西桟橋の商船
市場を抜けると、建物の間から見えていた海が一気に広がった。
いくつもの桟橋には船が並び、積み荷を運ぶ人々や帆を畳む船員が忙しく行き交っている。木箱を抱える者、船体へ縄を渡す者。港のどこを見ても、誰かが動いていた。
「西桟橋はどっちだ?」
俺が周囲を見回す横で、テラは港の入口に立つ案内板へ近づいた。
刻まれた文字を指で追い、海へ向かって右側を示す。
「向こうだ。ここから一番奥らしい」
「結構歩くな」
アクセルが奥まで続く桟橋を眺める。
「乗る船を確認するんだろ?」
「ああ。当日に間違った場所へ行くよりいい」
テラは案内板から離れ、先に歩き出した。
ここちゃんを抱き直し、俺たちも後へ続く。
胸ポケットの中では、むぎが小さく動いていた。海鳥の鳴き声が気になるのかもしれない。
「船が多いな」
ノアは歩きながら、一隻ずつ視線を動かしている。
小さな漁船。船体の低い荷船。太い帆柱を持つ大型の商船。
「何を見てるんだ?」
「船底の深さと、帆の数」
ノアが沖側に停泊する船へ目を向けた。
「積み荷が多い船は船体が深い。長距離を進むなら、水や食料を積む場所も必要になる」
「見ただけで分かるのか?」
「ある程度はな」
ノアは足を止めずに答える。
「精霊大陸へ向かった時の船とは違う。あれは、もう少し人を乗せる場所が広かった」
「帰りは商船だったな」
「ああ。だが、あの船よりも大きい物が多い」
俺には違いの分からない部分まで見ているらしい。
「ドワーフ大陸へ向かう船なら、鉱石や金属製品を多く運ぶのでしょう」
カインが桟橋脇に積まれた木箱を見る。
側面には、槌を模した印が焼き付けられていた。
「行きは中央大陸の商品を積み、帰りにドワーフ大陸の品を運ぶのだと思います」
「重そうだな」
アクセルが木箱へ手を伸ばす。
その手首を、テラがすぐに掴んだ。
「他人の荷物に触るな」
「重さを見るだけだ」
「見て分からないなら諦めろ」
「持てば分かる」
「分からなくていい」
アクセルは不満そうだったが、素直に手を引いた。
あれはテラでなくても止める。
⸻
西桟橋へ着く。
ほかの桟橋より幅が広く、奥には大型の船が二隻停泊していた。
一隻は帆柱が二本。船体の側面には槌を模した印がある。
もう一隻はそれより少し小さく、積み荷を下ろしている途中だった。
「どっちだろうな」
俺が二隻を見比べると、ノアは大きい方へ視線を定めた。
「おそらく、あちらだ」
「理由は?」
「中央大陸の商会印がついた荷を積んでいる。反対の船は荷を下ろしているからな」
確かに、大きい方の船では荷車から木箱や樽が次々と運び込まれている。
反対の船は、船の中から荷物を出していた。
「出る船と、着いた船か」
テラが桟橋の手前にある小屋へ顔を向ける。
「聞けば分かる」
小屋の前では、帳簿を持った男が積み荷の数を確認していた。
「すまない」
テラが作業の邪魔にならない位置から声をかける。
男が帳簿から顔を上げた。
「明日の朝、ドワーフ大陸へ向かう船を確認したい」
「乗客か?」
「ああ。ギルドで登録は済ませた」
「なら、あれだ」
男はノアが見ていた大きい方の船を指した。
「明日の朝に出る。乗船は日の出から一刻後に始める。それまでに西桟橋へ来てくれ」
「分かった」
テラが頷く。
その横から、ノアが船を見上げた。
「船室はどうなる?」
「乗客用は二人部屋と四人部屋だ。人数によっては相部屋になる」
「俺たちは五人だ」
俺が答える。
「なら、四人部屋と二人部屋に分かれるか、空きがあれば四人部屋を二つだな。部屋は乗船した時に案内する」
「動物もいる」
腕の中のここちゃんを見せる。
男は耳を立てるここちゃんを見てから、俺へ顔を戻した。
「船室から出さず、汚さないなら構わない。甲板へ出す時は必ず抱えておけ。海へ落ちても船は止められん」
「ああ。絶対に離さない」
そんなことは言われるまでもない。
ここちゃんを抱く腕へ、少し力が入った。
「ほかに確認しておくことはあるか?」
テラが尋ねる。
「朝は余裕を持って来ることだな。荷の積み込みで混むこともある」
「分かった。助かった」
用件は終わった。
だが、ノアは桟橋から動かなかった。
船を見上げたまま、帆柱、船体、積み荷を上げる滑車、甲板へ続く板を一つずつ目で追っている。
「そんなに気になるのか?」
俺が隣へ立つ。
「ああ。あの滑車の位置が少し気になる」
「何か変なのか?」
「変ではない。少ない人数で重い荷を動かせるように、場所を考えて取り付けている」
ノアは滑車から甲板へ視線を移した。
「甲板の広さを残しながら、荷を積めるようにしている。よく考えられているな」
「見ただけでそこまで分かるのか」
「見れば、ある程度は分かる」
俺には見てもそこまでは分からない。
カインも船を眺めながら、静かに頷いた。
「商船は、限られた人数で多くの荷を扱う必要があります。船ごとに工夫は違いますが、これはかなり効率よく作られていますね」
「カインが乗った船とも違うのか?」
「はい。商人として乗った船も航路によって様々でしたが、これは大きい方です」
カインの視線が船体の下へ移る。
「海が荒れた場合も、小型船よりは安定するでしょう」
「なら、薬はいらないな」
アクセルが腹へ手を置いた。
「揺れないとは言っていません」
カインがアクセルへ顔を向ける。
「必要になった時は、我慢せず飲んでください」
「俺は酔わない」
「その自信が、海にも通じるとよいですね」
柔らかい笑顔のまま返され、アクセルが口を閉じた。
テラは二人のやり取りには入らず、空へ目を向けている。
風向きを確かめるように、海から吹く風へ顔を向けた。
「雲が増えてきたな。すぐに崩れる感じではないが、宿へ戻る頃には暗くなる」
「もう戻るか?」
「ああ。市場で買った物も、一度整理した方がいいだろ」
ノアがもう一度だけ船を見上げる。
「明日は、これに乗るんだな」
「ああ」
「中を見るのは、その時だ」
「そうだな」
今度は素直に頷き、ノアも桟橋から離れた。
⸻
市場で買った荷物は、今もアクセルの魔法袋の中だ。
宿へ戻れば、人目のない部屋で無限収納へ移すことができる。
「飯は?」
アクセルが尋ねる。
「宿で出るだろ」
俺が答えると、アクセルは通りに並ぶ店へ顔を向けた。
「市場でも食える」
「昼に食ったばかりだろ」
「もう夕方だ」
テラが歩きながら肩越しに振り返る。
「宿へ戻れば夕食だ。それまで待て」
「分かった」
珍しく一度で納得した。
「宿の飯が少なかったら?」
「その時に考えろ」
「肉がなかったら?」
「魚を食え」
「魚は昼に食った」
「なら野菜を食え」
「肉がいい」
「宿へ着いてから言え」
結局、会話はいつも通りだった。
⸻
西桟橋を離れる前に、もう一度船を振り返る。
大きな船体。
高い帆柱。
忙しく動く船員。
明日の朝、あの船へ乗る。
四日。
長ければ五日以上。
海を渡った先には、ドワーフ大陸がある。
そして。
あの印が示す場所について、何か分かるかもしれない。
《乗船予定船を確認》
(ああ)
《航海日数、最短四日》
(食料は十分だろ)
《十分以上です》
(その言い方やめろよ)
《事実です》
頭の中の声を流し、宿へ向かう仲間たちを追う。
ノアは、さっき見た滑車についてカインへ尋ねていた。
「荷を上げる時は、あれを何人で動かす?」
「荷物の重さにもよりますが、軽い物なら二人でも動かせるでしょう。大きな物は、反対側で縄を引く者も必要になります」
「そうか。船の中にも、同じ仕組みがあるのか?」
「おそらくは。荷を固定する道具もあると思います」
二人は振り返ることなく、船の構造について話している。
テラはその少し前を歩き、宿までの道と空模様を確認していた。
アクセルは通りに並ぶ食堂を、一軒ずつ見ている。
いつも通りだ。
明日の朝。
俺たちは、あの船で海へ出る。




