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北部行き


 翌朝。


 まだ外が明るくなり始めたばかりの頃、目を覚ました。


 ここちゃんは俺の寝台の上で丸くなっている。


 きゅる。


「おはよう」


 頭を撫でると、白い耳がゆっくり動いた。


 むぎも寝床の中で動き始める。


 キュ。


 今日はボルカニアを出る日だ。


 ヴァルカン行きの列車は朝に出て、着くのは夜になる。


 いつもより少し早めに二匹の食事と水を用意し、俺たちも出発の準備を始めた。


「荷物、大丈夫か?」


 テラが寝室を見回す。


「大丈夫です。昨日のうちにほとんど片づけてあります」


 カインが自分の荷物を確認する。


 寝台の周りにも、居間にも忘れ物はない。


 ここちゃんとむぎの敷物や食器も最後に片づけた。


 ピー。


 居間の魔導配達箱から音が鳴る。


「朝飯だな」


 テラが扉を開ける。


 盆に載せられた朝食と一緒に、今日の昼用に頼んでおいた包みも入っていた。


「これで列車の中でも困りませんね」


 カインが包みを確認する。


「ああ」


 朝食を済ませ、使った食器を盆へ戻す。


 最後に魔導配達箱へ入れ、ボタンを押した。


 ゴトゴトと音を立てながら、盆が厨房へ下りていく。


「これとも今日でお別れか」


 テラが扉を見る。


「便利だったな」


「ああ」


 四日も使えば、すっかり慣れてしまった。


 次にボルカニアへ来ることがあれば、またここに泊まってもいい。


⸻


 受付で鍵を返す。


「世話になった」


「また来いよ」


「ああ」


 俺はここちゃんを抱き上げる。


 むぎは胸元へ。


 きゅる。


 キュ。


 金剛炉の館を出て、駅へ向かう。


 そう遠くはない。


 俺の感覚なら、十分ほど歩くくらいだろうか。


「時間は大丈夫です」


 カインが言う。


「でも、早めに行こう」


 今日の列車を逃せば、次がいつになるか分からない。


 北部線はグランザとの間を走る列車ほど本数が多くない。


 朝のボルカニアを歩いているうちに、大きな駅舎が見えてきた。


⸻


 北部方面のホームへ向かい、切符を確認してもらう。


 停まっていた列車は、グランザから乗ってきたものとは少し雰囲気が違った。


 旅客用の車両は前方に数両。


 その後ろへ、貨物を積むための車両が長く続いている。


「本当に貨物が多いな」


 テラが列車の後ろを見る。


「北部へ送る荷物も多いんでしょうね」


 カインが答える。


 ホームでは、木箱や大きな袋、樽が次々と貨車へ積み込まれていた。


「乗ろう」


 案内に従って客車へ入る。


 グランザから乗った列車より、車内は少し簡素だった。


 向かい合わせの座席に小さな卓。荷物を置く棚もある。


 長時間乗るには十分だ。


 全員がまとまって座れる場所を選ぶ。


 俺はここちゃんを膝へ乗せた。


 むぎは胸元にいるまま。


「夜までこれか」


 アクセルが座席へ腰を下ろす。


「長いぞ」


「分かってる」


「昼飯もあるからな」


「それも分かってる」


 どうやら、その心配だけは必要ないらしい。


⸻


 向かいの少し離れた席には、大きな荷物を足元へ置いたドワーフの男が座っていた。


 列車が動き出す前に、カインがそちらへ声をかける。


「すみません。ヴァルカンまで、途中で何度か停まるんでしょうか?」


「ああ」


 男が頷く。


「大きいところならベルカとガルドンだな」


「ベルカとガルドン」


「ベルカは小さい。周りの農村から荷を集める駅だ。積み下ろしが済めば、わりとすぐ出る」


「ガルドンは?」


「そっちは貨物駅がでかい。鉱石を降ろすから、ベルカより長く停まることが多いな」


 男は少し笑った。


「腹が減ってたら、ガルドンで何か買うといい。列車が来る時間には屋台が出てる」


「屋台」


 アクセルが反応した。


 そこだけ聞いていたらしい。


「肉はあるのか?」


「串肉なら大抵ある」


「そうか」


 アクセルが満足そうに頷く。


「ありがとうございます」


 カインが礼を言う。


「初めて北へ行くのか?」


「ああ」


 俺が答える。


「なら景色も見とくといい。ヴァルカンへ近づくほど水が増えるぞ」


 列車に乗る前より、少しだけ道中の様子が分かった。


⸻


 やがて扉が閉まり、列車がゆっくり動き始めた。


 窓の外へボルカニアの街並みが流れていく。


 高い煙突。


 工房の屋根。


 大きな建物。


 四日間過ごした、大陸中央の街だ。


「また来ることあるかな」


 テラが窓の外を見る。


「あるんじゃないか?」


「何で?」


「ここ、大陸の真ん中だぞ。移動してたら通るだろ」


「それもそうだな」


 街並みは少しずつ遠ざかり、やがて広い平地へ変わった。


 北へ向かう、長い一日が始まる。


⸻


 午前中。


 ボルカニアの周囲に広がっていた工房や倉庫が減り、代わりに畑や林、小さな集落が増えていった。


 線路の脇には水を引くための溝も見える。


「北は水が多いって聞いてたけど」


 窓の外を見る。


「まだ中央部に近いですからね」


 カインが答える。


「もう少し先からじゃないか?」


 テラは持ってきた本を開いていたが、時々窓の外へ視線を向けている。


「平気か?」


「ああ。今のところは」


 乗り物酔いを少し心配していたが、顔色は悪くない。


 ここちゃんも最初は音が変わるたび耳を動かしていたが、しばらくすると俺の膝の上で落ち着いた。


 きゅる。


 胸元のむぎも静かだ。


 キュ。


⸻


 昼前。


 列車の速度が落ちた。


 窓の外へ、低い建物が並ぶ小さな駅が見えてくる。


「ここがベルカか」


 テラが窓の外を見る。


 ホームは短く、旅客の姿も少ない。


 その代わり、木材や穀物の袋、野菜を積んだ箱がいくつも並んでいた。


 列車が止まると、すぐに貨車の方から荷物を動かす音が聞こえ始める。


「さっき聞いた通りですね」


 カインが言う。


 窓の外では、農作物の箱が次々と貨車へ積まれている。


 反対に降ろされているのは、工具や布、日用品らしい荷物。


「周りの集落へ運ぶ物なんだろうな」


「ああ」


 ここで採れた物を積み。


 ボルカニアから必要な物を降ろす。


 北部路線が、旅客だけのために走っているわけではないことがよく分かる。


「降りる?」


 アクセルが尋ねる。


「すぐ出るって聞いただろ」


「肉の匂いもしない」


「なら座ってろ」


 しばらくして笛が鳴り、列車はまた動き出した。


「本当に早かったな」


 テラが言う。


「ああ」


 ベルカの小さな駅が、窓の外へ流れていった。


⸻


 昼を少し過ぎた頃。


 金剛炉の館で用意してもらった包みを卓へ並べる。


「昼にするか」


「ああ」


 中には、パンに肉や野菜を挟んだもの。焼き菓子と、食べやすく切られた果物も入っていた。


「列車でも食べやすいですね」


 カインが言う。


「ああ。頼んどいて正解だったな」


 ここちゃんには葉野菜を少し。


 むぎにも胸元から顔を出させ、いつもの餌を渡す。


 二匹とも朝より列車の揺れへ慣れたらしく、落ち着いて食べていた。


 食べ終わったここちゃんの頭を撫でる。


 きゅる。


「まだ長いぞ」


 むぎも胸元へ戻り、中で向きを変えた。


 キュ。


⸻


 昼食を終えてしばらくすると、景色が少しずつ変わってきた。


 遠くには低い山。


 線路の横には岩の多い斜面。


 川を目にすることも増えた。


「水、多くなってきたな」


 テラが本を閉じる。


「ああ」


 畑の間にも水路が走っている。


 その近くには、見慣れない作物が広く植えられていた。


「リイスでしょうか」


 カインが窓の外を見る。


「かもしれないな」


 グランザで食べた、米に似た穀物。


 ヴァルカン周辺が産地だと聞いている。


 まだ遠くからでははっきり分からないが、水田のように見える場所も増えていた。


 北部へ近づいている。


 景色からも、それが分かるようになってきた。


⸻


 夕方が近づく頃。


 線路の脇に、黒い岩や大きな倉庫が現れ始めた。


 鉱石を積んだ荷車。


 採掘道具。


 行き交う鉱夫らしい人たち。


「そろそろガルドンかな」


 俺が窓の外を見る。


 向かいにいたドワーフの男も荷物を確認し始めていた。


「ああ。もうすぐだ」


 やがて列車は、大きな貨物駅へ入っていった。


「ベルカとは全然違いますね」


 カインが外を見る。


「ああ」


 何本もの線路が並び、積み上げられた鉱石があちこちに見える。


 そして。


 ホームの端には、いくつもの屋台。


「肉だ」


 アクセルが言う。


「覚えてたのか」


「ああ」


 串肉。


 焼いた芋。


 パン。


 チーズ。


 熱い茶。


 列車が来る時間に合わせて店を出しているらしい。


「停車時間、確認してからな」


「ああ」


 扉が開く。


 カインが近くの乗務員へ尋ねる。


「今日は荷物が多いので、しばらく停まるそうです」


「なら降りても大丈夫だな」


 俺たちはホームへ出た。


⸻


 アクセルは迷わず串肉の屋台へ向かった。


「何本買うんだ?」


 テラが尋ねる。


「全員分」


「珍しくまともだな」


「俺の分は多め」


「やっぱりか」


 店主が焼けた串を紙へ包んでいく。


 俺たちも夕食にできそうな物を選んだ。


 焼いた芋。


 パン。


 チーズ。


 熱い茶。


 鉱夫たちも同じ屋台へ集まり、列車の乗務員らしい人も飲み物を受け取っている。


「列車が来るたびに賑わうんだろうな」


 テラが周囲を見る。


「これだけ人が降りるなら、いい商売になりそうですね」


 カインが言う。


 アクセルはもう串肉を一本食べていた。


「車内で食うんじゃなかったのか?」


「一本だけ」


「もう食ってるだろ」


「ああ」


 否定はしない。


 笛が鳴る前に、俺たちは車内へ戻った。


⸻


 買った物を卓へ並べる。


 まだ温かい串肉に、焼いた芋、パン、チーズ。


 豪華ではないが、長い列車旅の夕食には十分だった。


 ここちゃんとむぎにも食事と水を用意する。


 きゅる。


 キュ。


 窓の外では、鉱石を積んだ箱が次々と貨車から降ろされている。


 反対に、空いた貨車へ道具や木材が積まれていた。


「ベルカとは運んでる物が全然違うな」


 テラが言う。


「ああ」


 同じ北部路線でも、停まる場所ごとに役割が違う。


 食べ終わる頃、長い笛が鳴った。


 列車が再び動き出し、ガルドンの灯りがゆっくり遠ざかっていった。


⸻


 外はもう暗い。


 窓へ映るのは車内の灯りと、時々通り過ぎる集落の明かりだけ。


 ここちゃんは俺の膝で身体を伏せていた。


 きゅる。


「もう少しだぞ」


 頭を撫でる。


 むぎも胸元でほとんど動かなくなっている。


 長い移動で疲れたのだろう。


 テラは目を閉じ、カインも静かに座っていた。


 ノアは窓の外を見ている。


 アクセルだけは、残していた串肉を食べていた。


「まだあったのか」


「ああ」


「お前、結構食っただろ」


「ああ」


 そこも否定しない。


⸻


 さらにしばらく進むと、列車の速度が少しずつ落ちてきた。


 窓の外に、多くの灯りが見える。


 川を渡る。


 その先へ、大きな街が広がっていた。


「ヴァルカンか」


 テラが目を開ける。


「ああ」


 朝にボルカニアを出て。


 ベルカを通り。


 ガルドンで夕食を買い。


 ようやく北部の主要都市へ着く。


 列車が大きな音を立てながら駅へ入っていった。


 ホームには、夜だというのに多くの人がいる。


 俺はここちゃんを抱き上げる。


 胸元では、むぎが外の空気へ鼻を動かした。


 キュ。


 扉が開く。


 湿り気を含んだ夜の空気が、車内へ流れ込んできた。


 ボルカニアとは明らかに違う。


 水の匂い。


 北部の中心。


 水と農業の街。


 ヴァルカンへ到着した。

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