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背負い籠の改造


 翌日。


 朝食を済ませたところで、カインが宿の帳面へ目を向けた。


「そういえば、この部屋は今日まででしたよね」


「あ」


 完全に忘れてた。


 ヴァルカンへ着いた夜に一泊。


 昨日、北部冒険者ギルドへ行って、リイス詰めを食べて、装備を整理して二泊目。


 今日から先は延長が必要になる。


「詳しい人が戻るのは明日の予定だったよな」


「はい。ただ、戻ってすぐ話を聞けるとも限りませんし、その内容次第ではヴァルカン周辺を調べることになるかもしれません」


 カインの言う通りだ。


 まだマハルへ行くと決まったわけでもない。


 ヴァルカンの近くに確認したい場所が出てくる可能性だってある。


「五泊くらい追加しとくか」


 俺が言うと、テラも頷いた。


「そのくらい取っておいた方がいいだろ。調査で何日使うか分からないからな」


「だな」


 受付へ行き、今の大部屋をそのまま五泊延長できるか確認する。


「五泊ね」


 宿の主人が帳面をめくった。


「大丈夫だ。同じ部屋でいいんだろ?」


「ああ。頼む」


「分かった」


 これでしばらくは宿の心配をしなくていい。


 今日は昨日決めた通り、ここちゃんとむぎの背負い籠を加工してくれる職人を探す。


 ここちゃんを抱き上げ、むぎを胸元へ入れる。


「行くか」


⸻


 まずは北部冒険者ギルドへ向かった。


 昨日と同じ受付で、持ってきた二つの背負い籠を見せる。


「こういう動物用の籠を加工したいんだ。細かい金属加工も頼みたい」


「金属加工もですか?」


「ああ。籠自体もちょっと手を入れたい」


 受付の女性は少し考えてから、紙に場所を書いてくれた。


「それなら、こちらの工房がいいと思います。荷具の加工もしますし、細かい金具を作るのも得意ですよ」


「助かる」


 カインが紙を受け取る。


「ありがとうございます」


「いえ。あ、それと昨日お話しした者ですが、今のところ予定通り明日戻ることになっています」


「分かりました。また伺います」


 カインが答える。


 帰還予定は変わっていないらしい。


 なら今日は、背負い籠の方を片付けておこう。


⸻


 教えてもらった工房は、水路沿いの通りから一本入ったところにあった。


 入口は広く、奥から金属を叩く音が響いている。棚には金具や留め具、荷車の部品らしいものまで並んでいた。


「いらっしゃい」


 奥から出てきたのは、腕の太いドワーフの男だった。


「加工を頼みたいんだけど」


「何をだ?」


 俺は二つの背負い籠を床へ置く。


「これ」


 職人がしゃがみ込み、まずここちゃん用の籠を持ち上げた。


「動物用か」


「ああ。こっちはうさぎ。小さい方はハムスター用」


「なるほどな」


 むぎ用も手に取り、作りを確認していく。


「で、どこを変えたい?」


「まずこれを付けたい」


 小型の冷風扇を出した。


「暑い場所を歩くかもしれないから、中へ冷たい風を送りたいんだ」


 職人が冷風扇を動かし、風の出る方向を確認する。


「問題は籠の方でさ」


 側面のアミを指す。


「ここから冷気、かなり逃げるだろ?」


「逃げるな」


「でも全部塞いだら、今度は風がこもる。そこをどうにかできないかと思って」


「ふむ」


 職人は籠をひっくり返し、側面から底までしばらく眺めた。


「全部塞ぐ必要はねえよ」


「何か方法あるか?」


「ああ」


 職人は奥の棚へ行くと、薄い板のようなものを持って戻ってきた。


 向こう側が透けて見える。


「これを使う」


「透明だな」


 テラが覗き込む。


「ガラスか?」


「いや」


 職人が板を軽く叩いた。


「透明な鉱石を熱して加工したもんだ。薄く延ばせるし、見た目ほど重くねえ」


「へえ」


「普通のガラスより割れにくい。こういう所には便利だぞ」


 俺も持たせてもらう。


 確かに軽い。


「これでアミを全部替えるのか?」


「全部じゃねえ」


 職人は籠の側面を指でなぞった。


「横は冷風がそのまま抜けやすいところだけ、こいつに替える。後ろと下はアミを残す」


「通気は残すんだな」


「ああ。風を入れるなら、抜ける場所もいる。塞ぎすぎたら中に熱がこもる」


 そこで職人が籠を正面から見た。


「ついでに、ここにも窓を付けるか」


「窓?」


「正面だ。全部開いてる必要はねえだろ」


 透明な板を正面へ当てる。


「このくらいの大きさで窓を作っとけば、中の様子も見やすい」


 それはいい。


 背負っていない時でも、正面からここちゃんやむぎの様子を確認できる。


「頼む。それも付けてくれ」


「ああ」


 横の一部は冷気を逃がしにくくする。


 正面には透明な窓。


 後ろと下はアミのまま残して、空気が抜けるようにする。


 やっぱり職人に聞いて正解だった。


「次はこいつだな」


 職人が冷風扇を持ち上げた。


「これも固定したいんだろ?」


「ああ。外れないようにしたい」


「なら専用の金具はいらんな」


「そうなのか?」


「こういう小型の魔導具なら、大きさはだいたい似たようなもんだ」


 職人は籠の外側を指す。


「ここに丈夫な革紐を何本か付けておく。締め方を変えりゃ、多少形が違っても留められる」


「あ、それいいな」


「今はこいつでも、あとで別の小型魔導具を付けたくなった時にも使える」


「じゃあ、それで頼む」


 冷風扇を実際に当てながら、取り付ける位置も決めていく。


 風が一か所へ当たり続けず、中へ冷気が回る位置。


 その辺りも職人が調整してくれるらしい。


「あと、もう一つある」


「まだあるのか」


「水」


 職人が顔を上げる。


「移動中でも、中から自分で飲めるようにしたい」


「皿じゃ駄目なのか?」


「宿とか休憩中は皿でいい。でも背負って歩いてる時はこぼれるだろ」


「そりゃそうだ」


「俺のいたところには、こういうのがあったんだ」


 俺は手で形を作りながら説明する。


「水を入れる容器を籠の外側に付ける。そこから細い管を中に出して、先端に小さい金属の球を入れるんだ」


「球?」


「普段はその球が栓になる」


 指先で押す仕草をする。


「舐めて球を押すと少し動いて、その隙間から水が出る。離せばまた球が戻って止まる」


 職人が黙って俺を見る。


 それから近くの紙を引き寄せた。


「……こうか?」


 管の先を描き、その中へ球を書き込む。


「そう。それ」


「球が抜けねえように、先を少し絞る」


「ああ」


「水が出すぎるなら隙間を狭くする。出なきゃ少し広げる」


「できそうか?」


「できる」


 即答だった。


 さすがだな。


 職人は二つの籠を見る。


「こっちはうさぎだったな」


「ああ」


「小さい方はハムスター」


「なら同じ大きさじゃ駄目だ。管も球も小さくする」


「高さも変えてくれ。むぎはここちゃんよりずっと小さい」


「当たり前だ」


 職人はそれぞれの籠へ印を付けていく。


 ここちゃん用。


 むぎ用。


 中に入った時、無理なく口が届く高さへ飲み口を付ける。


「それと、水を補充するところなんだけど」


 俺は紙に描かれた容器を指した。


「上を開けられるようにしたい」


「蓋を付ければいい」


「回したら外れて、逆に回したら締まるようなやつ」


 手で蓋を回す。


 職人が眉を上げた。


「ネジみたいなもんか」


「そう、それ」


「なら簡単だ」


 すぐに紙へ描き足す。


「上をネジ式の蓋にする。ここから水を入れて締める」


「容器自体も外せるか?」


「外せねえと洗いにくいだろ」


「そうなんだよ」


「なら籠の外に受けを付ける。容器を差し込んで固定して、洗う時は外せるようにする」


「それで頼む」


 話が早い。


 俺が形だけ説明すると、どんどん実際に使いやすい形へ直されていく。


 カインも横から図を覗き込んだ。


「かなり便利になりそうですね」


「ああ」


 ただの背負い籠だったはずなのに。


 ここまで来ると、完全にここちゃんとむぎ専用の旅装備だ。


⸻


 職人は二つの籠を並べ、改めて細かい寸法を測り始めた。


 正面へ付ける透明な窓。


 側面の透明な板へ替える範囲。


 通気を残す場所。


 冷風扇を固定する革紐。


 水容器の受け金具。


 それぞれ違う高さの飲み口。


 一つずつ確認していく。


「こんなところだな」


「いつ頃できる?」


「明日の夕方には渡せる」


「そんなに早いのか」


「籠を一から作るわけじゃねえ。加工するだけだからな」


 職人は給水器の図を指で叩く。


「ただし、こいつは水を入れて調整するぞ。球の隙間が広すぎりゃ漏れるし、狭すぎりゃ飲めねえ」


「そこは頼む」


「ああ」


 料金を確認し、そのまま二つの背負い籠と冷風扇を預ける。


「じゃあ、明日の夕方に」


「おう」


 注文を終えて工房を出た。


⸻


「腹減った」


 外へ出た途端、アクセルが言った。


「ん?」


 空を見る。


 もう日はかなり傾いている。


 工房へ入った時には明るかった通りにも、店先の明かりが灯り始めていた。


「……あ」


 俺は気づいた。


「昼、食ってないな」


「ああ」


 アクセルが腹へ手を当てる。


「ここちゃん達のだから我慢した」


 思わずアクセルを見る。


「お前、そこは我慢できるんだな」


「ああ」


 即答だった。


 テラが笑う。


「偉いじゃないか」


「その代わり、夜は多めに食う」


「やっぱりそこは譲らないのか」


「ああ」


 今さら気づくと、俺も一気に腹が減ってきた。


「帰ろう。俺も腹減った」


「賛成です」


 カインも苦笑しながら頷いた。


⸻


 川音亭へ戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 部屋へ戻ると、ここちゃんとむぎへ先に水と餌を用意する。


 しばらくして、夕食の入った木製の出前箱が届いた。


 今日は最初から多めに頼んである。


 特にアクセルの分は。


「これなら足りるか?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


 皿を大きなテーブルへ並べ、全員で食べ始める。


 昼を抜いたせいか、俺もいつもより食が進んだ。


 テラもカインもよく食べている。


 アクセルは当然のようにその倍くらいの勢いだった。


「まだ食うのか?」


「ああ」


「まあ今日はいいか」


 ここちゃんとむぎのために昼を我慢したらしいし。


 好きなだけ食わせておこう。


 食べ終えた皿を出前箱へ戻し、階段横の返却棚へ置く。


 その後は、いつも通り順番に個別の洗い場を使った。


⸻


 全員が部屋へ戻った頃。


 ノアが保冷庫の前にしゃがんだ。


「できた」


「ん?」


 取り出した器を見て、すぐに分かった。


「シャーベットか」


「ああ」


 昨日、果物を使って試していたやつだ。


 人数分に分けられた器がテーブルへ並ぶ。


「いただきます」


 一口。


「……お」


 前より滑らかだ。


 果物の味もちゃんと残っている。


「前よりうまくなってるな」


「ああ」


 ノアが自分の分を食べながら答える。


「配合を変えた」


「まだ研究してたもんな」


「ああ」


 相変わらず、それ以上は語らない。


 でも、確実に前より良くなっている。


「これ、暑いところで食ったらかなり良さそうだな」


 冷たさが口の中に残る。


 外が暑ければ、もっとありがたく感じるはずだ。


 ノアは器を見た。


「まだ調整する」


「まだやるのか」


「ああ」


 完成ではないらしい。


 俺は残りのシャーベットを食べながら、床で落ち着いているここちゃんを見る。


 きゅる。


 むぎも自分の場所で餌を食べていた。


 キュ。


 明日は、北部の古い伝承に詳しい人が戻る予定の日。


 夕方には、二匹の背負い籠も出来上がる。


 まずは明日、帰ってきたことを確認しにギルドへ寄ろう。


 そこから先は。


 話を聞いてから決めればいい。

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