古い記録
翌朝。
朝食が届く前に、ここちゃんとむぎの食事と水を済ませる。
きゅる。
キュ。
しばらくすると、魔導配達箱から音が鳴った。
ピー。
「朝飯だな」
テラが立ち上がり、扉を開ける。
中から盆を取り出し、大きな卓へ運んだ。
全員で朝食を取りながら、今日の予定を確認する。
「今日は古い記録だったな」
テラが言う。
「ああ。ゴルドラに教えてもらったところ」
「場所は分かっています」
カインが紙を確認する。
「ここからなら、それほど遠くありません」
ヴァルカン行きまでは、あと二日。
古い地図の印が北部に当たりそうだというところまでは分かった。
今日は、その北部が昔どうなっていたのかを少し見ておきたい。
食事を終え、使った食器を盆へ戻す。
配達箱から厨房へ返してから、出かける準備をした。
ここちゃんを抱き上げる。
むぎは胸元へ。
「行こう」
⸻
金剛炉の館を出て、大通りを歩く。
カインが道順を確認し、テラが周囲の案内板を見る。
俺は二匹を連れて、そのあとを歩いた。
「こっちですね」
カインが一つ先の通りを示す。
「思ったより近いな」
しばらく進むと、大きな石造りの建物が見えてきた。
中へ入ると、壁際には本や綴じられた記録、それに何本もの地図が並んでいる。
「かなりあるな」
テラが見回す。
「まず受付で聞きましょう」
カインが先に向かった。
「ゴルドラさんから、古い地図や記録を見られると聞いて来ました」
「ゴルドラから?」
受付にいた年配のドワーフが顔を上げる。
「ああ。昨日、話は聞いてる」
「北部の古い地図や、街の記録を見たいんです」
「年代は?」
「分からない」
俺が答える。
「かなり古い図と比べてるんだけど、まず昔の北部にどんな街があったのか知りたい」
「なるほどな」
男が立ち上がる。
「なら、地図と地域記録を見た方が早い。こっちだ」
⸻
案内されたのは、奥の閲覧用の部屋だった。
大きな卓が並び、壁際にも資料棚がある。
「古い物はこっちで出す。勝手に棚から抜くなよ」
「分かった」
テラが頷く。
男が何本かの地図と、古い記録を持ってきた。
最初に広げられたのは、今よりかなり古いドワーフ大陸の地図だった。
街の数は少ない。
道も今ほど細かくない。
「北はこの辺だな」
テラが地図を見る。
ヴァルカンの名前がある。
「ヴァルカンは、この頃からあるんですね」
カインが言う。
「ああ」
管理人が答える。
「北部じゃ古い街だ」
さらに前の時代の記録を見る。
ヴァルカンの名前は、そこにも残っていた。
ただ、その周囲にある地名は今とかなり違う。
「この辺はもうないのか?」
テラがいくつかの名前を指す。
「ないな」
「名前が変わった?」
「そういう所もあるし、街そのものがなくなった所もある」
古い地図と、現在の地図を並べて見比べる。
北部にあった街や集落の多くは、今の地図には見当たらない。
「残ってる名前、少ないですね」
カインが言う。
「ああ」
管理人が別の記録を開いた。
「北部で昔から今まで大きく名前が残ってるのは、まずヴァルカンだな」
「もう一つある」
テラが少し北西を指す。
「マハル」
「ああ。そこも古い」
今の地図にもある。
ヴァルカンから北西の山側。
ゴルドラから聞いた、小さな街だ。
「この二つか」
俺が呟く。
ヴァルカン。
マハル。
ほかにも昔は街や集落があった。
だが、今まで名前が残っているのは、この二つが目立つ。
⸻
「なら、順番としては決まりそうだな」
テラが二枚の地図を見る。
「まずヴァルカン」
「北部の中心ですしね」
カインが頷く。
「そこで昔の土地や、なくなった街について聞いてみるのが一番だと思います」
「ああ」
俺も同意する。
いきなり山側の小さな街へ向かうより、まずヴァルカン。
人も情報も集まりやすい。
そこで何か分かれば、その情報を元に動けばいい。
「それで何もなかったら?」
アクセルが尋ねる。
テラが地図の北西を見る。
「次はマハルだろうな」
「古くから残ってる街がそこなら、その辺りの昔の話も残ってるかもしれません」
カインが言う。
「そうだな」
マハルに古い地図の印があると決まったわけではない。
ただ、北部で次に調べる候補としては自然だ。
「それに」
俺はマハルの名前を見る。
「湯が出るんだよな」
テラがこっちを見る。
「そこ?」
「いや、大事だろ」
「何がだ」
「地中から湯が出るんだぞ」
ゴルドラは、浸かるための場所もあると言っていた。
「それって温泉かもしれないよな」
「おんせん?」
アクセルが聞き返す。
「俺のいた世界にあったんだよ。地面から湧いた温かい湯に浸かる場所」
「風呂みたいなものですか?」
カインが尋ねる。
「ああ。でも、普通に沸かした湯とはちょっと違う」
説明しながら、少し期待が膨らむ。
この世界へ来てから、身体を洗うことはあっても、湯にゆっくり浸かる機会はほとんどなかった。
「行きたいのか?」
テラが尋ねる。
「調査もする」
「も?」
「温泉にも入りたい」
テラが小さく笑った。
「目的が増えてるぞ」
「別にいいだろ」
手がかりがなければマハルへ行く。
その理由はちゃんとある。
そこに温泉らしきものまであるなら。
行って困ることはない。
⸻
そのあとも、北部の古い記録をいくつか見せてもらった。
ヴァルカンは昔から北部の中心として残っている。
マハルも山側の小さな街として古い記録に名前がある。
それ以外の地名は、今では消えていたり、名前が変わっていたりして、現在の地図と簡単には結びつけられなかった。
「十分ですね」
カインが記録を閉じる。
「ああ」
テラも頷く。
「まずヴァルカン。そこで分からなければマハル」
「それでいいと思う」
今の段階で無理に絞る必要はない。
北部へ行く。
ヴァルカンで話を聞く。
その次の候補がマハル。
昨日よりも、進む順番がはっきりした。
「ありがとうございました」
カインが管理人へ頭を下げる。
「助かった」
俺たちも礼を言って、建物を出た。
⸻
外へ出ると、もう昼が近かった。
俺はここちゃんを抱き直す。
きゅる。
むぎも胸元で動く。
キュ。
「昼、どうする?」
テラが尋ねる。
「この辺で食べよう」
「そのあとは?」
「今日はもうゆっくりでもいいんじゃないか?」
ヴァルカン行きまで、あと二日。
向かう先も。
その次に調べる候補も。
少しずつ決まってきた。
まずはヴァルカン。
そこで手がかりがなければ、マハル。
そして。
マハルまで行くなら。
温泉らしき湯にも、ぜひ入りたい。




