白兎の庭、王都登録
王都二日目。
俺たちは王都冒険者ギルドへ来ていた。
ここちゃんは腕の中。むぎはいつもの胸元にいる。
建物の前に立った時点で、まず大きいと思った。
中へ入ると、それだけじゃない。
受付がいくつも並んでいて、その前を人が絶えず行き来している。依頼を確認している冒険者もいれば、受付で話し込んでいる者もいる。
サイファのギルドだって朝はそれなりに賑やかだった。
でも、こっちは単純に人の数が違う。
「……やっぱり何でもでかいな」
思わず呟く。
アクセルが周囲を見る。
「王都だからな」
「それで済ませるの便利だな」
「ああ」
「認めるのかよ」
アクセルは気にした様子もない。
ノアも何も言わず、ギルドの中を見ている。
昨日、街へ入った時もそうだった。
俺とは目を向けるところが違うのかもしれない。
ただ、何を見ているのかまでは分からない。
俺はここちゃんを抱き直しながら、受付の方へ目を向けた。
「とりあえず、行くか」
「ああ」
歩き出そうとしたところで、奥から一人の男がこちらへ向かってきた。
長身。
顔には傷があり、歩き方にも妙な迷いがない。
急いでいるわけでもないのに、まっすぐこっちへ来るので自然と目に入った。
男の視線がアクセルで止まる。
「瞬狼」
アクセルも男を見る。
「レオンハルト」
「久しいな」
「ああ」
それだけ。
久しぶりに会ったらしいのに、ずいぶん短い。
でも、アクセルが名前をすぐに返したところを見ると、知らない相手ではないらしい。
(顔見知りなのか)
それ以上は分からない。
アクセルも説明する気はなさそうだった。
男――レオンハルトが、今度は俺とノアへ目を向けた。
「王都冒険者ギルドのギルドマスター、レオンハルトだ」
「レインです」
「ノア」
レオンハルトが軽く頷く。
それから、俺の腕の中にいるここちゃんへ一度だけ視線を落とした。
ここちゃんは気にした様子もなく、鼻をひくひくさせている。
「サイファの件は聞いている」
レオンハルトが言った。
「異常転移と、サイファ近郊に現れた迷宮の件だ」
「はい」
「お前たち三人が現場にいたこともな」
レオンハルトの視線が俺、アクセル、ノアと順に動く。
少し間を置いてから、口を開いた。
「一つ確認する。パーティ登録は?」
「してません」
俺とアクセルは、一緒に行動している。
ノアも今は同行している。
でも、それだけだ。
正式に三人で何かを組んだわけじゃない。
「そうか」
レオンハルトが頷く。
「今のお前たちは、登録上は別々だ」
「ああ」
アクセルが答える。
「今回の件を扱うなら、責任の所在は明確にしておきたい。パーティとして登録しておけ」
「……登録ですか?」
「そうだ」
予想していなかった言葉に、すぐ返事が出なかった。
事情を聞かれるために王都まで来た。
その途中で三人一緒に動いてはいたけど、ここへ来て正式なパーティを作ることになるとは考えていなかった。
それに。
「あ」
サイファで受付に聞いた時のことを思い出す。
あの時は、俺がFランク。
アクセルはSランク。
ランクが離れすぎているから、正式なパーティとしては登録できないと言われた。
今は俺もDランクになっている。
でも、それで本当に条件を満たしたのかは知らない。
「ランク差は大丈夫なんですか?」
レオンハルトが俺を見る。
「今のランクなら問題ない」
「そうなんですね」
それなら、前とは状況が違う。
ランクが上がったら改めて相談と言われていたけど、本当に登録できるところまで来ていたらしい。
Dランクになった時は、そんなことまで考えていなかった。
「アクセルは?」
隣を見る。
「構わない」
即答だった。
「早いな」
「問題ない」
「まあ、お前はそう言うと思ったけど」
次にノアを見る。
ノアはすぐには答えず、こちらとレオンハルトへ一度ずつ目を向けた。
それから口を開く。
「私は一時参加でいい」
「それでいいのか?」
「今は一緒に動いている」
ノアはいつも通りの調子で続けた。
「用件が終わるまでは、それでいい」
「……なるほど」
白兎の庭に入る、と決めたわけじゃない。
この先ずっと一緒に行動する、と言ったわけでもない。
今、一緒に動いている間だけ。
そのくらいなら、今の俺たちにはちょうどいい気がした。
レオンハルトも特に異論はないらしい。
「なら、それで登録する」
あっさり話がまとまった。
俺の中だけ、少し遅れて状況を飲み込んでいる。
どうやら本当に、パーティを作ることになったらしい。
⸻
受付へ移動すると、登録用の紙が出された。
言われたところを順番に埋めていく。
自分の名前。
必要な情報。
書き慣れない文字を確認しながら進めていくと、最後に受付の女性が顔を上げた。
「パーティ名をお願いします」
「……」
俺の手が止まる。
アクセルも何も言わない。
ノアも黙っている。
少しだけ、変な沈黙ができた。
(名前)
そこまで考えてなかった。
パーティを組むこと自体、さっき決まったばかりだ。
もちろん、一つだけ思い当たる呼び名はある。
あるんだけど。
あれはサイファで、誰かが適当に言い出したものだ。
正式な名前でもなかった。
何となく呼ぶやつが少し増えて。
王都から来た騎士に聞かれた時だって、アクセル自身が「仮の呼び名だ」と言っていた。
その名前を、本当にここへ書くのか。
隣を見る。
アクセルと目が合った。
少し間があって。
「白兎の庭でいい」
「……やっぱりそれか」
「ああ」
「お前、気に入ってるだろ」
「悪くない」
前にも聞いた。
やっぱり気に入ってるじゃないか。
腕の中で、ここちゃんが鼻を動かす。
まるで自分の話だと分かっているみたいだけど、たぶん分かってない。
胸元でも、むぎがもぞ、と動いた。
ノアへ目を向ける。
特に反対する様子はない。
「……他にありませんか?」
受付の女性が確認する。
俺はもう一度考える。
今ここで別の名前を出そうとしても、何も浮かばない。
というか、サイファで何度も呼ばれてしまったせいで、白兎の庭以外にするとそれはそれで変な気もする。
「ないです」
残念ながら。
小さく息を吐く。
「白兎の庭でお願いします」
「分かりました」
受付の女性が紙へ文字を書き込んでいく。
俺は何となく、その手元を見ていた。
一文字ずつ。
白兎の庭。
いつも耳で聞いていた名前が、紙の上へ残っていく。
書き終わった文字を見る。
「……なんか、ちゃんとした名前に見えるな」
「名前だからな」
アクセルが言う。
「今までは勝手に呼ばれてただけだろ」
「今は違う」
「そうなんだけどさ」
妙な感じだ。
アクセルが先に署名する。
続いて俺も名前を書いた。
最後にノアが、一時参加として署名する。
三人の名前が並ぶ。
でも、その並びを見ても、急に何かが変わったようには感じなかった。
アクセルはいつものアクセル。
ノアもいつものノアだ。
俺だって、さっきまでと同じ。
受付の女性が紙を確認する。
少しだけ待ってから、こちらへ顔を上げた。
「これで登録は完了です」
「……本当に決まったな」
思わず呟いた。
「決まった」
アクセルは平然としている。
ノアも特に反応はない。
ここちゃんだけが、俺の腕の中で鼻をひくひくさせていた。
サイファで、冗談みたいに生まれた名前だった。
誰かが真面目に考えたわけでもない。
俺だって最初は、何で庭なんだと思った。
それが今は、王都のギルドで紙の上に残っている。
白兎の庭。
三人の関係が急に変わったわけじゃない。
ノアだって、今は一時参加だ。
それでも。
名前だけは、本当に正式になったらしい。
紙に書かれた文字をもう一度見て、俺は小さく息を吐いた。
なんとも妙な気分だった。




