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ゴルドラ


 待合の卓へ戻ってから、しばらく。


 俺はここちゃんを膝に乗せたまま、さっき見た大陸地図のことを考えていた。


 中央にボルカニア。


 北にヴァルカン、南にヘルオス、西にフィヨルガルド、東にアイアンアンカー。


 大陸の形そのものは分かった。


 だが。


 俺たちが持っている古い図と、どこまで重なるのかは別の話だ。


「来たみたいだぞ」


 テラの声に顔を上げる。


 受付の方から、一人のドワーフがこちらへ歩いてきていた。


 年齢はガンダルフより少し若く見える。


 片手には何本かの紙筒を抱えていた。


「白兎の庭ってのは、お前たちか?」


「はい」


 カインが立ち上がる。


「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」


「近くにいたからな」


 男は空いている椅子を引いた。


「ゴルドラだ。古い地図を見てほしいって聞いた」


「そうなんだ」


 俺が答える。


「レインだ。こっちはテラ、カイン、アクセル、ノア」


 ここちゃんの頭を軽く撫でる。


「それと、ここちゃんとむぎ」


 きゅる。


 胸元からむぎも顔を出す。


 キュ。


 ゴルドラは二匹へちらりと目を向けたあと、卓を見る。


「で、地図は?」


 ノアが魔法袋へ手を入れた。


「ああ」


 取り出した紙を卓の上へ広げる。


 ゴルドラがすぐに身を乗り出した。


「……これか」


「中央大陸の古い遺跡にあったものを写した」


 俺が言う。


「壁に描かれてたんだけど、最初は地図かどうかも分からなかった」


「だろうな」


 ゴルドラが即答する。


 紙にあるのは、かなり大雑把な輪郭といくつかの印だけだ。


 山も川もない。


 街の位置も書かれていない。


「この三角の印が何を示してるのか調べてる」


「場所を示してると思ってるのか?」


「可能性がある、くらいだな」


「なるほど」


 ゴルドラは返事をしながらも、図から目を離さなかった。


⸻


「今の地図も見た方が早いな」


 ゴルドラが持ってきた紙筒の一つを開く。


 中から取り出した地図を、古い図の横へ広げた。


 ドワーフ大陸の地図だ。


 さっきギルドの壁で見たものより細かい。


 主要な街だけでなく、小さな集落や道も載っている。


「先に言っとくぞ」


 ゴルドラが古い図を指した。


「これだけで、正確な場所を出すのは無理だ」


「ああ。それは分かってる」


「細かい地形が何もないからな。どの線が何を表してるのかも確定できん」


 テラも横から図を見る。


「大まかな位置だけでも分からないか?」


「それなら試せる」


 ゴルドラが二枚の地図を並べ直した。


 古い図の向きを変え、現代の地図と見比べていく。


「こっちを上にすると、この辺が全然合わないな」


 テラが言う。


「ですね。こちら側を基準にした方が近そうです」


 カインが反対側から覗き込む。


 ゴルドラが古い図を少し回した。


「俺もそう思う」


 ぴったり重なるわけではない。


 そもそも、本当に同じ土地を描いたものなのか。


 そこから確定していない。


 ただ。


 輪郭の大きな曲がり方や、印同士の位置を見ると、完全に見当違いとも思えなかった。


「この向きか」


 ゴルドラが手を止める。


 テラとカインも二枚を見比べた。


「一番近いな」


「ええ」


 ノアも地図へ視線を落とす。


「ああ。これなら無理は少ない」


「じゃあ、この印は?」


 俺が三角の一つを指す。


 ゴルドラが古い図から、現代の地図へ視線を移した。


「この合わせ方が正しいなら……」


 指が止まる。


 ボルカニアより北側。


「大体、この辺だな」


「北部か」


 テラが言う。


「ああ。ただし、本当に大体だぞ」


 ゴルドラが俺たちを見る。


「この印がヴァルカンそのものを示してるとは言えん。北部のどこか、くらいに考えた方がいい」


「それで十分だ」


 今まで分かっていたのは、ドワーフ大陸に当たりそうだということだけだった。


 それが。


 北部。


 まだ広いが、進む方向はかなり絞れる。


⸻


「北部なら、まずヴァルカンか?」


 テラが現代地図を見る。


「そうだな」


 ゴルドラが頷く。


「北部で一番大きい街だ。水が豊かで、農業が盛んなところだな」


「リイスの産地でしたね」


 カインが言う。


「そうだ。ボルカニアへ入ってくるリイスも、あの辺りから来る」


 グランザで食べたリイスを思い出す。


 あの時は、ただ北で作られていると聞いただけだった。


 まさか自分たちが、その北へ向かうことになるとは思っていなかった。


「ヴァルカンより先には何がある?」


 テラが尋ねる。


「北西の山側へ行けば、マハルって小さな街がある」


「どんなところですか?」


 カインが聞く。


「火山の近くだ。地面から湯や蒸気が出る」


「湯?」


 思わず聞き返す。


 ゴルドラが俺を見る。


「ああ」


「入れるのか?」


「何にだ?」


「湯に」


 一瞬、ゴルドラが黙る。


「……入る場所はあるぞ」


「あるのか」


「そこに食いつくのかよ」


 テラが笑う。


「いや、気になるだろ」


 この世界に来てから、身体を洗うことはあっても、湯へ浸かる機会はほとんどなかった。


 それは普通に気になる。


「ただし」


 ゴルドラが地図を指で叩く。


「この古い図から、マハルまで絞れたわけじゃないぞ」


「ああ。分かってる」


 北部。


 そこまでだ。


 マハルの話は、あくまで今の北部にある土地の一つとして聞いただけ。


「まずヴァルカンへ行くのが良さそうですね」


 カインが言う。


「大きな街なら、そこでまた情報も集められるでしょうし」


「俺もそう思う」


 テラが頷いた。


 俺も異論はない。


 いきなり山側へ入る理由はない。


 まずヴァルカン。


 そこで、また地図や土地について調べればいい。


⸻


「ヴァルカンまで列車はあるんだよな?」


 テラが尋ねる。


「ある。ただ、グランザから来た時みたいに本数は多くないぞ」


「貨物が多い?」


「そうだな。北部から農産物を運ぶ路線でもあるから、客だけを運んでるわけじゃない」


 ゴルドラが地図を巻き始める。


「乗るなら駅で確認しとけ。日によって時間も違う」


「分かった」


 カインが頷いた。


 すぐ北へ出られるとは限らない。


 なら、まずは駅。


 そのあと、ボルカニアでできることを考えればいい。


「助かったよ」


 俺が言う。


「これだけでも、かなり絞れた」


「俺も面白いもんを見せてもらった」


 ゴルドラが古い図をもう一度見る。


「その写し、少しだけ見せてもらっていいか?」


 ノアが頷く。


「ああ」


「写す気はない。もう少し今の地図と比べたいだけだ」


「分かった」


 ゴルドラは満足そうに古い図へ目を戻した。


 俺たちは大陸を渡ってきた。


 その時点では、どこへ向かえばいいのかも分からなかった。


 それが今。


 北部。


 ヴァルカン。


 ようやく、次へ進むための方向が見えてきた。

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