北部の調査
北部冒険者ギルドへ入る。
ボルカニアほど大きくはないが、建物の中には冒険者や依頼人がそれなりにいた。壁には依頼書が並び、奥にはいくつかの受付がある。
カインが空いている受付へ向かった。
「少しお聞きしたいことがあるんですが」
「はい」
受付にいたドワーフの女性が顔を上げる。
「ヴァルカン周辺の古い土地について調べています」
「古い土地、ですか?」
俺も受付の前へ寄った。
「昔から伝わってる話とか、古い遺跡や祠とか。この辺にそういう場所はないか?」
受付の女性が少し考える。
「古いもの自体はいくつかありますよ」
「遺跡も?」
「はい。昔の祠や集落跡、古い石造りの施設なんかも残っています」
そこまでは珍しくないらしい。
「その中に、由来が分からないものはあるか? 誰が作ったのか、何に使われてたのか分からないような場所」
「それは……あまりないですね」
受付の女性は首を傾げた。
「ヴァルカン周辺は昔から人が多い地域ですから、古いものでも記録が比較的残ってるんです。何に使われていたか、どの辺りの住民が作ったか。そのくらいまでは分かるものがほとんどです」
「なるほどな」
古いものがないわけではない。
ただ、正体不明のものが少ない。
テラが受付へ視線を向けた。
「もっと古い伝承まで詳しい人はいるか?」
「います」
受付の女性はすぐに頷く。
「北部の古い集落や土地の伝承をよく調べている者がいます。ただ、今は調査依頼で街を離れていて」
「戻るのは?」
テラが尋ねる。
「予定通りなら明後日です」
明後日。
それなら待てる。
カインが続けて確認する。
「戻られたら、話を聞かせていただくことはできますか?」
「はい。こちらへ来ていただければ、戻り次第お取り次ぎします」
「ありがとうございます」
カインが軽く頭を下げた。
受付の女性も頷く。
「それまでに、こちらでも分かる範囲の記録を確認しておきますね」
「助かる」
俺も礼を言う。
いきなり答えが出るとは思っていなかった。
それでも、聞く相手は見つかった。
⸻
ギルドを出る。
街を見ながらここまで来たこともあって、もう昼が近い。
「なんだかんだ結構かかったな」
俺が言うと、テラが頷いた。
「街も見てたからな」
「昼はどうします?」
カインが周囲の店へ目を向ける。
「リイス食いたい」
俺が即答すると、テラが笑った。
「またか」
「本場だぞ。ここまで来たら地元の食い方も見たいだろ」
「まあ、それは分かる」
カインも頷く。
「グランザとは違う料理があるかもしれませんね」
アクセルはすでに食堂の並ぶ方を見ていた。
「肉もあるならいい」
「お前はそこだよな」
⸻
噴水広場の近くまで戻る。
食堂が並ぶ通りを歩いていると、一軒の店先に大きな絵入りの札が出ていた。
焼かれた鳥。
腹の部分には、何かがぎっしり詰められている。
「……これ」
俺は足を止めた。
札の文字を読む。
ピロピロ鳥のリイス詰め。
「リイス詰めか」
テラも札を見る。
「これにしよう」
「決めるの早いな」
「絶対うまいやつだろ」
鳥の中にリイス。
似た料理を、昔見たことがある。
「入るぞ」
俺は店の扉を開けた。
⸻
しばらくして運ばれてきたのは、こんがりと焼き色のついたピロピロ鳥だった。
切り分けられた肉の横には、腹へ詰めて焼かれたリイスが盛られている。肉汁を吸った細長い粒の間には、刻んだ野菜や香草も混ざっていた。
「うわ、うまそう」
香りだけで分かる。
アクセルはすでに食べ始めていた。
「どうだ?」
「うまい」
「早いな」
俺もリイスを一口食べる。
「……あ、これいいな」
肉の脂と旨味をしっかり吸っている。
それでもリイス自体に粘りが少ないから、べたっとしない。一粒ずつに味が入っていた。
鳥の肉も一緒に口へ運ぶ。
「うま」
思わずもう一口。
「こうやって使うのか」
テラも食べながらリイスを見る。
「普通に炊くのとは全然違うな」
「ああ。こういう料理、かなり合うな」
グランザで食べた時とも違う。
本場へ来れば、食べ方も変わる。
カインが皿を見ながら尋ねた。
「グランザで買ったリイスでも作れそうですか?」
「たぶんな。鳥が違っても、肉の旨味を吸わせれば近い感じにはできそうだ」
テラが俺を見る。
「作る気か?」
「そのうち試してみたい」
作れるかは分からない。
でも、これは覚えておきたい。
アクセルが空きかけた自分の皿を見る。
「もう一つ頼むか」
「まだ食うのか?」
「ああ」
「お前、リイスより鳥が目当てだろ」
「ああ」
そこは迷わず認めた。
⸻
昼食を終え、川音亭へ戻る。
詳しい人が戻るのは明後日。
午後は、次の移動へ向けて荷物を整理することにした。
部屋へ戻ると、俺は無限収納を開く。
「まず、これ出しとくか」
保冷庫を取り出し、壁際へ置いた。
テラが振り返る。
「久しぶりに見たな」
「ああ。持ってきてるのに、全然出してなかった」
宿を転々としていたし、ここまでは列車移動も多かった。
必要な物をその都度取り出せば済んでいたが、これから先は徒歩になる場所もある。
野営も増えるかもしれない。
「傷みやすいのは、こっちにまとめとく」
肉や果物、使いかけの食材。
冷やしておきたいものを保冷庫へ移していく。
その横で、ノアが中を覗き込んだ。
「空きはあるな」
「あるけど?」
「少し使う」
ノアが果物を一つ手に取る。
「何するんだ?」
「試したい」
その答えで分かった。
「……シャーベット、まだ続けてたのか」
「ああ」
即答だった。
「好きに使っていいけど、他の食材まで巻き込むなよ」
「分かってる」
ノアは淡々と答える。
これはまだ続くらしい。
⸻
次に、これから使いそうな装備を確認する。
冷気の出る外套。
耐熱の靴。
水容器。
冷却用の水筒。
手袋。
布。
耐熱用の敷物。
冷風扇。
結界具を固定するための台。
そして、ここちゃんとむぎ用の背負い籠。
「これも一回見とこう」
床へ二つ並べる。
ここちゃん用は大きめ。
むぎ用は、それよりずっと小さい。
側面はアミ状になっていて、中の様子も見える。小型の冷風扇も、それぞれ一台ずつ用意してある。
「暑さは、これでかなりマシになると思うんだけどな」
俺は冷風扇を籠のそばへ置いてみる。
風を入れる。
それ自体はいい。
でも。
「……これ、側面のアミから冷気逃げるよな」
テラが籠を見る。
「まあ、抜けるだろうな」
「でも塞いだら駄目だよな。風通らなくなるし」
「ああ」
暑さ対策のために冷風扇を付けるのに、籠の中へ熱がこもったら意味がない。
かといって、今のままだと冷えた空気はどんどん外へ逃げる。
「この辺、どうにかならないかな」
「俺たちで考えるより、職人に聞いた方が早そうだな」
テラの言葉に頷く。
「だな」
ここはドワーフの大陸だ。
籠そのものを見せれば、何かいい方法を考えてくれるかもしれない。
そのまま中を見ていて、もう一つ気づく。
「……あと水か」
「水?」
テラがこちらを見る。
「これから徒歩になる場所もあるだろ」
「ああ」
「歩いてる途中でも、自分で飲めた方がいいよな」
今までは、休憩するたび皿へ水を入れて飲ませていた。
宿や野営地ならそれでいい。
でも、暑い場所を歩く間まで、毎回好きな時に止まれるとは限らない。
カインも籠を覗き込む。
「皿を中に置くのは難しいですね。揺れますし」
「だよな」
俺のいた世界には、こういう時に使えるものがあった。
「水を入れる容器から細い筒を出して、その先に小さい金属の球を入れるんだ」
テラが眉を上げる。
「球?」
「普段は球が栓になる。ここちゃんとかむぎが舐めて押すと少し動いて、その時だけ水が出る」
テラが少し考える。
「……それなら作れそうだな」
「だろ?」
カインも頷いた。
「金属加工なら、この街で相談するのがよさそうですね」
「ああ」
魔導具ですらない。
細かい加工さえできれば、作れるはずだ。
俺は小型冷風扇も手に取った。
「これも一緒に持っていこう」
「固定するのか?」
テラが尋ねる。
「できればな。ただ、専用の金具にするかどうかも職人に聞いた方がいいか」
「その方がいいだろうな」
冷気をできるだけ逃がさず、それでもちゃんと空気は通す。
冷風扇を安全に取り付ける。
移動中でも水を飲めるようにする。
考えてみれば、直したいところは結構ある。
「明日、工房探すか」
俺が言うと、カインが頷いた。
「ギルドで聞けば、こういう加工が得意な職人も教えてもらえそうですね」
「じゃあそれでいこう」
きゅる。
近くにいたここちゃんが、床に置いた籠へ鼻を近づける。
むぎも自分用の小さな籠のそばをちょこちょこ動いていた。
キュ。
「お前らが使うんだからな」
ここちゃんの頭を撫でる。
これから先、どんな道になるかはまだ分からない。
だからこそ。
準備できるところは、今のうちにしておきたい。




