犬獣人の商人
全員が散湯器を使い終える頃には、外も少しずつ暗くなり始めていた。
ここちゃんは壁際の敷物の上で身体を伸ばしている。
きゅる。
むぎも同じく壁際に用意した自分の敷物の上で、餌を齧っていた。
キュ。
「夕飯、下で食うか」
テラが言う。
「ああ。今日は宿でいいだろ」
昼は露店で食べた。
夜まで外を歩き回る必要もない。
ここちゃんとむぎにも、先に少し食事と水を用意する。
二匹が食べ終わるのを待ってから、ここちゃんを抱き上げた。
「行くぞ」
きゅる。
むぎも胸元へ入れる。
キュ。
そのまま五人と二匹で、一階の食堂へ下りた。
⸻
食堂は昼より賑わっていた。
仕事を終えたらしいドワーフたちが、いくつもの卓を囲んでいる。
酒の入った杯。
焼いた魚。
煮込み料理。
大皿の肉。
昼とは違い、大きな笑い声もあちこちから聞こえていた。
「空いてるぞ」
テラが奥の卓を見つける。
壁際の席を選び、俺はここちゃんを膝へ乗せた。
むぎは胸元にいるままだ。
注文したのは魚介の煮込み、焼いた肉、パン、それから野菜料理。
テラは酒も一杯頼んだ。
「昼に飲まなかったからな」
「結局飲むんだな」
「夜だからいいだろ」
「まあな」
運ばれてきた料理を取り分ける。
魚介の煮込みには、白身魚と貝、それに何種類かの野菜が入っていた。
焼いた肉には香辛料が振られている。
「うまい」
アクセルが肉を食べながら言う。
「昼の魚も食ってただろ」
「あれもうまかった」
「ならいい」
肉だけしか食べないわけではない。
好きな物には分かりやすいだけだ。
⸻
食事を始めてしばらくした頃。
少し離れた卓から、こちらを見ている男がいることに気づいた。
ドワーフではない。
犬獣人だった。
茶色い毛。
垂れた耳。
旅装の横には、大きな鞄が置かれている。
視線の先を追う。
俺ではない。
ここちゃんだ。
ここちゃんは気づいているのかいないのか、俺の膝の上で大人しくしている。
きゅる。
「見られてるぞ」
テラが小声で言う。
「ああ」
だが、嫌な感じではない。
男は目が合うと少し気まずそうに視線を逸らした。
しばらくして。
意を決したように席を立つ。
「すみません」
こちらへ来た。
「少し、よろしいですか?」
「ああ」
男は卓へ近づきすぎない位置で止まった。
「その白い兎が、とても可愛らしくて」
「ここちゃんか?」
「ここちゃん、というんですね」
男の顔が緩む。
「触っても大丈夫でしょうか?」
俺はここちゃんを見る。
耳は立っている。
逃げようとしている様子はない。
ただ、知らない相手だ。
「無理にはやめた方がいいかもな」
「でしたら、見るだけにします」
男はすぐに手を引いた。
「怖がらせたくありませんから」
ちゃんとしている。
「俺はレイン」
「アイクといいます。商人をしています」
テラたちも簡単に名乗る。
「中央大陸から来られたんですか?」
「ああ。今日着いた」
「やはり。グランザは初めてですか?」
「初めてだ」
アイクが頷く。
「私は普段、ヴァン港を拠点にしていまして。精霊大陸や中央大陸との間を行き来しています」
「この大陸にもよく来るのか?」
「最近ですね」
アイクが自分の卓に置いた鞄へ目を向ける。
「ドワーフ大陸でしかあまり見かけない生活魔導具や、大陸の外へ持ち出せる便利な物を探しているところです」
魔導具。
その言葉で、昼に見た露店と散湯器を思い出す。
「ちょうど聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「この大陸で売ってる魔導具って、買えばそのまま中央大陸へ持って帰っていいのか?」
アイクは少し考えてから答えた。
「物によりますね」
「やっぱり制限があるのか」
「あります。大陸の外へ出ているのは生活魔導具が中心ですが、それでも何でも持ち出せるわけではありません。新しい技術を使った物や、高性能な物。戦闘へ転用しやすい物などは制限されることがあります」
「店で売ってても?」
「大陸の中で売ることと、外へ持ち出すことは別ですから」
「なるほどな」
昼に見た散湯器。
あれくらいなら普通の生活魔導具に見える。
「持ち出せるかどうかは、どうやって確認するんだ?」
「店で聞くのが一番確実です」
アイクが答える。
「大陸外へ持ち出せる物なら、店側も分かっています。商人向けなら必要な書類も用意してくれますし、個人で買う場合も説明してくれますよ」
「散湯器は?」
「ああ、あれですか」
アイクが笑う。
「一般的な物なら問題ないと思います。ただ、型によっては違うので、買うならその場で確認してください」
「ああ。そうする」
知らずに買ってから駄目だと言われるより、最初に聞いた方がいい。
⸻
「中央大陸じゃ、あまり見ない物もあるのか?」
テラが尋ねる。
「ありますよ」
アイクは頷いた。
「魔導具自体は中央大陸でも作られていますし、精霊大陸でも売られています。ただ、同じ用途でもドワーフ大陸で作られた物の方が性能がいいことも多いです」
「じゃあ、そういうのを仕入れるのか?」
「それだけでは商売になりませんね」
アイクが笑う。
「中央大陸ですでに普通に売られている物を、わざわざここから運んでも仕方ありません。向こうではまだあまり見かけなくて、なおかつ大陸の外へ持ち出せる物を探しています」
「なるほど」
「少し便利で、使い方も難しくない。そういう物が見つかれば扱いやすいですから」
「それでグランザに?」
「はい。ここは港ですから。外から来る商人も多いですし、大陸外へ出す物についても話を聞きやすいので」
今日、街を歩いていて人間や獣人を何人か見かけた。
ドワーフ大陸ではあるが、グランザには外から来る人もいる。
アイクの話を聞くと、その理由も分かる。
ここは、この大陸の玄関口なのだ。
「参考になった。ありがとう」
「いえ。こちらこそ」
アイクは立ち上がる。
その前に、もう一度だけここちゃんを見た。
ここちゃんも鼻を動かしている。
きゅる。
「やっぱり可愛いですね」
「だろ」
「また街で見かけても、勝手には触りませんので」
「そこまで警戒しなくてもいいけどな」
「嫌われたくありませんから」
そう言って笑う。
「では、お邪魔しました」
「ああ」
アイクは自分の卓へ戻っていった。
⸻
「ずいぶん気に入られてたな」
テラが言う。
「俺じゃなくてここちゃんがな」
「それはそうだろ」
アクセルが言う。
「即答するな」
ここちゃんの頭を撫でる。
きゅる。
食事を再開する。
アイクから聞いた話のおかげで、魔導具を見る時に気をつけることも分かった。
便利だからといって。
何でもそのまま中央大陸へ持ち帰れるわけではない。
買うなら、その時に確認する。
それだけ覚えておけばいい。
夕食を終え、俺たちは部屋へ戻った。
ここちゃんを敷物へ下ろす。
むぎも胸元から出す。
キュ。
二匹とも、それぞれの場所へ戻っていく。
初めてのドワーフ大陸。
まだ一日目だというのに、見る物も聞くことも多い。
「明日は駅へ行ってみるか」
テラが言う。
「ああ。魔導列車も見ておきたい」
次に向かうボルカニア。
そこまでどうやって行くのか。
まずは自分たちの目で確かめてみることにした。




