鉱山入口
翌朝。
ここちゃんを腕に抱き、むぎを胸元に入れて、俺たちは王都冒険者ギルドへ向かった。
昨日の王命で言われた通り、鉱山へ行く前に詳しい話を聞くためだ。
ギルドへ入ると、何人かの視線がこちらへ向いた。
「白兎の庭だ」
「昨日、王命が出たって」
小さな声が聞こえる。
昨日までなら、その名前を聞いてもサイファの冗談を思い出していた。
今はもう、俺たちの正式な名前だ。
とはいえ、まだ慣れない。
「……話、早いな」
俺が小さく言うと、アクセルが短く返した。
「王都だからな」
「またそれで済ませるのか」
「ああ」
便利な言葉だ。
ノアは特に気にした様子もなく、そのまま受付の方へ歩いている。
俺もここちゃんを抱き直して後に続いた。
受付へ着く前に、奥から声がかかる。
「来たな」
レオンハルトだった。
「昨日の件だ。出る前に追加で伝えておくことがある」
「お願いします」
俺たちはそのまま奥へ案内された。
⸻
机の上に、鉱山の資料が広げられる。
レオンハルトが一枚を指した。
「まず、鉱山内部は三層に分かれている」
「三層?」
「ああ。坑道自体も広い。大型の魔物が入れる程度にはな」
昨日は、人が消えていることしか聞いていなかった。
今日は、その中がどんな場所なのかという話らしい。
レオンハルトが別の箇所へ指を動かす。
「地盤については、今のところ問題は確認されていない」
「じゃあ、崩落の可能性は?」
「低いと見ている」
鉱山で人が消えた。
最初に思い浮かぶのは、やっぱり事故だ。
でも、少なくとも地盤そのものに大きな問題は見つかっていないらしい。
「魔力の方は?」
ノアが聞いた。
「確認できている範囲では、内部の魔力濃度にも目立った異常値はない」
ノアが少し黙る。
「地盤に今のところ大きな問題は確認されていない。確認できている範囲では、魔力濃度にも目立った異常はない」
「ああ」
「それでも人が消えている」
「そういうことだ」
俺も机の上を見る。
原因を探るための話を聞いているはずなのに、今のところ原因につながる手がかりは見えてこない。
「鉱山の作業は、今も止まってるんですか?」
「ああ」
レオンハルトが頷く。
「鉱山夫の未帰還が異常だと判断された時点で、通常の採掘は止めている。少なくともCランクのパーティを入れた時には、鉱山夫は作業していない」
「そのCランクが、最初の調査ですか?」
「ああ。原因を調べるために入れた」
そして、戻らなかった。
昨日聞いた話が頭の中で繋がる。
「それでBランクを?」
「追加で入れた。Cランクの連中の確認と、原因調査のためにな」
「その人たちとも連絡が切れた」
「ああ」
鉱山夫が戻らない。
採掘を止める。
原因を調べに入ったCランクも戻らない。
その確認と追加調査へ向かったBランクとも連絡が途絶える。
地盤については、今のところ問題は確認されていない。
確認できている範囲では、魔力濃度にも目立った異常はない。
今のところ、原因につながるような情報は見えてこない。
「……分からないですね」
「ああ」
レオンハルトの返事は短かった。
ノアが資料から顔を上げる。
「今ある情報だけでは、原因は絞れない」
「やっぱり?」
「現場を見るしかない」
アクセルも頷いた。
「ああ」
結局、そこへ戻るらしい。
俺も異論はなかった。
分からないなら、見てから考えるしかない。
⸻
話を聞き終え、俺たちはギルドを出た。
王都を出て北へ向かう。
ここちゃんは変わらず俺の腕の中。
むぎも胸元にいる。
朝から聞いた情報を頭の中で整理してみる。
三層の鉱山。
大型の魔物も通れる広い坑道。
地盤については、今のところ問題は確認されていない。
確認できている範囲では、魔力濃度にも目立った異常はない。
採掘はすでに止められていて、その後に入ったCランクとBランクのパーティまで戻っていない。
それだけ分かっていて、原因は分からない。
(現場を見るしかない、か)
二人とも、現場を見るしかないという結論らしい。
俺にできるのは、見えるものをちゃんと見ること。
昨日考えたことと、結局は変わらない。
分からないものを、分かったふりはしない。
その場で必要なことを考える。
今はそれでいい。
⸻
半日後。
進んだ先に、山肌を大きく削るような坑口が見えてきた。
「……あれか」
近づくほど、その大きさが分かる。
人が出入りするためだけの穴とは思えないくらい広い。
レオンハルトが言っていた、大型の魔物も通れるという話を思い出す。
音はない。
採掘作業は止められている。
だから静かなこと自体は、おかしくない。
それでも。
ひと月ほど前から人が戻らず、その原因を調べに入った冒険者まで帰ってこない場所だと思うと、同じ静けさでも感じ方が変わる。
人影も見えない。
煙も上がっていない。
「……ここか」
俺が言う。
「ああ」
アクセルが坑口の方を見る。
ノアも周囲へ視線を動かした。
坑道の奥から、冷たい風が流れてくる。
ここちゃんは俺の腕の中。
むぎも胸元にいる。
二匹とも、ただいつも通りそこにいる。




