グランザ最後の夜
荷物を片づけ終えると、部屋の中はずいぶんすっきりした。
出してあるのは、今夜と明日の朝に使う物くらいだ。
ここちゃんは壁際の敷物の上で牧草を食べている。
きゅる。
むぎも自分の場所で餌を頬へ詰めていた。
キュ。
「忘れ物はなさそうだな」
テラが部屋を見回す。
「ああ。市場で買った物も全部入れた」
明日の列車は朝に出る。
昼を少し過ぎた頃には、ボルカニアへ着く予定だ。
「列車の中で食う物は?」
アクセルが尋ねる。
「朝飯はここで食うだろ。昼過ぎには着くんだから、そんなにいらない」
「途中で腹が減るかもしれない」
「お前はな」
鉄床亭で何か持たせてもらえるか聞いて、少しだけ用意しておけば十分だろう。
「あとで主人に聞いてみる」
「ああ」
それだけでアクセルは納得した。
⸻
夕方まで、部屋でゆっくり過ごした。
明日からまた移動になる。
ここちゃんもむぎも、今日は市場から戻ってから外へ出ていない。
ここちゃんはしばらく敷物で休んでいたが、そのうち俺の足元までやってきた。
きゅる。
「どうした?」
頭を撫でると、そのまま身体を低くする。
撫でろということらしい。
「はいはい」
耳の付け根から背中へ手を滑らせる。
ノアは近くの寝台へ腰掛けて、その様子を見ていた。
「眠そうだな」
「ああ。今日はよく歩いたしな」
むぎも壁際で静かになっている。
明日は初めての魔導列車だ。
二匹がどう反応するかは、乗ってみないと分からない。
「船よりは楽だといいけどな」
「揺れは少なそうだった」
テラが言う。
「ああ」
駅で見た限りでは、かなり滑らかに動いていた。
少なくとも、波に揺られ続ける船よりは落ち着いていられそうだ。
⸻
日が暮れる前に、一階の食堂へ下りた。
ここちゃんは俺の腕の中。
むぎは胸元にいる。
グランザで食べる最後の夕食だ。
昨日までと同じ壁際の卓へ座る。
「今日は何にする?」
テラが料理の札を見る。
「まだ食べてない物にするか」
港町らしく、魚介を使った料理は多い。
その中から、魚と野菜の煮込み、焼いた貝、肉料理、それにパンを頼んだ。
「肉もある」
アクセルが確認する。
「あるな」
「ならいい」
それ以上は何も言わない。
料理が届くまでの間に、宿の主人へ声をかけた。
「明日の朝、早めに出るんだ」
「列車か?」
「ああ。ボルカニア行き」
「なら朝飯は食っていけるぞ」
「それとは別に、列車でつまめる物を少し持たせてもらえるか?」
「できるぞ。パンと燻製肉でいいか?」
「それで頼む」
アクセルを見る。
すでに聞いていたらしく、満足そうに頷いている。
「多めで」
「普通でいい」
「少し多めにしといてやるよ」
主人が笑う。
「ほら」
「何が、ほら、だよ」
⸻
料理が運ばれてくる。
魚と野菜の煮込みは、香草を使った軽い味だった。
焼いた貝には塩と少し辛い香辛料。
肉は薄く切り、野菜と一緒に焼かれている。
「ここの飯、結構うまかったな」
テラが言う。
「ああ」
豪華というわけではない。
だが、何を頼んでも外れがなかった。
部屋も広い。
二匹も一緒に泊まれる。
「またグランザに来ることがあったら、ここでいいな」
「ああ」
カインも頷く。
「過ごしやすい宿でしたね」
ここちゃんは俺の膝の上で大人しくしている。
むぎも胸元から時々顔を出すだけだ。
初めての場所だったが。
二匹とも、今ではすっかり落ち着いている。
食事を終え、主人へ明日の朝食と包みを頼んでから部屋へ戻った。
⸻
夜。
順番に個室の洗い場を使う。
俺も散湯器で身体を洗い、部屋へ戻った。
最初に使った時ほど驚きはしない。
だが。
「やっぱり便利だな」
思わず呟く。
中央大陸へ戻るまでに、買える場所を見つけたら一つ欲しい。
アイクから聞いた通り、持ち出せる型か確認する必要はあるが。
今すぐ探す必要もない。
ボルカニアにも魔導具を扱う店は多いと、ガンダルフが言っていた。
そこで見てもいい。
⸻
部屋へ戻る。
明日のために、着替えと二匹の朝の世話に使う物だけを残す。
テラたちもそれぞれ寝台へ入った。
ここちゃんは、俺の寝台の上。
むぎも今夜使う小さな寝床ごと、俺のそばへ移してある。
きゅる。
ここちゃんの頭を撫でる。
「明日は列車だぞ」
白い耳が少し動いた。
「朝に乗って、昼過ぎには着くらしい」
もちろん。
ここちゃんに分かるはずもない。
それでも、いつものように話しかける。
むぎも寝床の中で、小さく動いた。
キュ。
「お前もな」
灯りを落とす。
グランザへ着いてから三日。
冒険者ギルドへ行き。
魔導列車を見て。
魔導具の店を回り。
リイスも見つけた。
明日からは。
この大陸の中心へ向かう。
ここちゃんの柔らかい毛へ手を置いたまま。
目を閉じた。




