白兎の庭、王都登録
王都二日目。
朝の石畳は、昨日より少しだけ静かだった。
「慣れたか?」
宿を出ながらアクセルが言う。
「……慣れたふりはできる」
俺が答えると、ノアが後ろから静かに言う。
「観察対象としては及第点だ」
「観察やめろ」
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王都冒険者ギルド。
建物がまず大きい。
石造り。
扉の装飾も違う。
中に入ると、視線が一斉に動いた。
止まらないが、動いた。
「あれが瞬狼か」
「隣のが……」
声は抑えている。
だが聞こえる。
サイファとは質が違う。
興味と、計算。
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受付に向かおうとしたところで、横から声が飛ぶ。
「地方の噂ってのは、尾ひれがつくもんだ」
若い男三人。
装備は悪くない。
腕もそこそこだろう。
だが、目が若い。
「王都じゃ通用しないぞ」
にやり、と笑う。
俺は肩をすくめる。
「通用させに来たわけじゃないんだけどな」
アクセルの耳が、ぴくりと動く。
空気が一段、下がる。
「……言葉を選べ」
低い。
静かな声。
怒鳴らない。
だから余計に空気が冷える。
若い男が一歩引く。
だが、引ききらない。
「何だよ、ちょっと言っただけだろ」
その瞬間。
空気が完全に止まりかけた。
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「そこまでにしておけ」
奥から声が落ちてきた。
低く、重い。
ギルドの奥から歩いてくる男。
長身。
傷の走る顔。
落ち着いた目。
「……レオンハルト」
誰かが小さく言う。
元S級。
今は王都ギルドマスター。
レオンハルトは若い三人を見下ろす。
「暇か?」
静かだが、逃げ道がない。
三人は顔を見合わせ、舌打ちして離れた。
完全敗北。
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レオンハルトの視線が、ゆっくりこちらへ向く。
「瞬狼」
アクセルが軽く顎を引く。
「久しいな」
「ああ。まだ現役だ」
少しだけ、昔を知る者同士の空気が流れる。
俺を見る。
「お前がレインか」
「……はい」
「思ったより普通だな」
褒めてない。
「よく言われます」
つい返す。
レオンハルトの口元がわずかに緩む。
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「王宮から話は聞いている」
腕を組む。
「大陸間転移、スタンピード未遂、現場協力。」
事実だけ並べる。
「もう王都でも噂だ」
やめてくれ。
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レオンハルトが視線を巡らせる。
「パーティー登録は?」
「……まだです」
「だろうな」
即断ではない。
納得の声だ。
「王都案件は責任の所在が明確でないと動かせん」
「謁見も控えている」
俺は息を吐く。
「登録、必要ですか」
「必要だ」
きっぱり。
だが押しつけではない。
「守るためだ」
「お前らをな」
少しだけ、目が真面目になる。
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ノアが一歩前に出る。
「一時的に参加する」
さらりと言う。
俺が振り返る。
「観察を継続する」
「パーティー単位の方が動きやすい」
観察する前提か…
レオンハルトが眉を上げる。
「精霊大陸のS級が、か」
「ああ」
ノアは揺れない。
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受付へ向かう。
紙が出される。
「パーティー名を」
来た。
沈黙。
アクセルが口を開く。
「庭――」
「待て」
俺が止める。
レオンハルトが面白そうに見る。
「庭?」
ノアが静かに言う。
「サイファでは呼称がある」
逃げ道を塞ぐな。
俺は観念する。
「……白兎の庭」
受付嬢が書き留める。
「白兎の庭、で登録します」
紙に名前が刻まれる音が、妙に大きく感じた。
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レオンハルトが腕を組む。
「悪くない」
「王都でも覚えられやすい」
それは嫌だ。
だが、もう決まった。
ノアは一時参加扱いで署名する。
アクセルは当然のように名前を書く。
俺も、書く。
白兎の庭。
サイファの冗談だったはずの名が、
王都の記録に刻まれた。
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レオンハルトが最後に言う。
「王宮からは近日中に動きがある」
「心の準備はしておけ」
「できる気がしません」
俺が言うと、レオンハルトは笑った。
「誰もできん」
その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。
王都二日目。
白兎の庭、正式登録。
冗談だったはずの名が、王都に刻まれた。
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