくらいならすぐ直す」
「助かる」
次は冷風扇。
職人が革紐へ通して締めていく。
しっかり固定され、軽く揺らしたくらいでは動かない。
「これなら落ちなさそうだな」
「そのために付けたんだ」
「別の小型魔導具もいけるんだよな?」
「ああ。大きさが近けりゃな。紐の締め方を変えりゃいい」
冷風扇を動かす。
冷たい風が籠の中へ入った。
側面の一部が透明板に変わったことで、そのまま横へ抜ける風はかなり減っている。
それでも後ろと下から空気は流れていた。
「いい感じだな」
「実際に入れて試してみろ」
「ああ。今夜やってみる」
残りの料金を払い、二つの籠を受け取る。
「ありがとう」
「何かありゃ持ってこい」
「ああ」
⸻
川音亭へ戻る頃には、外は暗くなっていた。
夕食は今日も部屋へ運んでもらう。
木製の出前箱から料理を取り出し、大きなテーブルへ並べた。
アクセルが皿を見る。
「今日は普通だな」
「昼食っただろ」
「ああ」
「なら十分だ」
「ああ」
納得するんだな。
テラが笑った。
食事を終え、皿を出前箱へ戻す。
階段横の返却棚へ置いてから、いつも通り順番に個別の洗い場を使った。
⸻
全員が部屋へ戻ったところで、二つの背負い籠を床へ置く。
「試してみるぞ」
まずはここちゃん用。
きゅる。
ここちゃんが籠へ鼻を近づける。
「大丈夫だ。ちょっと入ってみような」
抱き上げ、中へ入れる。
少し周囲を見回したあと、ここちゃんはその場で落ち着いた。
「おお」
正面の窓から顔がよく見える。
「かなり見やすいな」
「そこまで顔見たいのか?」
テラが言う。
「当たり前だろ」
中で何してるか分からない方が嫌だ。
冷風扇を弱めに動かす。
冷たい風が中へ入り、ここちゃんの毛がわずかに揺れた。
正面と側面の透明板で風がすぐ横へ抜けず、後ろと下から緩く流れている。
「直接当たり続けてもないな」
「ああ」
次は給水器。
飲み口の高さを見る。
「これなら届く」
ここちゃんが鼻を近づける。
金属の球を舐めた。
ぺろ。
水が出る。
「飲んだ」
「見れば分かるだろ」
テラが言う。
「ちゃんと出てるか確認しないと駄目だろ」
もう一度。
ぺろ。
球が動いて、水が出る。
容器の周りにも漏れはない。
「よし」
これなら大丈夫そうだ。
「次はむぎだな」
小さい籠を開け、むぎを入れる。
キュ。
むぎはすぐに中を動き回り始めた。
正面の窓から、その姿もしっかり見える。
「こっちも見やすいな」
しばらくすると、むぎが給水器へ鼻を近づけた。
小さな舌が金属の球を押す。
水が出る。
「お、飲めてるな」
カインも横から確認する。
「高さも問題なさそうですね」
「ああ」
冷風扇も弱めに動かしてみる。
むぎは少し鼻を動かしただけで、嫌がる様子はない。
「これなら使えそうだな」
移動中でも自分で水が飲める。
暑ければ冷風扇を使える。
通気も残っている。
それに、正面から二匹の様子も確認できる。
まだ実際に長い距離を歩いたわけじゃない。
それでも、前よりずっと安心できる。
ここちゃんを籠から出して抱き上げる。
きゅる。
「お疲れ」
むぎも元の場所へ戻す。
キュ。
明日の朝。
ようやく、北部の古い土地について詳しい話が聞ける。
ヴァルカン周辺を調べることになるのか。
それとも、別の場所へ向かうのか。
まずは話を聞いてからだ。




