乗船
西桟橋へ着く頃には、空がすっかり明るくなっていた。
昨日見た商船の前には、すでに乗客の列ができている。
積み荷も増えていた。
木箱。
樽。
布で覆われた大きな荷物。
船員たちが声を掛け合いながら、次々に船へ運び込んでいる。
「昨日より忙しそうだな」
俺が言うと、テラが船を見上げた。
「出航前だからな。荷の確認もあるだろう」
「俺たちは、この列でいいのか?」
アクセルが乗客の並ぶ方を見る。
「たぶんな」
「確認してきます」
カインが入口にいる船員へ声をかける。
すぐに戻ってきた。
「乗客はこちらでよいそうです。登録した名前を確認してから乗船するとのことです」
「じゃあ並ぶか」
列の最後へ向かう。
ノアの腕にいるここちゃんは、昨日ほど周囲を警戒していない。
荷を運ぶ声が響くたびに耳は動くが、暴れる様子はなかった。
テラの肩にいるむぎも、忙しそうに動く船員たちを眺めている。
「二匹とも平気そうだな」
「ああ」
ノアがここちゃんの背中へ手を添える。
「昨日よりは落ち着いている」
「船に乗ったら、また変わるかもしれないけどな」
「その時は、その時だ」
少しずつ列が進む。
前に並んでいた商人たちが名前を告げ、船員が手元の紙を確認している。
俺たちの番になった。
「名前を」
「白兎の庭。五人で登録してる」
俺たちが順番に名前を告げる。
船員は名簿を指で追い、最後にここちゃんとむぎへ視線を向けた。
「小動物二匹も登録済みだな」
「ああ」
「船室の外へ出す時は、必ず抱えるか身につけておけ。甲板を歩かせるなよ」
「分かった」
「武器も、船員から指示がない限り抜くな。海の上では勝手に動かれる方が危険だ」
「了解した」
テラが答える。
アクセルも何も言わず頷いた。
昨日、散々言われたからな。
「部屋は下の階だ。階段を降りて右側の二室を使ってくれ」
「二室?」
「四人部屋が二つ空いてる。同じ一行なら、そっちの方がいいだろ」
「助かる」
二つの鍵を渡される。
「荷を積んでる間は甲板へ出るな。船室で待っていてくれ」
「分かった」
船へ渡された板へ足を乗せる。
下には海。
その先に、大きな船体。
「落ちるなよ」
俺が言うと、アクセルがこちらを見る。
「誰に言ってる?」
「全員」
「俺は落ちない」
「そう言う奴が落ちるんだよ」
テラが先に板を渡る。
肩のむぎが落ちないよう、片手を添えていた。
カイン、アクセルと続き、ノアがここちゃんを抱いたまま船へ乗る。
俺も最後に板を渡った。
足元が、わずかに揺れた。
「お」
思わず足を止める。
「もう揺れてるな」
「停まっていても、海の上だからな」
テラが言う。
ノアの腕の中で、ここちゃんが耳を動かした。
少しだけ首を伸ばし、足元を見ようとしている。
「覚えてるのかもな」
「前にも船には乗っているからな」
ノアが答える。
精霊大陸へ向かった時にも、ここちゃんとむぎは一緒だった。
あの時とは船も違う。
だが、この揺れには少し覚えがあるのかもしれない。
むぎもテラの肩から顔を伸ばしたが、それ以上動くことはなかった。
「部屋へ行こう」
船員に教えられた階段を下りる。
細い通路の両側に、いくつもの扉が並んでいた。
奥へ進むと、向かい合わせになった二室がある。
「ここだな」
テラが片方の扉を開ける。
中を覗く。
壁際に寝台が四つ。
小さな机。
丸い窓。
荷物を置くための棚と、固定用の金具。
「思ったより広いな」
アクセルが中へ入る。
「四人部屋だからな」
テラも続く。
「こっちは俺たち三人でいいか?」
「ああ。前と同じでいいだろ」
俺とノア。
テラ、アクセル、カイン。
「一つ余るな」
アクセルが寝台を見る。
「広く使えていいだろ」
「俺はどこでもいい」
「なら奥を使え」
テラが即答する。
「何で決めるんだ?」
「通路側にお前がいたら邪魔になりそうだからだ」
「なら奥でいい」
あっさり納得した。
「では、こちらはこちらで荷物を整理しておきます」
カインが俺たちを見る。
「何かあれば声をかけてください」
「ああ」
テラが肩へ手を伸ばす。
「むぎも一度下ろすか」
むぎは差し出された掌へ前足を乗せ、そのまま手の上へ移った。
「こっちの部屋も確認させておく」
「扉は閉めとけよ」
「分かってる」
テラたちが部屋へ入り、扉を閉める。
俺とノアも向かいの部屋へ入った。
扉を閉め、鍵をかける。
「ここちゃんなら、出しても大丈夫そうだな」
床を見回す。
危ない物はない。
扉の隙間も、潜り込めるような大きさではなかった。
寝台の下には入れそうだが、覗けばすぐに分かる。
「下ろすぞ」
ノアが屈み、ここちゃんを床へ下ろした。
ここちゃんは一度その場で鼻を動かす。
それから、ゆっくり歩き始めた。
壁際。
寝台の下。
机の脚。
丸い窓の下。
新しい場所へ来ると、まず確認するのはもう見慣れた。
「また一周するのか」
「ああ。安全か確かめているんだろう」
ノアも後ろから様子を見ている。
「とりあえず、ここちゃんの場所を作るか」
「ああ」
人目がないことを確認してから、収納から必要な物だけを出す。
敷物。
ここちゃんの餌。
水入れ。
着替え。
それから、船の中ですぐ使う保存食。
壁際へ邪魔にならないようにまとめる。
「これくらいでいいか」
「十分だろう」
ノアが荷物を確認する。
「足りない物があれば、その時に出せばいい」
「ああ」
無限収納がある以上、全部を部屋へ出しておく必要はない。
むしろ物が多い方が、ここちゃんが動きにくくなる。
ここちゃんが一周を終え、敷物の上へ来た。
鼻を動かしたあと、その場へ座る。
「気に入ったか?」
きゅる。
「なら、ここちゃんの場所はそこだな」
頭を撫でる。
「むぎの方も、今ごろ向こうを確認してるだろうな」
「テラが見ているなら大丈夫だろう」
「ああ」
⸻
しばらくすると、船の上から大きな声が聞こえてきた。
何人もの足音。
縄を引く音。
重い物を動かす音。
「そろそろか?」
俺が丸い窓へ近づく。
外には桟橋が見える。
まだ船員が行き来していた。
ここちゃんも音に反応して耳を立てる。
だが、昨日のように体を固くすることはなかった。
「大丈夫か?」
頭へ手を伸ばす。
ここちゃんは逃げず、そのまま撫でられている。
「問題なさそうだな」
ノアが隣へ来る。
「ああ」
その時。
船の上から、大きな鐘の音が響いた。
一度。
二度。
続いて船員たちの声が飛び交う。
縄を外す音。
船体が軋む。
足元の揺れが、少しずつ変わった。
「出たのか?」
窓の外を見る。
桟橋が、ゆっくりと遠ざかっていく。
積み荷を運んでいた者たち。
港の建物。
その向こうに広がるポロムの街。
全部が、少しずつ離れていく。
「動いてるな」
「ああ」
ノアも窓の外を見る。
ここちゃんは敷物の上から耳を立て、こちらを見ていた。
「ここちゃんも見るか?」
抱き上げる。
丸い窓へ近づくと、ここちゃんが鼻を動かした。
窓の向こうには、朝の海が広がっている。
「海だぞ」
きゅる。
「分かってるのか?」
「分からなくても、見ているんだろう」
ノアが言う。
「それもそうか」
ポロム港が遠ざかる。
中央大陸を離れる。
次に陸へ上がるのは、順調なら四日後。
ドワーフ大陸。
グランザ港だ。
「行くぞ」
俺が言うと、ノアが窓の外を見たまま頷いた。
「ああ。ドワーフ大陸へ」
船は朝の海を進み始めた。




