王命
登録を終えて宿に戻った、その翌日。
昼を過ぎた頃だった。
部屋で地図を眺めていると、扉が三度、控えめに叩かれる。
コン、コン、コン。
宿の主人の声が、少しだけ緊張している。
「王宮から、使者様が……」
部屋の空気が変わる。
アクセルが椅子からゆっくり立ち上がる。
ノアは無言で視線を扉へ向ける。
俺は、封書を受け取る前から分かっていた。
軽い話じゃない。
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入ってきたのは、以前の使者とは違う男だった。
鎧ではない。
深い紺の外套。
胸元に王家の紋章。
「白兎の庭」
正式名称で呼ばれる。
少しだけ、現実味が増す。
「王命として、依頼を通達する」
声は抑えられているが、重い。
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封書が開かれる。
「王都近郊、北方鉱山にて失踪事件発生」
「ひと月前より、鉱山夫が帰還せず」
地図が広げられる。
王都から北へ、半日ほど。
近い。
近すぎる。
「当初、Cランク冒険者パーティーを派遣」
「……消息不明」
一拍。
「続いてBランクパーティーを派遣」
「連絡、途絶」
部屋が静まる。
ここちゃんが、俺の膝の上で小さく動く。
きゅる。
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使者が続ける。
「王都近郊の鉱山は、王国の基幹資源を担う」
「放置はできない」
声の奥に、焦りがある。
「指名の理由は明確だ。」
視線がアクセルへ向く。
「Sランク冒険者が二名所属」
ノアは視線を逸らさない。
「迅速な解決を望む」
短い。
だが、願いではない。
命だ。
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使者が封書を閉じる。
「明朝、出立を」
「詳細は王都ギルドが支援する」
それだけ言って、静かに一礼する。
去る。
扉が閉まる。
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沈黙。
王命、か。
俺は地図を見つめる。
王都から半日。
Cランクが消え、Bランクも消えた場所。
「……近いな」
思わず口に出る。
アクセルが腕を組む。
「だからこそ、急ぐ」
怒りではない。
責任感だ。
ノアが静かに言う。
「消失の速度が早い」
「通常の魔物被害なら痕跡が残る」
理屈は冷静だが、声は少しだけ低い。
俺は息を吐く。
巻き込まれて王都へ来た。
事情聴取だけのはずだった。
だが今は違う。
白兎の庭として、指名された。
逃げ道はない。
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ここちゃんが、きゅる、と鳴く。
不思議と、部屋の空気が緩む。
むぎが胸ポケットで小さく動く。
キュ。
俺は立ち上がる。
「……やるしかないな」
ぼやきではない。
決めた声だ。
アクセルがうなずく。
「当然だ」
ノアも静かに続ける。
「調査は迅速に行う」
理屈の顔。
だが、恐れは一切ない。
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窓の外で、鐘が鳴る。
王都の夕刻。
人の声が遠くに広がる。
そのすぐ外で、鉱山が沈んでいる。
王命。
白兎の庭、初の本格依頼。
王都の鐘の音が、やけに重く響いた。
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