金剛炉の館
ゴルドラと別れ、冒険者ギルドを出た。
ここちゃんは俺の腕の中。むぎは胸元にいる。
「次は駅だな」
テラが言う。
「ああ。ヴァルカン行きがいつ出るか確認しよう」
すぐに北へ向かえるとは限らない。
ゴルドラも、北部へ向かう列車はグランザとボルカニアの間ほど本数が多くないと言っていた。
「宿を決めるのは、そのあとですね」
カインが続ける。
「出発日が分かれば、何泊するかも決められるしな」
ボルカニアへ着いたのは昼過ぎ。
ギルドへ寄り、ゴルドラに地図を見てもらっている間に、それなりに時間も経っている。
今日は北へ向かう予定と宿を決めれば十分だろう。
⸻
駅へ戻り、案内板を見ながら北部方面の受付を探す。
朝に降りた時にも思ったが、本当に広い。
いくつもの乗り場を横目に進み、ようやくヴァルカン方面の窓口へ着いた。
カインが受付へ声をかける。
「ヴァルカンまで行きたいのですが、一番早い列車はいつでしょうか」
受付のドワーフが予定を確認する。
「客車が付く便なら四日後だな」
「四日後か」
テラが呟く。
「北部線は貨物が多いんだ。毎日、客を乗せる便が出るわけじゃない」
「その列車は何時に出る?」
「朝だ。ヴァルカンへ着くのは夜になる」
「結構かかるな」
グランザからここまでは、朝に出て昼過ぎには着いた。
それと比べると長い。
「途中で荷の積み下ろしもあるからな」
「なるほど」
カインが続けて確認する。
「五人と、小動物が二匹います。乗車は可能ですか?」
「自分たちで管理できるなら問題ない」
ここちゃんとむぎを見る様子もない。
グランザで聞いた時と同じだ。
「四日後でいいよな?」
テラがこちらを見る。
「ああ」
急いで北へ行かなければならない理由はない。
それに、せっかくボルカニアまで来た。
古い記録も見たいし、街そのものにも見る物は多そうだ。
「では、五人分お願いします」
カインがそのまま手続きを進める。
切符を受け取り、出発する時間と乗り場まで確認してから窓口を離れた。
「四泊だな」
テラが言う。
「ああ。宿を探そう」
⸻
宿はギルドで教えてもらっていた。
冒険者ギルドから歩いて十分ほど。
大通りを一本外れた場所にある、高位冒険者もよく使う少し値段の高い宿らしい。
教えられた道を進むと、周囲の店が少し落ち着いてきた。
やがて、立派な石造りの建物が見えてくる。
入口の上には金属製の看板。
炉と、その上に置かれた金剛石を模した意匠が付いていた。
「金剛炉の館」
カインが看板を読む。
「強そうな宿だな」
アクセルが言う。
「宿に強さはいらないだろ」
テラが扉を開けた。
⸻
中へ入ると、広い受付があった。
派手ではないが、床も壁もきれいに手入れされている。
カインが宿泊について確認し、テラも横から条件を聞いていく。
俺は少し離れたところで、ここちゃんを抱いたまま待つ。
「五人で四泊したいんですが、小動物が二匹います」
カインの言葉に、受付のドワーフがこちらを見た。
「部屋を汚さないよう管理してくれるなら構わん」
「大丈夫です」
「六人部屋が空いてる。それなら広さも十分だ」
「そこをお願いします」
料金を聞くと、グランザの鉄床亭よりやはり高い。
だが、四泊するなら狭い部屋で我慢するよりいい。
「朝と夕の食事は宿代に入ってる。昼も必要なら追加で用意できる」
「部屋で食べられるんですか?」
カインが尋ねる。
「ああ。部屋に案内があるから、それを読めば分かる」
受付を済ませると、部屋の鍵と人数分の荷物用の札を渡された。
「それと、洗濯を頼むならこれを使え」
部屋番号が付いた大きめの袋も渡される。
「洗濯袋?」
テラが受け取る。
「使い方は部屋の案内に書いてある」
さっきから、そればかりだ。
「そんなに設備が多いのか?」
「見れば分かる」
主人が笑った。
⸻
案内された部屋へ入る。
「……広いな」
思わず声が出た。
一つの部屋ではあるが、中は大きく二つに分かれている。
手前は居間のような空間だった。
大きな卓と六脚の椅子。壁際には棚があり、反対側には小さな長椅子が置かれている。
洗面台もあり、その横には水を出すための魔導具。
奥にはもう一つ扉があり、その先が寝室になっていた。
「寝台、六つあるぞ」
アクセルが先に奥を覗く。
寝台同士の間隔も広い。
壁際には人数分の荷物棚まで並んでいた。
「これなら四泊でも楽そうですね」
カインが言う。
「ああ」
俺はまず、ここちゃんを居間の壁際へ下ろす。
きゅる。
むぎも胸元から出し、いつものように二匹の場所を作る。
水と食事を用意してやると、ここちゃんはすぐに匂いを確認し始めた。
キュ。
むぎも自分の場所をうろうろしている。
「ここなら二匹も窮屈じゃなさそうだな」
テラが言う。
「それは助かる」
四日間、ずっと狭い部屋では二匹も落ち着かない。
⸻
「これか?」
テラが長椅子の横にある小さな棚から冊子を取った。
表紙には、宿の名前と簡単な設備案内と書かれている。
「さっき言ってたやつですね」
カインも横から覗き込む。
「何がある?」
「各階に共用の台所。食材も調理器具も持ち込み可」
「料理できるのか」
「宿で飯が出るのに?」
アクセルが首を傾げる。
「自分で作りたい奴もいるだろ」
俺は少し気になる。
四日もあれば、買ったリイスを使ってみてもいいかもしれない。
「ほかは?」
テラがページをめくる。
「洗い場は廊下の先。個室になってるみたいだな」
「それなら鉄床亭と同じだな」
「それと……魔導配達箱?」
「何だそれ」
テラが冊子から顔を上げた。
カインが壁際を見る。
「もしかして、あれでしょうか」
居間の隅。
壁の一部に、胸ほどの高さの金属製の小さな扉が付いていた。
横には丸いボタンが一つ。
「箱っていうか、壁だな」
俺も近づく。
冊子には図まで載っている。
宿の厨房と各部屋が専用の昇降路で繋がっていて、朝食や夕食はここから届くらしい。
「料理が上がってくるのか?」
「そう書いてある」
テラが読む。
「届いたら音が鳴る。扉を開けて盆を取り出す。食い終わったら食器を盆へ戻して、中に入れて……横のボタン」
「押したら下へ戻る?」
「らしいな」
「へえ」
これはちょっと面白い。
魔法で料理そのものが転移してくるわけではない。
厨房からこの部屋まで、箱ごと上下して運ばれてくる。
魔導具というより、魔法で動く小さな荷物用の昇降機に近い。
「洗濯もこれ使うみたいだぞ」
テラがさらに読み進める。
「さっき貰った袋に着替えを入れて、この箱から送る。洗って、乾かして、畳んだ状態で戻ってくる」
「そこまでやってくれるんですか」
カインが少し驚いた顔をする。
「高いだけあるな」
「楽でいい」
アクセルは即答だった。
「お前、洗濯してないだろ」
「だから楽だ」
「そういう意味じゃない」
⸻
荷物を整え、少し休んでいると。
ピー。
突然、部屋の隅から音が鳴った。
全員の視線が魔導配達箱へ向く。
「来た?」
ノアが扉を見る。
「たぶんな」
テラが立ち上がり、小さな扉を開ける。
中には大きな盆が収まっていた。
皿がいくつも並んでいる。
「本当に飯だ」
アクセルがすぐに立った。
「そこは反応早いな」
夕食は高級宿らしく、かなり豪華だった。
鳥を使った料理に、肉や豆の入ったスープ。パンや野菜も十分にある。
盆を卓へ運び、全員で席へ着いた。
「部屋で食えるのは楽だな」
テラが言う。
「ああ」
ここちゃんとむぎの様子を見ながら食べられるのも助かる。
二匹を部屋へ残して食堂へ行く必要がない。
ここちゃんは壁際で牧草を食べている。
きゅる。
むぎも自分の餌を抱えていた。
キュ。
食事を終えたあと。
使った皿やカトラリーを盆へ戻し、魔導配達箱の中へ入れる。
テラが扉を閉めた。
「押すぞ」
「どうぞ」
丸いボタンを押す。
ゴト。
壁の向こうで、何かが動き出す音がした。
やがて小さな振動も消える。
「下へ行ったな」
「便利ですね」
カインが感心したように扉を見る。
「ああ」
ただの宿なのに、面白い。
魔導具が何でも勝手にやってくれるわけではない。
食器を戻すのは自分たちだし、洗濯も袋へ詰めて送る。
その少し面倒なところだけを、道具で楽にしている。
ドワーフの生活魔導具を見ている時にも思ったが。
こういう便利さは嫌いじゃない。
⸻
「明日はどうする?」
食後。
長椅子へ座ったテラが尋ねた。
「まだ三日あるからな」
ヴァルカン行きは四日後。
ボルカニアへ来た目的の一つだった、古い地図の確認はひとまず進んだ。
だが、この街にはまだ見る物がある。
「ゴルドラが言ってた古い記録も見たい」
「ああ」
「魔導具も見ておきたいですね」
カインが言う。
「せっかくここまで来たしな」
急いで全部決める必要はない。
四日間。
大陸の中心にあるこの街を見ながら、北へ向かう準備を進めればいい。
俺はここちゃんの隣へ座り、頭を撫でた。
きゅる。
ボルカニアでの生活は。
思っていたより、快適になりそうだった。




