静かな坑道
坑道の入口の前に立つ。
近づくほど、音がない。
普通なら。
鉱山には音がある。
鉄を打つ音。
怒鳴り声。
荷車の軋み。
何もない。
「……休山日、とかじゃないよな」
俺が言うと、アクセルがゆっくり首を横に振る。
「王都の基幹だ。止めん」
ノアがしゃがみ込み、地面を指でなぞる。
「踏圧は新しい」
「人は、ここまで来ている」
「来ている、って……」
俺は周囲を見る。
風だけが吹き抜ける。
⸻
坑道へ入る。
光が一気に落ちる。
ひんやりした空気。
湿った石の匂い。
足音が響く。
三人分。
やけに大きい。
「広いな……」
俺の声も、少し反響する。
「大型魔物も通れる」
アクセルが低く言う。
ノアは壁の灯りを見上げる。
「いくつか消えている」
「急に止まった形跡だ」
工具が置かれたまま。
荷車もそのまま。
争った跡は、ない。
静かすぎる。
⸻
角を曲がった瞬間。
俺は足を止めた。
「……おい」
壁際。
人影。
いや。
人、だったもの。
鉱山夫の服。
片手を上げた姿勢のまま。
灰色。
石。
「……え」
喉が乾く。
「石像……?」
アクセルが一歩前に出る。
目を細める。
「石化だ」
低い声。
ノアが少し距離を保ったまま観察する。
「急激な硬化」
「逃走姿勢で固定されている」
鉱山夫の顔は、恐怖のまま止まっている。
視線は――
坑道の奥。
⸻
アクセルが小さく言う。
「コカトリスの可能性が高い」
「石化系魔物」
俺は眉をひそめる。
「コカトリスって……あれか? 鶏に蛇の……?」
言いながら、自分でも曖昧だと分かる。
ノアが淡々と補足する。
「視線による石化」
「単体でも危険」
「目を合わせるな」
アクセルが続ける。
「一瞬で終わる」
軽く言うな。
⸻
むぎが胸ポケットの中で、小さく動く。
キュ。
震えている。
俺はそっと胸を押さえる。
「……何か、いるか?」
むぎはもう一度鳴く。
短い。
だが、確かだ。
ここちゃんが腕の中で、きゅる、と鳴く。
不思議と、呼吸が整う。
⸻
アクセルが前に出る。
「視線は下」
「壁か足元を見ろ」
ノアが静かに言う。
「臭いが薄い」
「単体とは限らない」
やめろ。
坑道の奥は暗い。
静まり返っている。
石になった鉱山夫。
恐怖のまま、止まった時間。
王都近郊。
そのすぐ下で。
最初の違和感は、形になった。
だが。
奥は、まだ何も見せていない。
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