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魔導具の街


 駅を離れ、魔導具を扱う店が並ぶ通りへ向かう。


 ここちゃんは俺の腕の中。

 むぎは胸元にいるままだ。


 駅の周辺でも魔導具を扱う店は見かけたが、通りを一本入ると、その数はさらに増えた。


 店先へ並ぶのは、昨日露店で見たような小さな生活魔導具だけではない。


 箱。


 荷車。


 照明。


 何に使うのか、見ただけでは分からない物まである。


「多いな」


 テラが左右の店を見る。


「ああ。どこ入るか迷うな」


「一番大きいところでいいんじゃないか?」


 アクセルが前を示した。


 少し先に、間口の広い店がある。


 入口の横には魔石と歯車を組み合わせた看板。


 窓越しにも、棚いっぱいに魔導具が並んでいるのが見えた。


「じゃあ、あそこにするか」


 店へ入る前に、ここちゃんを抱き直す。


 このままでもいいが、店の中で商品を見るたびに片手で動くのは面倒だ。


「ノア、ここちゃんお願いしていいか?」


「ああ」


 ノアへここちゃんを渡す。


 きゅる。


 腕の中へ収まったここちゃんの背中を、ノアがゆっくり撫でた。


 むぎは胸元にいる。


 これなら俺も商品を見るくらいはできる。


 ただし、勝手に触るつもりはない。


 ドランにも、工房や道具には勝手に触るなと言われている。


 店の商品なら触っていい物もあるだろうが、その辺りは店員へ聞いた方がいい。


⸻


 中へ入る。


 店内には、大小さまざまな魔導具が並んでいた。


 壁際には棚。


 中央には卓。


 大きな物は床へ直接置かれている。


「何かお探しか?」


 奥からドワーフの店員が声をかけてきた。


「いや。今日は見て回りたい」


「初めてか?」


「ああ。中央大陸から来た」


「なら、分からん物があれば聞け。試していい物もある」


「助かる」


 これで安心して見られる。


 最初に目へ入ったのは、細長く畳まれた布だった。


 持ち手のような棒が付いている。


「傘か?」


 広げてみたいところだが、先に店員を見る。


「触ってもいいか?」


「ああ。それは構わん」


 許可をもらい、持ち上げる。


 形はやはり傘に近い。


 ただ、布の中央付近に小さな魔石が付いていた。


「雨具か?」


「そうだ。魔石を動かしてみろ」


 言われた通りに触れる。


 すると。


 傘の周囲へ、薄い膜のようなものが広がった。


「結界?」


「簡単なもんだ」


 店員が水の入った小さな器を持ってくる。


 傘の横から水を掛けた。


 だが。


 水は布へ届く前に、薄い膜へ当たり、そのまま下へ流れ落ちた。


「横からの雨も防ぐのか」


「ああ。風が強い日でも濡れにくい」


「便利だな」


 普通の傘なら、横殴りの雨には弱い。


 足元まですべて守れるわけではないが、かなり違うだろう。


「魔石はどれくらい持つ?」


「使い方にもよるが、雨の日だけならかなり長く使える。毎日使うような物でもねぇしな」


 それなら交換の手間も多くはないらしい。


 悪くない。


 だが。


 今すぐ必要というほどでもない。


 元の場所へ戻す。


⸻


 その隣には、小さな金属の箱が置かれていた。


「これは?」


「貴重品入れだ」


「鍵がないぞ」


「魔力を登録して使う」


 店員が箱の横へ付いた魔石を示した。


「最初に持ち主の魔力を登録する。あとは登録した本人しか開けられん」


「ほかの奴が開けようとしたら?」


「開かん。無理にこじ開けようとすれば警報が鳴る」


「宿とかで使えそうだな」


 テラが箱を見る。


「ああ」


 無限収納がある俺には必要ない。


 だが、普通の旅人や商人には便利そうだ。


 鍵を失くす心配もない。


「魔力で鍵か」


 中央大陸にも似た仕組みはあるかもしれない。


 ただ。


 こうして生活用品として並んでいるところが、いかにもこの大陸らしい。


⸻


 さらに進む。


 今度は、何本かの棒を組み合わせたような物があった。


 上には横向きの棒。


 服を掛けるための物に見える。


「物干しか?」


「乾燥用だ」


 店員が答える。


「服を掛けて動かすと、周りへ風が流れる」


「熱じゃないのか?」


「ああ。風だけだ。生地を傷めにくい」


 試しに店員が魔石を動かす。


 横棒の周囲を、弱い風が循環し始めた。


 一定方向から吹きつけるのではなく、掛けた服の周りを流れるように動いている。


「なるほど」


 洗濯物を干したまま。


 風を当て続ける。


 俺の乾燥魔法ほど早くはないだろうが、天気に左右されず乾かせる。


「雨の日は便利だな」


 テラが言う。


「ああ」


 洗濯桶と組み合わせれば、かなり楽になるだろう。


⸻


「これは何でしょう?」


 カインが少し離れた場所から声をかける。


 床に置かれていたのは、小さな荷車だった。


 大きさは、荷物をいくつか載せられる程度。


 持ち手の代わりに、細い紐が一本付いている。


「追従荷車だ」


 店員が近づいてくる。


「その紐を持って歩いてみろ」


 カインが紐を手にする。


「触っても?」


「ああ」


 許可をもらい、ゆっくり歩き出した。


 少し遅れて。


 荷車も動く。


「付いてきますね」


 カインが止まる。


 荷車も止まった。


 向きを変える。


 少し間を置いて、同じように曲がる。


「便利だな」


 テラが感心したように見る。


「一定の距離を保って、紐を持ってる奴についていく。荷運び用だ」


「押さなくていいのか」


「ああ。ただし、階段や酷い悪路は無理だぞ」


「そりゃそうか」


 市場で大量に買い物をする時。


 商人が荷物を運ぶ時。


 かなり役立ちそうだ。


 カインが元の場所まで戻ると、荷車もその後ろへ付いて戻ってきた。


「面白いですね」


「お前、ちょっと楽しんでただろ」


「少しだけです」


 カインが紐を店員へ返した。


⸻


 その先で、ノアが足を止めた。


 ここちゃんを抱いたまま、棚に並ぶ小さな箱を見ている。


「何かあった?」


「あれ」


 視線の先には、同じ形をした二つの首飾りが置かれていた。


 ここちゃんを抱いているため、ノアは手を伸ばさない。


 代わりに俺が店員へ尋ねる。


「この首飾りは?」


「対になってる」


 店員が一つを持ち上げた。


 中央には、小さな魔石。


 その横に、細い矢印のような印がある。


「片方を持って離れると、もう片方が相手の方向を示す」


「方向?」


「ああ」


 店員が片方を俺へ渡し、もう片方を持って店の奥へ歩いていく。


 手元の首飾りを見る。


 矢印が、ゆっくり動いた。


 店員のいる方向を向く。


「おお」


 俺が身体の向きを変えても。


 矢印は同じ場所を示している。


「迷子防止か?」


「そういう使い方が多いな。子供に持たせたり、商人同士で持ったりする」


「どのくらい離れても分かる?」


「街の中くらいなら問題ねぇ。ただ、厚い岩の向こうや強い結界がある場所じゃ反応が鈍ることもある」


 万能ではないらしい。


 それでも、はぐれた時に方向だけでも分かるのは便利だ。


 店員が戻ってくる。


 首飾りを返した。


「こういうのもあるんだな」


「生活魔導具は、困り事の数だけ増えるからな」


 店員が笑う。


 その言葉に、少し納得した。


⸻


 店の奥まで進む。


 まだまだ見たことのない物があった。


 靴へ付いた泥を落とす箱。


 鍋の中を一定の温度へ保つ物。


 鉢植えへ少しずつ水を与える器。


 周囲の音を小さくする耳飾り。


 決めた時間になると光る腕輪。


 一つ一つ。


 用途そのものは特別なものではない。


 汚れる。


 冷める。


 水やりを忘れる。


 うるさい。


 時間を忘れる。


 どれも、生活していれば出てくる小さな不便だ。


 その不便を。


 この世界では魔石と魔法で解決している。


 サイファで保冷庫や洗濯桶を見た時にも思った。


 考えることは、この世界も変わらない。


 使っている物が違うだけだ。


「面白いな」


 俺が呟く。


「何が?」


 テラが振り返る。


「いや。便利にしたいって考えることは、どこでも同じなんだなと思って」


「不便なままにしておく理由もないだろ」


「そうなんだけどな」


 その答えまで。


 妙に当たり前なのが面白い。


⸻


 結局。


 今日は何も買わなかった。


 散湯器も気になっているが、急ぐ必要はない。


 アイクから聞いた通り、大陸の外へ持ち出すなら確認も必要だ。


「見るだけだったな」


 店を出ると、テラが言った。


「珍しいだろ」


「明日もそうとは限らない」


「何でだよ」


「顔に出てた」


「何が?」


「欲しい物がいくつかあった顔だ」


 否定はしない。


 ここちゃんをノアから受け取る。


「ありがとな」


「ああ」


 きゅる。


 腕の中へ戻ってきたここちゃんの頭を撫でる。


 むぎは最初から胸元にいるままだ。


 キュ。


 午前中に駅を見て。


 そのあと魔導具の店を見て回った。


 気づけば、そろそろ昼になる。


「一度、宿へ戻るか」


「ああ」


 グランザで見たい物は、まだある。


 だが。


 急いで全部を見る必要はない。


 俺たちは鉄床亭へ向かって歩き出した。

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