ガンダルフ
港を離れ、俺たちはグランザの街を歩いていた。
腕の中にはここちゃん。むぎは胸元から顔を出し、見慣れない街を忙しなく眺めている。
きゅる。
キュ。
「人、多いな」
アクセルが辺りを見回す。
「ああ。それに、やっぱりドワーフが多い」
当然といえば当然だ。
ここはドワーフ大陸。その玄関口となる港町なのだから。
通りを行き交う人の大半はドワーフだった。荷を運ぶ者、店先で話す者、工具箱を抱えて歩く者。
その中に、人間や獣人の姿も混じっている。
港へ出入りする商人や船乗りだろう。
「ギルドはあれじゃないか?」
テラが前方を示す。
石造りの大きな建物。
入口には、見慣れた剣と盾の印が掲げられていた。
「あれだな」
俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。
⸻
中へ入る。
造りそのものは、中央大陸の冒険者ギルドと大きく変わらなかった。
受付。
依頼板。
冒険者たちが使う卓。
奥へ続く扉。
ただし。
「受付、低いな」
思わず口に出る。
中央大陸で見慣れた物より、明らかに受付台が低い。
「ドワーフに合わせてるんだろ」
テラが言う。
「そりゃそうか」
この大陸では、こちらが少数派だ。
見渡せば、ギルドの中にいる冒険者もほとんどがドワーフだった。
俺たちは空いている受付へ向かう。
「ポロムから連絡が来てると思うんだが」
受付にいたドワーフの女性が顔を上げた。
「中央大陸のポロムですか?」
「ああ。白兎の庭だ」
女性は一瞬こちらを見て、それから俺の腕の中にいるここちゃんへ視線を落とした。
「……白い兎」
きゅる。
「たぶん、それで合ってる」
「あ、失礼しました」
受付の女性が慌てて手元の紙を確認する。
「届いております。ポロムの冒険者ギルドから、符写盤で連絡が来ています」
「よかった」
船の出港前に、ポロムのギルドからグランザへ連絡を入れてもらっていた。
「五名。パーティー名は白兎の庭」
「ああ」
「それから、サイファのギルドマスター、ドランさんからの紹介とあります」
そこで女性が、少しだけ目を見開いた。
「ドランさんって、あのドランさんですよね?」
「たぶん、そのドランだと思う」
「こちらの出身だとは聞いていましたが……」
やはり、この大陸でも名前は知られているらしい。
女性はもう一度紙へ目を通した。
「ギルドマスターにも話が通っています。少々お待ちいただけますか?」
「ああ」
「それと……」
女性が続ける。
「港から、シーサーペントの件も報告が届いています」
「もう届いてるのか」
「港で起きたことですから」
それもそうか。
「討伐に協力した冒険者が、中央大陸から来た方々だと聞いていました。皆さんだったんですね」
「俺たちだけで倒したわけじゃないけどな」
船員たちも最初から動いていた。
俺たちは、必要なところを手伝っただけだ。
受付の女性は頷き、奥の扉へ入っていった。
⸻
それほど待たずに、女性が戻ってきた。
「ギルドマスターがお会いになります。こちらへどうぞ」
案内され、奥へ進む。
ここちゃんを抱き直す。
むぎも胸元にいるままだ。
通された部屋には、大きな卓と数脚の椅子が置かれていた。
その奥に、一人のドワーフが座っている。
年齢はかなり上に見える。
広い肩。
灰色の髪。
長い髭は何本かに分けて編まれていた。
俺たちを見ると、男は豪快に笑った。
「お前らが白兎の庭か!」
声がでかい。
「そうだけど」
「俺がグランザ冒険者ギルドのギルドマスター、ガンダルフだ」
「レインだ。よろしく」
俺たちも順番に名乗る。
最後にガンダルフの視線がここちゃんへ向いた。
「なるほど。そいつが白兎か」
きゅる。
「そういうことだ」
「分かりやすくていい名前じゃねぇか!」
また笑う。
初対面だが、話しにくい相手ではなさそうだ。
「ドランの紹介だそうだな」
「ああ。これを預かってる」
ドランから受け取った紹介状を取り出し、卓へ置く。
ガンダルフは封へ押された小さな槌の印を見て、目を細めた。
「間違いねぇな。あいつの家の印だ」
「知り合いなのか?」
「直接会ったことはねぇ」
ガンダルフは紹介状を開きながら答える。
「俺が冒険者をやってた頃には、もう名前を聞く奴だった。同じ時代に冒険者をやってりゃ、嫌でも耳には入る」
「そんなに有名だったのか」
「腕の立つ奴の名前なんざ、勝手に広がるもんだ」
本人からは、そんな話は聞かなかった。
今度会ったら聞いてみてもいいかもしれない。
「それで?」
紹介状へ目を通し終えたガンダルフが、俺たちを見る。
「観光だけで、わざわざドランが紹介状を書くとも思えねぇ。何を調べに来た?」
俺はテラたちを見る。
全員の表情を確認してから答えた。
「古い地図に残された印が示す場所について調べてる」
「古い地図?」
「ああ。ただ、場所がはっきりしない」
「この大陸にあるってのは分かってんのか?」
「印の位置を今の地図に当てはめると、この大陸にある可能性が高い、ってところだ」
古代の遺跡で見つけたこと。
壁にあった魔法陣。
ノアの転移。
カインの故郷。
そこまで話す必要はない。
「だから、昔の地図や地形に詳しい人を探してる」
「なるほどな」
ガンダルフは腕を組んだ。
「それなら、グランザで探し回るよりボルカニアへ行った方が早ぇ」
「ボルカニア?」
「ああ。この大陸の中央にある街だ。王はいねぇが、大陸の中心って意味じゃ首都みたいなもんだな」
「そんな街があるのか」
「古い記録も地図も、あそこに集まる。研究所も多いし、そういう物を調べてる連中もいる」
どうやら。
まず向かうなら、そこらしい。
「紹介してもらえる人はいるか?」
「俺が直接知ってる奴じゃなくても、ボルカニアのギルドに話を通すことはできる。そこで詳しい奴を探してもらった方がいいだろうな」
「助かる」
「急ぎか?」
「いや。まずグランザも見て回るつもりだ」
せっかく初めて来たドワーフ大陸だ。
港へ着いて、そのまま次の街へ向かう必要はない。
「なら二、三日見ていけ。ここも面白ぇぞ」
「魔導具も多い」
ノアが言う。
「おう。生活用なら露店にも店にも腐るほどある」
「列車もあるんだよな?」
テラが尋ねる。
「ああ。グランザからなら、ボルカニア、ドゥルガルガ、アイアンアンカーへ直接出てる」
三方向。
港から、そのまま内陸へ荷物を運ぶためなのだろう。
「ボルカニアまでは?」
「朝に出りゃ、昼を少し過ぎた頃には着く」
「そんなに早いのか」
馬車なら何日かかるのか。
考えるだけでも、魔導列車がどれだけ便利か分かる。
「ここちゃんとむぎも乗れるか?」
俺が二匹を示す。
「そのくらいなら問題ねぇだろ。逃がさず、他の客に迷惑かけなきゃな。詳しいことは駅で聞け」
「分かった」
これで。
次へ進む方法も見えた。
「あと、宿を探してる」
「動物も一緒だな?」
「ああ」
「なら《鉄床亭》へ行け」
ガンダルフは迷わず答えた。
「港から来た旅人もよく使う宿だ。広い部屋もあるし、そいつらも部屋へ入れてくれる」
「飯は?」
アクセルが聞いた。
「うまいぞ」
「そこにする」
「決めるの早いな」
「飯は大事だ」
いつものことだ。
ガンダルフが笑う。
「場所を書いてやる。駅もそこから遠くねぇ」
紙へ簡単な道順を書き始める。
グランザ。
初めて来たドワーフ大陸の街。
調べるべきことは、どうやらボルカニアにありそうだ。
だが。
そこへ向かう前に。
この街を少し見ておくのも悪くない。
俺の腕の中で、ここちゃんが鼻を動かした。
きゅる。
「まずは宿だな」
ガンダルフから受け取った地図を畳み。
俺たちは席を立った。




