ポロム港
ポロム港の門をくぐる。
まず目に入ったのは、港でも船でもなかった。
「あれだな」
御者台のテラが、門の右手にある広い敷地を指した。
何台もの馬車が並び、入口の看板には冒険者ギルドの印。その下に、馬車預かり場と書かれている。
隣に座るカインが手綱を引き、馬車をゆっくりと敷地へ入れた。
入口にいた男がこちらへ歩いてくる。
「貸し馬車の返却か?」
「ああ。サイファの冒険者ギルドから借りた」
御者台から降りたテラが、ドランから渡されていた証明書を差し出す。
男は紙の内容と、馬車の側面に刻まれた番号を見比べた。
「間違いない。五日か。馬も悪くなさそうだな」
「途中で十分に休ませた。水も餌も問題ない。車輪も確認してくれ」
テラが一頭の馬の首へ手を添える。
男が馬の足や鞍、車輪を確認している間に、カインは反対側へ回った。御者台の下へ屈み、留め具へ指を触れる。
「こちらが少し緩んでいます。走行には問題ありませんでしたが、締め直した方がよろしいかと」
「助かる」
男が腰の道具袋を開く。
返却が終わるまで、テラとカインは二人で馬車の状態を確認していた。
俺たちは、ほとんど乗っていただけだ。
「返すだけでも時間がかかるな」
アクセルが荷台から降りる。
俺も、ここちゃんを抱えて地面へ下りた。
「借り物だからだろ。壊れてたら困る」
「壊れてない」
「お前が引いて帰らなくて済んだな」
「壊れてても引けるぞ」
「引けるかどうかの話じゃない」
地面へ降りたノアは俺たちの会話には入らず、門の向こうを眺めていた。
馬車預かり場へ出入りする者。大きな荷物を運ぶ者。並ぶ倉庫。
さらに奥からは、海鳥の鳴き声が聞こえる。
「匂いが強いな」
ノアが鼻を動かした。
「海の匂いか?」
「塩と魚。それから、油」
カインが留め具から顔を上げ、港へ続く通りへ視線を向ける。
「船や荷車の手入れに使う物でしょう。港では、木材や縄にも油を使いますから」
「分かるのか?」
アクセルも倉庫の方を眺めた。
「ポロム港は初めてですが、商人をしていた頃は港へ立ち寄ることも多くありました。港町の匂いは、どこも少し似ていますね」
確認を終えた男が戻ってくる。
「問題なし。ここに署名を頼む」
テラが紙へ名前を書いた。
「これで返却完了だ。馬車も馬も、こっちで預かる」
「世話になった」
テラが最後に馬の首を軽く叩く。
二頭は、用意された水を何も知らない顔で飲んでいた。
「荷台に忘れ物はありません」
確認を終えたカインも戻ってくる。
「では、ギルドへ向かいましょうか」
「ああ」
五日間世話になった馬車を残し、預かり場を後にした。
⸻
門から港へ続く大通りには、旅人向けの店が並んでいた。
宿。食堂。道具屋。倉庫。馬具を扱う店。大きな樽を積み上げた酒屋。
少し先には、焼いた魚を並べる露店も見える。
「飯」
アクセルが露店へ顔を向けた。
その肩を、後ろからテラが押す。
「先にギルドだ。紹介状を出して、船の確認もする」
「魚は売り切れるかもしれない」
「お前が食わなければ残る」
その少し前では、ノアが別の露店へ視線を向けていた。
籠の中に、見慣れない色の果物が積まれている。
「あの果物、あとで見たい」
「ギルドが先だ」
俺が肩へ手を置き、進む方向へ戻す。
ノアは歩き始めたが、一度だけ後ろを振り返った。
「売り切れるかもしれない」
「あとで必ず寄るから。今はギルド」
「ああ」
ようやく前を向く。
ここちゃんは俺の腕の中で、耳を忙しく動かしていた。
馬車の音。人の声。鳥の声。遠くで鳴る鐘。
知らない音が多すぎるのだろう。
人の流れを確認していたテラが、俺の横へ並んだ。
「ここちゃんは下ろさない方がいいな。この人混みじゃ危ない」
「ああ。むぎも、今は中にいた方が落ち着くだろ」
胸ポケットのむぎは、顔を出す気配もない。
「あちらがギルドのようですね」
カインが前方を指す。
大通りの途中。
二階建ての大きな建物に、冒険者ギルドの紋章が掲げられていた。
⸻
扉を開ける。
中はサイファのギルドより広かった。
受付がいくつも並び、壁には依頼書。奥には酒場のような場所もある。
冒険者だけでなく、船員や商人らしい者も多い。
「港のギルドって感じだな」
周囲を見回す俺の横で、テラは受付の列を確認した。
「船の護衛や積み荷の警備も扱ってるんだろう。あそこが空いてる」
日に焼けた肌の女性が座る受付へ向かう。
「ようこそ、ポロム港冒険者ギルドへ。依頼の受注ですか?」
「いや。サイファのギルドマスターから、ここのギルド宛てだ」
俺はドランから預かった紹介状を差し出した。
「ドランさんから?」
女性は封に押された槌の印を確認し、手紙を開く。
目を通したあと、俺たちを順番に見た。
「白兎の庭の皆さんですね。ドワーフ大陸へ渡ると伺っています」
テラが受付台へ近づく。
「次の船は明日だと聞いている。間違いないか?」
「確認します」
女性は一冊の帳簿を取り出し、何枚かめくった。
「はい。明日の朝、西桟橋から商船が出ます。目的地は、ドワーフ大陸東岸のグランザ港です」
「航海はどのくらいかかる?」
ノアが帳簿へ視線を落とす。
「予定では四日です。風が弱ければ五日。海が荒れれば、それ以上かかる可能性もあります」
俺が隣のカインへ目を向けると、カインは静かに頷いた。
「海へ出れば天候が急に変わることもあります。薬を用意しておいて、よかったかもしれませんね」
「乗船手続きは、今できるのか?」
テラが尋ねる。
「はい。手続きは今日中ですので、今済ませておけば問題ありません」
「では、お願いします」
カインが丁寧に頭を下げた。
受付台へ新しい紙が置かれる。
名前や職業、渡航目的を書き、五人分の登録を済ませていく。
「渡航目的は?」
「調査だ」
ノアが答える。
「古い地図にある印について、現地で情報を集める予定だ」
俺が補足すると、女性は紹介状をもう一度確認した。
「ドランさんから、グランザ港のギルドへも話を通してほしいとあります。こちらから連絡を送っておきます」
「助かる」
「グランザ港へ着いたら、まず現地のギルドへ寄ってください。詳しいことは、そちらで相談するのがいいと思います」
「ああ。そうする」
「手続きはこれで完了です。当日は朝、西桟橋へ。遅れても船は待ちませんので、お気をつけください」
俺は隣のノアを見る。
「寝坊するなよ」
「レインに言われたくない」
「俺は起きる」
「起こされているだろう」
「起きたことには変わらない」
「違う」
受付の女性が、笑いを堪えるように口元を押さえた。
これで船の確認も、乗船手続きも終わった。
あとは宿を取るだけだ。
⸻
ギルドを出ると、昼はもうかなり過ぎていた。
アクセルが、さっきから気にしていた魚の露店へ顔を向ける。
「今度こそ飯だな」
テラは大通りに並ぶ宿の看板を見回したあと、諦めたように息を吐いた。
「食堂で宿を聞く。それなら文句ないだろ」
「魚がある店がいい」
「港で魚のない店を探す方が難しいだろ」
ノアも通りの先へ目を向ける。
「食べた後は市場にも寄るんだろう?」
「覚えてたのか」
「約束したのはレインだ」
「はいはい。寄るよ」
俺は腕の中のここちゃんを抱き直した。
「じゃあ、飯にするか」
アクセルは返事をするより早く、魚の絵が描かれた看板へ向かって歩き出していた。




