夕食のあと
向かいの部屋を叩く。
すぐに扉が開き、アクセルが顔を出した。
「飯か?」
「お前、それしかないのかよ」
「荷物の整理は終わった」
そう言いながら、もう廊下へ出てくる。
部屋の中では、テラが寝台へ腰を下ろし、靴の紐を締め直していた。
カインは机に向かい、市場で買った物を紙へ書き残している。
「ここちゃんとむぎはどうした?」
テラが顔を上げた。
「疲れたみたいで、二匹とも寝た。部屋に置いていくことにした」
「その方がいいだろうな。今日は人も音も多かった」
テラは紐を結び終え、立ち上がる。
「食堂へ連れていくより、静かな部屋で休ませた方がいい」
「部屋の中は確認しましたか?」
カインが筆を置く。
「ああ。窓も閉めたし、危ない物も片づけた。水と餌も置いてある」
「それでしたら問題ないでしょう。食事を済ませたら、早めに戻りましょうか」
「そうするつもりだ」
アクセルが首を傾げる。
「寝てるなら、戻るのが少しくらい遅くても同じじゃないのか?」
「起きた時に誰もいなかったら、落ち着かないかもしれないだろ」
「そういうものか」
アクセルが少し考える。
その横で、ノアが俺を見る。
「レインが落ち着かないだけかもしれない」
「俺の話じゃない」
「さっきから、何度も部屋の扉を見ている」
「見てない」
「見ていた」
ノアは淡々と言い、先に階段へ向かった。
「心配するのは悪いことではありませんよ」
カインが紙を折り畳む。
「ここちゃんも、むぎも、大切な仲間ですから」
「そうなんだけどな」
「なら、早く食えばいい」
アクセルが階段を指した。
「結局そこかよ」
⸻
一階の食堂には、すでに何組もの客がいた。
船員らしい男たち。商人。旅人。
酒を飲んでいる者もいるが、昼に入った店よりは落ち着いている。
空いている卓へ座ると、宿の女性がすぐに料理を運んできた。
魚と野菜の煮込み。
焼いた鳥肉。
豆の入ったスープ。
黒いパン。
香辛料をまぶした芋。
「肉がある」
アクセルが鳥肉の皿を見る。
「よかったな」
テラが皿を押しやった。
「ただし、全部食うなよ」
「五人分ある」
「だから五人で食うんだ」
アクセルは返事をせず、自分の皿へ鳥肉を二切れ取った。
テラがその手元を見る。
何か言うかと思ったが、そのままパンへ手を伸ばした。止めるほどではないと判断したらしい。
俺も魚の煮込みを皿へ移す。
昼に食べた焼き魚とは違い、濃い色の汁で野菜と一緒に煮込まれていた。
「味が濃いな」
一口食べる。
塩気も香辛料も強い。
「船員向けなのかもしれませんね」
カインがスープを口にする。
「体を動かす方が多いですから、濃い味付けが好まれるのでしょう」
「港なら、香辛料も集まりやすいだろうな」
テラは煮込みの中に入った香草を見ている。
「中央大陸の内側では、あまり見ない物もありそうだ」
「昼の店とも味が違うな」
ノアが魚を一口食べる。
「同じ港でも、店が違えば料理も変わる」
「そりゃ変わるだろ」
俺が答えると、ノアは皿へ目を落としたまま続けた。
「今までは、街へ着いても必要なことばかり見ていた」
「今回は違うのか?」
「少しはな。見られる物は、見ておいてもいいと思っている」
「船も、ずっと見てたもんな」
「ああ。あれは興味深かった」
遺跡のことだけではなく、船の構造や港の様子にも目を向けている。
前より、旅の途中を見る余裕が出てきたのかもしれない。
「明日の朝は早いな」
テラが食事の手を止める。
「ああ。日の出から一刻後には乗船が始まる」
「荷物は今夜のうちに確認しておいた方がいいでしょう」
カインが指を折りながら続けた。
「食料、飲み水、酔い止め。船内で使う物だけ、すぐ出せるようにしておけば十分かと」
「武器は持ち込めるのか?」
アクセルが鳥肉を食べながら尋ねる。
「冒険者なら持ち込み自体は問題ないと思うが、船の中では船員の指示に従った方がいい」
テラが答える。
「狭い場所で勝手に抜くなよ」
「魔物が出たら?」
「それでもまず状況を見ろ。海の魔物への対応は、船員の方が慣れてる」
「敵が目の前にいてもか?」
「甲板で好きに暴れていいわけじゃない」
アクセルは少し不満そうに鳥肉を口へ運ぶ。
「船の上では、敵だけを見て動くわけにはいきません」
カインがアクセルへ顔を向けた。
「船体を傷つければ、魔物を倒しても無事には済みませんから」
「穴が開いたら、塞げばいい」
「海の真ん中で簡単に言うな」
テラが眉を寄せる。
「乗る時に、最低限の決まりは確認しておこう」
「ああ」
俺も頷く。
「船室の鍵とか、ここちゃんとむぎのことも聞いておきたい」
「甲板へ出られる時間も確認した方がよいかもしれません」
カインが続ける。
「四日以上船室だけで過ごすのは、二匹とも落ち着かないでしょう」
「ここちゃんを甲板で歩かせるのか?」
テラが少し考える。
「柵があっても危ないな」
「抱いて出る。歩かせるとしても、船室の中だけだ」
「それがいいだろう」
ノアも頷いた。
「むぎも、外へ出す必要はない。船室の中で動ける場所があれば十分だろう」
「二匹のことばかりだな」
アクセルが言う。
「大事だろ」
「ああ。悪いとは言ってない」
アクセルは残っていた鳥肉へ手を伸ばした。
その前に、テラが一切れ取る。
「それは俺の分だ」
「まだ食うのか?」
「ほとんどお前が食っただろ」
「最初に二切れしか取ってない」
「途中で追加してた」
「見てたのか」
「目の前だからな」
テラは一切れを半分にし、片方をアクセルの皿へ置いた。
「これで終わりだ」
「少ない」
「芋を食え」
アクセルは皿に残っていた芋を見る。
少し考えたあと、黙って口へ入れた。
⸻
食事を終え、酒を追加する客たちを横目に、俺たちは早めに席を立った。
「もう戻るのか?」
アクセルが食堂を振り返る。
「ここちゃんとむぎが起きてるかもしれない」
「まだ寝てるかもしれないぞ」
「それでも戻る」
「分かった」
階段を上り、三階へ戻る。
向かいの部屋へ入るテラたちと別れ、俺は鍵を取り出した。
扉を開ける前に、中の音を確かめる。
何も聞こえない。
「まだ寝てるのか?」
ノアが声を落とす。
「たぶんな」
鍵を回し、静かに扉を開ける。
弱く残しておいた灯りの下。
ここちゃんは寝台の脇で伏せたまま。
むぎも布の上で体を丸めていた。
二匹とも、俺たちが戻ってきてもすぐには動かない。
「まだ寝てるな」
「ああ。かなり疲れていたらしい」
部屋へ入り、扉を閉める。
ここちゃんの近くへ屈むと、耳だけがゆっくりこちらへ向いた。
「ただいま」
頭へ手を置く。
目は閉じたまま、俺の手へ少しだけ額を押しつけてきた。
「起こしたか?」
「気づいただけだろう」
ノアも近くへ腰を下ろす。
むぎは布の中で体勢を変えたが、出てくる様子はない。
「このまま寝かせておこう」
「ああ」
明日の朝は早い。
荷物はもう揃っている。あとは起きて、西桟橋へ向かうだけだ。
俺は寝台へ腰を下ろし、足元で眠るここちゃんを見る。
港へ着いて、ようやく一日が終わる。
次に目を覚ましたら。
いよいよ海へ出る。




