ドワーフの露店
冒険者ギルドを出る。
ガンダルフからもらった簡単な地図を確認し、鉄床亭へ向かった。
ここちゃんは俺の腕の中。
むぎは胸元から顔を出し、通りを行き交う人や荷車を目で追っている。
キュ。
「もう少しだからな」
指先で頭を撫でる。
船を降りてから、港、冒険者ギルドと移動してきた。
まずは宿を決めて、一度落ち着きたい。
⸻
鉄床亭は、大通りから一本入った場所にあった。
石造りの二階建て。
入口の上には、大きな金床を模した看板が掛かっている。
「ここだな」
扉を開けると、受付の奥に食堂が見えた。
昼時らしく、いくつかの卓は埋まっている。
魚を焼いた匂いと、煮込み料理の香りが漂っていた。
「いらっしゃい」
受付にいたのは、青い髪を短く切ったドワーフの男だった。
「泊まりたい。五人と、小動物が二匹いる」
俺の腕の中にいるここちゃんを見せる。
きゅる。
むぎも胸元から顔を出した。
「部屋を汚さねぇなら構わんよ」
「それは大丈夫だ」
「何泊だ?」
テラと顔を見合わせる。
ボルカニアへ向かうことは決まったが、列車の時間もまだ確認していない。
「まず二泊で頼めるか?」
「ああ。延ばすなら早めに言ってくれ」
「広い部屋はある?」
「八人部屋が空いてる」
「なら、そこを頼む」
五人と二匹なら、余裕がある方がいい。
料金を払い、鍵を受け取る。
「二階の奥だ。食事は下の食堂。持ち込んで部屋で食ってもいい」
「洗い場もあるのか?」
「ああ。一階の奥だ。個室になってる。散湯器もあるぞ」
「散湯器?」
聞き覚えのない言葉だった。
「使えば分かる」
主人はそう言って笑った。
⸻
八人部屋は、思っていた以上に広かった。
寝台が八つ。
中央には大きな卓があり、壁際には棚も並んでいる。
「これなら十分だな」
テラが部屋を見回す。
「ああ」
まず、ここちゃんを床へ下ろす。
敷物を出し、牧草と水を用意した。
きゅる。
ここちゃんは寝台の間や卓の下をゆっくり歩き、部屋の匂いを確認していく。
むぎも胸元から出し、いつもの敷物の上へ下ろした。
餌と水を置く。
キュ。
こちらはすぐに餌へ向かった。
「船の上よりは落ち着けそうですね」
カインがむぎの様子を見る。
「ああ。床も揺れないしな」
必要な物だけ収納から出す。
着替え。
二匹の世話に使う物。
それから、しばらく街を歩くための小さな袋。
そのまま少し休んでいると、腹が減ってきた。
「そういえば、もう昼だな」
窓の外を見る。
港へ着いたのは朝だった。
ギルドで話しているうちに、思ったより時間が経っていたらしい。
「せっかくだ。少し街を見ながら何か食べるか」
「ああ。それもいいな」
テラが立ち上がる。
二匹も、しばらく休んで少し落ち着いたようだ。
ここちゃんをもう一度抱き上げる。
「一緒に行くか」
きゅる。
むぎも胸元へ戻す。
キュ。
俺たちは宿を出た。
⸻
鉄床亭の周辺には、小さな店や露店が多かった。
食べ物。
布。
日用品。
工具。
その中に、中央大陸では見慣れない魔導具も混じっている。
「これ、何だ?」
テラが一つの露店で足を止めた。
卓の上に並んでいたのは、細い棒の先へ小さな羽根が付いた物だった。
「子供用のおもちゃだよ」
店番のドワーフが答える。
棒の中央にある小さな魔石へ触れる。
すると、先端の羽根が勢いよく回り始めた。
店主が手を離す。
棒はくるくる回りながら少しだけ浮き、そのままゆっくり地面へ落ちた。
「飛んだな」
アクセルが目で追う。
「危なくねぇよう、高くは上がらんようにしてある」
通りの少し先では、子供たちが同じ物を飛ばして遊んでいた。
(竹とんぼみたいだな)
仕組みはまったく違う。
だが、子供が手軽に飛ばして遊ぶ物という意味ではよく似ている。
別の露店には、小さな生活魔導具が並んでいた。
蓋を開けると中が明るくなる箱。
弱い風を送る物。
器へ入れた水の温度を保つ物。
「こういう物まで魔導具で作るんだな」
俺が言うと、テラも頷いた。
「サイファで見た保冷庫や洗濯桶と同じだな」
「ああ」
魔法があるかどうかは違う。
それでも。
暗いと困る。
暑いと困る。
手間を減らしたい。
そう思うのは、この世界でも変わらないらしい。
《生活魔導具、複数確認》
突然、頭の中に声が響いた。
(お、久しぶりだな)
《利便性向上を確認》
(それは見れば分かる)
《購入候補、増加の可能性》
(まだ何も買うって言ってないぞ)
《経過観察》
(勝手に観察すんな)
それきり、くさえもんは黙った。
「どうした?」
テラがこちらを見る。
「いや。何でもない」
まだ何も買っていないのに。
すでに買い物を警戒されているらしい。
⸻
露店を見ながら歩いていると、魚介を焼く匂いが強くなってきた。
「そろそろ何か食うか」
「ああ」
港町だけあって、食べ物の露店には魚や貝が多い。
串に刺した魚。
殻ごと焼いた貝。
魚のすり身を丸めて焼いた物。
いくつか買い、通り沿いに置かれた卓を使うことにした。
俺はここちゃんを膝へ乗せたまま座る。
むぎは胸元にいるままだ。
「肉はないのか?」
アクセルが並んだ料理を見る。
「魚介の店だからな」
「別に魚でもいい」
そう言って、すり身を一つ取る。
一口食べると。
「うまい」
「なら問題ないだろ」
「ああ」
貝は塩と香草だけの味付けだったが、身そのものの味が濃い。
魚の串焼きには少し辛い香辛料が使われていた。
「これ、酒にも合いそうだな」
テラが言う。
「昼から飲むなよ」
「まだ飲むとは言ってない」
少しだけ残念そうに見えたが、気のせいだろう。
昼食を終え、もう少しだけ露店を見てから宿へ戻った。
⸻
部屋へ入る。
ここちゃんを敷物の上へ下ろす。
むぎも胸元から出し、餌の近くへ戻した。
きゅる。
キュ。
二匹とも、すぐにそれぞれの場所へ落ち着いた。
「散湯器、見てくるか?」
テラが言う。
「ああ。気になってた」
洗い場は個室だ。
一度に何人か使えるなら、二匹のそばに誰かが残るよう順番を決めればいい。
「俺とテラが先に行ってくる。戻ったら交代でいいか?」
「構いません」
カインが答える。
ノアとアクセルも部屋へ残る。
「じゃあ頼む」
着替えと身体を拭く布を持ち、俺とテラは一階の洗い場へ向かった。
⸻
洗い場は、廊下に沿っていくつかの個室が並んでいた。
それぞれに鍵が付いている。
「じゃあ、あとでな」
「ああ」
テラと別れ、空いている一室へ入る。
服を脱ぎ、奥の洗い場へ進む。
壁沿いには、人の頭より高い位置まで金属の管が伸びていた。
上部は手前へ曲がり、その先に穴の開いた丸い板が付いている。
「これが散湯器か」
壁には簡単な使い方も書かれていた。
魔石へ触れ、湯の温度を調整する。
そのあと、横にある取っ手を動かす。
「やってみるか」
取っ手を動かした。
頭上から、細かな湯が一斉に降ってくる。
「うおっ」
思わず一歩下がった。
だが、すぐに見上げる。
丸い板に開いた穴から、一定の勢いで湯が流れ続けている。
「これ……シャワーだ!」
思わず声が出た。
俺のいた世界にあった物と、ほとんど同じだ。
桶で何度も湯を汲み、身体へ掛ける必要がない。
しかも、温度まで調整できる。
「これ、拠点にも欲しいな」
普通の生活魔導具なら買えるのだろうか。
ただ、この大陸で売っている魔導具を中央大陸へそのまま持ち帰っていいのかは分からない。
知らないまま買うより、誰かに確認した方がいいだろう。
頭から湯を浴びる。
船旅のあとの身体には、それだけでもかなり気持ちよかった。
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身体を洗って部屋へ戻ると、テラも少し遅れて戻ってきた。
「散湯器、便利だったな」
「ああ。あれはいい」
「拠点に欲しくなるな」
「俺も同じこと考えてた」
どうやら、感想は同じらしい。
「持って帰れるか、どこかで聞いてみるか」
「ああ」
次はカインとアクセルがそれぞれ個室の洗い場へ向かい、戻ってきてからノアも使いに行った。
その間も、誰かは部屋に残る。
ここちゃんとむぎも、落ち着いたままだった。
グランザへ着いて、まだ一日目。
だが。
中央大陸では見たことのない物が、すでにいくつもある。
この街には、もう少し見て回る物がありそうだった。




